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『勿忘草の咲く町で〜安曇野診療記〜』を読んで

今日は『勿忘草の咲く町で〜安曇野診療記〜』(夏川草介 作)の感想を書く。夏川さんといえば『神様のカルテ』で有名であり、私自身このお話は好きである。

夏川さんといえば病院を舞台にした小説を書かれている方で、今回の小説の舞台は書名にある通り長野県安曇野市の梓川病院だ。夏川さん自身が長野にある信州大学医学部を卒業されているということがやはり大きいのだろう。

夏川さんの書く小説は、医療現場の現実を読者に伝えつつ、なんだかほのぼのとした恋愛要素もある....という点で好きである。
この本の主人公は研修医の桂正太郎と、看護師の月岡美琴だ。恋愛要素というのはもちろんこの2人の恋模様だ。片や病院の研修医で片や病院の看護師。忙しい中で育まれていく2人の恋物語がなかなかに素敵だったりする。



この本を読んで気になった医療現場の現実のようなものを話題にしてみる。

104ページより

この国はもう、かつての夢のような医療大国ではないんです。山のような高齢者の重みに耐えかねて悲鳴をあげている、倒壊寸前の陋屋です。倒れないためには、限られた医療資源を的確に効率よく配分しなければいけない。そのためには切り捨てなければいけない領域がある」

梓川病院で働く、「死神の谷崎」と呼ばれる医師。彼は本の中で今の高齢者医療について疑念を抱いている。
その理由は本の中で語られているのだが、端的にまとめれば妊婦だった彼の妻(22)は、子宮外妊娠による卵管破裂で病院に運ばれた。血液型はかなり珍しいB型Rh(ー)。手術に必要なのは輸血。だが血液センターに確保されているはずの血液はほとんどなかった。なぜなら、80歳のおじいさんの弁膜症を治療したから。結果的に彼の妻は亡くなってしまった。....と、こんな感じだ。


高齢者医療に疑問を持てるほど詳しくないが、少なくともこの本は知識がそこまでない読者にも伝わるように今の医療の問題を突きつけてきてくれる。だからこそ、考えるきっかけになる。


「小さな巨人」と呼ばれる、三島先生が言った。

108ページより

人が生きるとはどういうことなのか。歩けることが大事なのか、寝たきりでも会話さえできれば満足なのか、会話もできなくても心臓さえ動いていれば良いのか。こういった問いに、正解があるわけではない。しかし正解のないこの問題に、向き合うことはぜひとも必要だ。

正解がない問題ほど考えていかなければならない....と思うことがしばしばある。
特に親が自分の親の(私から見れば祖父や祖母の)延命治療をするかどうかとか手術をするかどうか悩んでいた時。そういう時を思い出す。

場合によってはその人が「生きたい」か否か誰も分からない。寝たきりだったり、ほとんど言葉を発しなかったり、認知症が進行していたり.....。だからこそ難しい。
その上施設や病院に入れられる高齢者も多い。同居していた祖父や祖母が施設に入った時、急に距離が遠かったような感じがしたことがある人はいないだろうか?距離が遠くなると、"考える"機会が減るような気がする。
生や死と向き合い、病と向き合い、彼ら本人と向き合わなければならないのに。

「施設にさえ入れればもう終わり〜!」「もう認知症だし」「老老介護で大変」。色々問題はあるかもしれないが、それでもやっぱり自分たちより先に死にゆく家族のことを、最後まできちんと考えたい。
彼らの「生きる」に向き合わなければいけない。そう思っている。



同じく三島のセリフ。

256ページ

医療は今、ひとつの限界点に来ている。『生』ではなく『死』と向き合うという限界点だ。乱暴な言い方をすれば、大量の高齢者たちを、いかに生かすかではなく、いかに死なせるかという問題だ。(略)
自宅で家族を看取ることが稀になった現代では、ほとんどの人が、人間の死に触れたことがなく、考えたこともなく、無関心になってしまっているのだから」

だから彼は患者の家族たちは「『死』というものに対して無知である」と言う。

これは個人的意見だが「生きる」ということを考えるとなんだか死にたくなる。「生きる」ということが大層なことすぎて、なんだかその使命感のようなものから逃げ出したくなるのだ。(このことについてはまた別に書く。)

私たちは「死」というものに対して無知なのだろうか?無知だから身近な人の死に驚くのか?慌てるのか?時に医療従事者に理不尽な怒りをぶつけるのか?

私はどちらかといえば「死」は自分に身近なものだと思っているので なかなかはっきり答えられないが、少なくとも「死についてよく知っている」なんていうことはないだろうね。


今の時代を生きる若者は、「生と死に向き合い続けたい」などと悠長なことを言っている場合ではないのかもしれない。
「まずは身近な人の –– 生と死に向き合わなければならない」、そういうことなのかもしれない。



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