見出し画像

あの子ばかりエコ贔屓しないで。私を見てよ【第3話】【最終話】

【第1〜2話までのストーリー】
 芸能界を目指す筑紫の初仕事は、恋愛リアリティーショー番組への出演だった。

 イケメン俳優でもあり、憧れの高田弘毅とは会話できる関係に。その一方で、共演者の売れっ子女優「三谷キララ」からの嫌がらせに思い悩み始める日々が続く。

 恋、ライバルとの戦い、芸能界への執着。多くの葛藤を経て、いよいよ筑紫が出演した恋愛リアリティーショー番組「男女8人シェアハウス物語」の放送がスタートする。

【各話リンク】
第1話
第2話

第3話

男女8人シェアハウス物語

 1ヶ月にも及ぶシェアハウス生活が終了し、私たちは偽りの日常から、ふたたび現実へと引き戻された。

 大人数で暮らしていたあの頃より、1人の今は周りの目も気にせずに済む。女性たちの嫌味を耳にしたり、ネットリとした視線を目にすることもなく、随分と気楽だ。

 番組収録前は、独り身の自分を、ずっと寂しいと思っていた。いざ集団生活を送ってみると、周りに気を遣う生活は煩わしいものとすら思う。

 番組収録後のお別れは、実に淡々としていた。決して和気藹々としていた訳ではなく、むしろピリピリした雰囲気のまま進んだ撮影現場だったけれど。

 それでも、収録後はせめて番組スタッフが「収録後の打ち上げイベント」などを用意してくれるものだと思っていたのに。恋愛リアリティーショーの終焉は、実に味気ないものだった。

 番組収録最後の日、私たち参加メンバーとスタッフは、お互いに「お疲れ様でした」と、声を掛け合う。

 収録が終わった途端、メンバー達の表情から笑顔がひゅっと消え、あちこちから溜息が漏れた。みんな撮影中は無理をして、自分を演じていたのだろうか。台本通りに演技を遂行した、私のように。

 いつも明るいあの子は、途端に口数が減って暗そうだし。陽気でテンションが高いと思っていた彼ですら、目の光が消えていく。

 青白くて覇気のない表情は、まるで亡霊みたいだ。彼は、インフルエンサーとして活動している若手起業家と聞いていたけれど。会社の経営、本当は上手くいっていないのかも。

 みんなの顔は、いつもと違って別人みたいだった。もしかすると、ずっと私は彼らの嘘で塗り固められた姿を見続けていたのかもしれない。

 毎日のようにぺちゃくちゃとお喋りしていたメンバーとの日々が、まるで嘘みたいだ。別にみんなのことが好きだった訳でもなく、あくまで気になるのは高田君だけだったけれども。このまま、みんなともう会えないのかと思うと、ふと寂しくなった。

 番組が終わってからも、お互いに連絡が取り合えたらいいのに。特別待遇を受けた「三谷キララ」以外のメンバーたちは、外との繋がりを断つために携帯を没収されているので、私たちは連絡先の交換もできなかった。

 連絡先の交換ができるのは、カップルが成立した2人のみ。今回の収録でカップルとなったのは、三谷キララと高田弘毅のみ。2人は相思相愛という訳ではなく、あくまで番組が仕込んだカップルである。

 このまま、高田君とはもう連絡すら取れないんだ。もしかしたら、もう会うこともないかもしれない。すっかり項垂れていると、向こうからパタパタとした足音を立てて、高田君が駆け寄ってきた。息遣いが荒く、どうも慌てている様子だ。

「つくちゃん。これ」

 彼は私に、1枚のメモ用紙を渡した。恐る恐る目を通すと、彼の電話番号とLINEのIDが殴り書きで乱雑に書かれている。

 筑紫は、驚きのあまり目を丸くした。すっとした彼の眼差しが、こちらを真っ直ぐに見つめている。

「これは内緒だけど。僕、つくちゃんとは連絡取りたいと思っていて。もし良かったら、登録してくれるかな」

「えっ。でも高田君は、キララとカップルに……」

「ああ。あれは、番組から仕込まれた訳だし。それに三谷さんへ渡した携帯の番号、LINEのIDも、全部ダミーだから」

 そう言って、高田君は屈託なく笑った。


 先日、いよいよ1か月にも撮影が及んだ恋愛リアリティーショー番組「男女8人シェアハウス物語」の放送がスタートした。

 撮影現場にいたので、内容は全て知っているけれども。放送をいざ見るとなると、実に緊張するものだ。変な映りだったら、どうしよう。私のおかしな声が、番組中で響き渡っていたらと思うと、恥ずかしくて直視できないかもしれない。

 心配をしていたのも束の間、ほぼ全てのシーンで派手なリアクションばかり取っている自分を見るなり、可笑しくて笑った。

 映りや声の心配をする由もないほど、自分の変顔や行動は、あまりにもわざとらしくて変だった。なんだかまるで、自分じゃないみたい。何者かが憑依して、自分とは違う誰かの姿を、終始見ているみたいだ。

