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わたしを離さないで

読んだ

原題 Never let me go


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#読書の秋2021



気付けばnoteの投稿も怠って秋が来た、けど冬が来そう








前から気になっていた本


2017年にカズオ・イシグロさんがノーベル文学賞受賞したことで話題になったみたい




多分何も知らずに読んだ方が面白い(と、難しい)と思う







以下ネタバレ









ざっくり言うと、臓器提供をするためにつくられたクローン人間の子どもたちの生活のことなの。けど本当に穏やかで、絵を描いたり、人間関係や恋愛に悩んだり、時に性に対して興味を持ったり、普通の学生のことみたい


「提供者」「介護人」「ポシブル」とか、本当の意味が何なのかはっきり説明せずに会話の中に自然に出てくる




たまに現在の話になるけど、基本的にずっと過去を回想していく形で進んで、主人公のキャシー目線で語られる


友人トミー、ルースについての関係も


臓器提供者となるクローン人間がヘールシャムの施設で育って、そこを出た後はコテージでの集団生活を経て、「提供者」の「介護人」になって、そして最終的には自分も「提供者」になって使命を終えていく、っていう





語り口調が穏やかで、淡々と進んでいくんだけどその中にある事実が残酷で、そのギャップがまたなんか怖い

クローン人間とはいえそれぞれに感情があって、ぶつかり合ったり笑い合ったり愛し合ったりするのね。読み手も共感できて感情移入することもある、それが切ない









身体を大切に、健康でいること、なんてどの子どもも親や先生から教わることだけど、ここでは意味が違ってくる

先生はようやく口を開き、言葉を慎重に選びながらこう言いました。「タバコを吸ったのはよくないことでした。だから、やめました。でも、これはよく理解しておいて。わたしにとっても悪いことだけれど、あなた方にとってはもっとずっと悪いことなの」そう言って、先生は黙り込みました。あとになって、ぼうっと白昼夢でも見てたんだろう、と言う生徒もいましたが、わたしは――ルースも――そうは思いません。次に言うべきことを真剣に考えていたのだと思います。先生はこう言いました。「あなた方も教わってはいるでしょう。あなた方は……特別な生徒です。ですから体を健康に保つこと、とくに内部を健康に保つことが、わたしなどよりずっとずっと重要なのです」





それぞれひとりの「人間」と同じで感情や夢があるから、生徒が将来の夢について(と言っても大きくて映画スター、他はスーパーのレジ打ちやオフィスで働く人)話し合うこともするんだけど、当然この世界では叶わないことなの。それに我慢できなくなったルーシー先生、彼女は臓器提供のこの仕組みに反対して去っていくんだけど、彼女が言った言葉

「ほかに言う人がいないのなら、あえてわたしが言いましょう。あなた方は教わっているようで、実は教わっていません。それが問題です。形ばかり教わっていても、誰一人、ほんとうに理解しているとは思えません。そういう現状をよしとしておられる方々も一部にいるようですが、わたしはいやです。あなた方には見苦しい人生を送ってほしくありません。そのためにも、正しく知っておいてほしい。いいですか、あなた方は誰もアメリカには行きません。映画スターにもなりません。先日、誰かがスーパーで働きたいと言っていましたが、スーパーで働くこともありません。あなた方の人生はもう決まっています。これから大人になっていきますが、あなた方に老年はありません。いえ、中年もあるかどうか……。いずれ臓器提供が始まります。あなた方はそのために作られた存在で、提供が使命です。ビデオで見るような俳優とは違います。わたしたち保護官とも違います。あなた方は、一つの目的のためにこの世に産み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなければなりません。間もなくヘールシャムを出ていき、遠からず、最初の提供を準備する日が来るでしょう。それを覚えておいてください。みっともない人生にしないため、自分が何者で、先に何が待っているかを知っておいてください」




作中、ヘールシャムの施設で保護官にいろいろなことを教えてもらう間も、さりげなく自分たちはいつか臓器提供をすること、そのために生まれてきた(つくられた)こと、人を愛しても性行為をしても良いが外の世界の人との時は厳重に注意すること、子どもを作れないこと、さりげなく、本当にさりげなく教えられるの

キャシーや生徒たちは本当の意味を理解するにはまだ幼すぎて、「今の何?」「どういう意味?」とならずに自然に受け入れていく


さっきのルーシー先生の言葉も、普通なら衝撃が大きすぎるはずの事実なのに、「だから何だよ」ってなって

でも、それこそが先生の言いたかったことではないでしょうか。わたしたちは、確かに知っていたのです。でも、ほんとうには知りませんでした。数年前、このときのことをトミーと振り返っていて、先生の「教わっているようで、教わっていない」説に話が及んだとき、トミーがこんなことを言いました。「何をいつ教えるかって、全部計算されてたんじゃないかな。保護官がさ、ヘールシャムでのおれたちの成長をじっと見てて、何か新しいことを教えるときは、ほんとに理解できるようになる少し前に教えるんだよ。だから、当然、理解はできないんだけど、できないなりに少しは頭に残るだろ?その連続でさ、きっと、おれたちの頭には、自分でもよく考えてみたことがない情報がいっぱい詰まってたんだよ」


サブリミナル効果っていうものなのかな

だから、「教えられているようで教わっていない」し、かと言って真実を知った時も動揺することなく、むしろなぜか昔から知っていたような気がする




わたしがヘールシャムの生徒だったら、自分の臓器を人にあげるためにつくられて生かされているって知ったら怒り狂って暴動起こすか、落ち込み散らかして立ち直れないかのどちらかだと思ったけど、生徒たちが不思議なくらい受け入れているのはそのせいなのかもしれない





数日前、提供者の一人と話していて、記憶が褪せて困るという不満を聞かされました。大事な大事な記憶なのに、驚くほど速く褪せてしまう……。でも、わたしにはわかりません。わたしの大切な記憶は、以前と少しも変わらず鮮明です。わたしはルースを失い、トミーを失いました。でも、二人の記憶を失うことは絶対にありません。ヘールシャム?そう、それも失ったと言っていいかもしれません。いまでも、ときどき、元生徒がヘールシャムを――いえ、ヘールシャムがあった場所を――探し歩いているという話を聞きます。

でも、申し上げたとおり、自分から探しにいこうとは思いません。どのみち、今年が終われば、こうして車で走り回ることもなくなります。ですから、わたしがヘールシャムを見つける可能性は、もうないに等しいでしょう。それでいいのだと思います。トミーとルースの記憶と同じです。静かな生活が始まったら、どこのセンターに送られるにせよ、わたしはヘールシャムもそこに運んでいきましょう。ヘールシャムはわたしの頭の中に安全にとどまり、誰にも奪われることはありません。


ヘールシャムが閉鎖された後に悲しくなる気持ちも、忘れたくない気持ちも、「生きていた」「そこにいた」っていう大切な事実を胸に抱いたままでいたいんだろうなっていう個人的な見解…切なすぎる





登場人物の中でとても気になる存在(最後はキーパーソンの一人みたいな存在)のマダム

彼女がキャシー達に関わることを恐れているらしいという噂で、実際に試してみた時の

そこに見た恐れとおののきが――うっかり触れられはしないかという嫌悪と、身震いを抑えようとする必死の努力が――いまでも目の前に浮かびます。わたしたちはマダムの恐怖を全身で感じとり、そのまま歩きつづけました。日向から急に肌寒い日陰に入り込んだ感じがしました。ルースの言うとおり、マダムはわたしたちを恐れていました。蜘蛛嫌いな人が蜘蛛を恐れるように恐れていました。



そして

キャシーがプレーヤーでカセットテープを流して、「わたしを離さないで」の音楽を聴いていた時、目を閉じて赤ちゃんに見立てた枕を抱いて体を揺らしていた時、マダムがそれを見かける

なのにマダムは部屋に入ってこようとせず、敷居の向こう側の廊下にじっと立っていました。その位置から頭を一方に傾げ、ドアの内側を覗き込むようにして、わたしを見ていました。そして……泣いていたのです。わたしを夢見心地から引き戻したのは、いま思うと、マダムのしゃくりあげるような泣き声だったのかもしれません。



わたしがここを読んでいた時、やっぱりマダムは外の世界の人で、感情があるクローン人間を前に切なく物悲しい気持ちになって泣いたのかなって思ってた




物語の終盤、キャシーとトミーがマダムに会いに行って直接話した時

「あの、マダムはあの日……普通ではありませんでした。わたしが気配に気づいて目を開けたとき、わたしを見ながら泣いていませんでしたか。いえ、確かに泣いていらっしゃいました。わたしを見て、泣く。なぜでしょう」マダムは表情を変えず、依然、わたしの顔を見つめていました。ようやく、「ええ」と言いました。その声は、両隣に聞こえるのをはばかるように、とても静かでした。

…泣いていたのは、まったく別の理由からです。あの日、あなたが踊っているのを見たとき、わたしには別のものが見えたのですよ。新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界でもある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱き締めて、離さないで、離さないでと懇願している。わたしはそれを見たのです。正確には、あなたや、あなたの踊りを見ていたわけではないのですが、でも、あなたの姿に胸が張り裂けそうでした。あれから忘れたことがありません」


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トミーとキャシーが最後に、始めから愛し合っていた、ってことが物語を通して伝わるんだけど、ルースがかわいそうでかわいそうで

小生意気なキャラクターなんだろうけど、憎めないような存在なの。彼女の最期あたりの描写がとても切ない

トミーとキャシーの仲を裂いたって、許されない罪、最悪のことをしたって話すんだけど、どんな気持ちなんだろう。”猶予”を信じて二人の背中を押したルース、”猶予”の真実を知ることなく使命を終えたルース、かわいそう


正直この本で泣かなかったんだけど、わたしが唯一グッときたところ

厳密に言えば、ルースにはまだ意識があったはずです。でも、金属ベッドのわきに立つわたしからは、そのルースに意思を通じさせる手段がありませんでした。わたしはただ椅子を引き寄せ、ルースの手を両手に包んですわりつづけました。痛みの波が押し寄せてくると、ルースが手を引き抜こうとします。わたしは力を込めて、ぎゅっと握りつづけました。




話の中で、ルースの将来の夢が「オフィスで働く女性」なんだけど、わたし自身職業がいわゆるOLだからとっても切なかった。ガラス張りとは言えなくても普通にオフィスビルに毎日仕事しに行って、たまに同僚と談笑して、サンドウィッチを食べて、そういう”当たり前”はわたしにとって身近で些細な”当たり前”すぎて、あ~~~うまく言葉にできないけどなんかとても切なかった










保護官として時に優しく時に厳しく見守ってくれた人達も、マダムも、やっぱりキャシー達とは文字通り違う存在なわけで

エミリ先生の話

…でも、そういう治療に使われる臓器はどこから?真空に育ち、無から生まれる……と人々は信じた、というか、まあ、信じたがったわけです。ええ、議論はありましたよ。でも、世間があなた方生徒たちのことを気にかけはじめ、どう育てられているのか、そもそもこの世に生み出されるべきだったのかどうかを考えるようになったときは、もう、遅すぎました。

…あなた方の存在を知って少しは気がとがめても、それより自分の子供が、配偶者が、親が、友人が、癌や運動ニューロン病や心臓病で死なないことのほうが大事なのです。それで、長い間、あなた方は日陰での生存を余儀なくされました。世間はなんとかあなた方のことを考えまいとしました。どうしても考えざるをえないときは、自分たちとは違うのだと思い込もうとしました。完全な人間ではない、だから問題にしなくていい……。わたしたちの小さな運動が始まったときの状況は、そんなふうです。どんな大変なことに立ち向かおうとしていたか、わかっていただけるかしら。やろうとしていたのは、丸を四角にしようとするようなことですよ


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エミリ先生やマダム、生徒たちの周りの大人は、自己満足もあったのかなあとか読み終わった後考えてて少し思うの

偽善とまではいかないけど。いやでも他と比べて過ごしやすい環境や教育を用意していたんだから本当のやさしさなのかな、いやでも…って








色々調べて読むことが好きだから、世界の仕組みについても本当か嘘かもわからないようなことだけど、沢山知ってるの。それで、そんな世界で、本当にありえるかもしれない話だし、今ありえなくても今後技術が発達したりして、ヘールシャムの話は完全に遠い世界の話ではないと思う

どこかで起こっていてもおかしくないし、そのことがとても怖い






AIの発達、個人的にちょっと恐怖を覚えるんだけど、テクノロジーの進化ってたまに怖い

し、人が考えることもたまに怖い




泣かなかったけど、読み進めている間も読み終わった後もなんとなく引きずる。保護官目線やルース目線、マダム目線で読んで深く理解してみたいけど、ちょっと読みたくない気持ちもある


カズオ・イシグロさん良いなあ

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