 思い起こせばあの頃は、台本通りに業務……、いや演技を遂行するために。私はずっと、必死だったのかもしれない。

 私が出演した「男女8人シェアハウス物語」は、売り出し中の新人女優「三谷キララ」を最高に美しく映し、イケメン俳優である高田弘毅を売り出すために作られた番組だ。

 最終回では、キララと高田君が見つめ合い、そっと唇を重ねて終了する。そして、今後の展開を期待させるような展開で、番組は終結を迎える。

 キララと高田君は、番組でカップルになった。ところが実際には、お付き合いをしている訳ではない。あくまで、この2人は「番組上」で成立したカップルだ。

 視聴者が喜ぶようにと、2人のSNSではお互いに顔を寄せ合った写真が掲載され、「私たち、カップルになりました。これからも宜しくお願いします」というコメントまで書かれていた。

 カップル成立は、あくまで番組が仕込んだもの。よっと、これらのメッセージはカップルとなった2人ではなく、番組制作側が雇った「ゴーストライター」が担当している。まるで全身をお直ししたママみたいに、ハリボテみたいな番組だなと、筑紫はつくづく思う。

 番組サイドの狙いは、あくまでこの2人の知名度がより一層アップすることだった。ところが、制作者の意図とは反した形で、視聴者の人気者になってしまった人物がいる。

 それが私、谷口筑紫だ。

 番組が始まった頃、私はヤフコメ、SNSを通じてボコボコに叩かれた。男性が嫌がっているのに、何度もアタックする姿がみっともないだの。クネクネを体を動かして、男性にすり寄る行動もミミズみたいだとか。

 匿名の人々は、顔が見えないのをいいことに、みな言いたい放題だった。すべての行動がそうとは言えないが、大半はほぼ私の演技である。

 視聴者より「気持ち悪い」と思っていただければ、業務遂行は無地完了。番組スタッフの望み通り、私は強烈なインパクトを視聴者に与えることができたと言ってもいい。

 つまり、番組スタッフの指示どおり、私は要望に応えて、仕事を終えることができたのだ。この業界で個性のない人間が売れる為には、そのままではダメだ。知恵と体、行動をフル活用しなければ、大きなチャンスは掴めない。

 私は、この世界で売れるために、お金を貯めて整形もした。理由は、芸能界で売れるほどの美貌が備わっていなければ、売れないと自分なりに思っていたからこそ。

 ただ、三谷キララという本物の美女を見るなり、台本の指示通り、普通に動いていてはダメだと思った。

 どうやって、番組に爪痕を残せばいいのか。そのためには、強烈なインパクトを視聴者に与えて嫌われるしかない。もちろん、ただの嫌な奴を演じていては、視聴者に疎まれるだけ。

 私が演じるのは、どこか憎めない汚れキャラだ。脇役なので、主役を邪魔してはならない。あくまで、主役に花を添えられるように行動を重ねていくこと。

 視聴者から、どんな風に見られたいだろうか。ブランディングも、自分を売り出すために欠かせない。視聴者から見て、「意中の人へ強引にアプローチしてくるし、しつこいけれど。一生懸命だし、なぜかふと応援したくなる」と思える存在。

 そんなキャラクターなら、最初は嫌悪感こそ抱かれるかもしれないけれど。視聴者からも徐々に応援されるかもしれない。よし、このキャラでいこう。

 キャラ作りを徹底して、アドリブも自分なりに考えて。動きはちょっぴりオーバーにするけど、あくまで誇張しすぎないことも大切だ。

 リアクションを派手にやりすぎると、視聴者に演技と思われてしまう。そうなると、「あの番組はやらせだ」といった風に変な噂がついて、評価を落としてしまうかもしれない。

 あくまで私が出演した「男女8人シェアハウス物語」は、リアルな男女の恋愛を視聴者へ届けるバラエティーショーである。みんなに楽しんでもらうことも大事だけれど、やりすぎてはいけない。嘘くささが出てしまっては、視聴者も離れてしまうからだ。

 番組のリアリティーを出すためにも、カメラが回っている間は自然な振る舞いを心掛けることが大切だ。そうしないと、せっかくのリアリティが霞んでしまう恐れがある。

 参加者のガチ恋を感じられる内容だからこそ、視聴者は真剣に恋模様を見届けようと思うし、メンバーに共感したり、応援しようと思うのである。

 そして、出演者が嫌われすぎないことも大事なポイントのひとつだと思う。あまりにも嫌われると、SNSの炎上なども繋がるし、番組の評価も落ちてしまうからだ。

 おまけに私自身も、もし嫌われすぎてしまうとなると。次の仕事に繋がらないどころか、かえってバツがつく可能性もある。それでは、元も子もないだろう。

 だからこそ、撮影中はなるべく笑顔を絶やさないよう努めた。笑うのは苦手だけど、ニコニコしている人を嫌いな人はそういないはず。私はそう信じて、どんなに辛くても明るく振る舞い続けた。

 一生懸命この番組に取り組めば、きっとこの想いが視聴者に伝わるはず。そう信じて、私は必死に番組の仕事に取り組んだように思う。

 もちろんSNSに上がるコメントの中には、傷つくような発言もしばしば。SNSにあったコメントのなかには、テレビに出てくるだけで、チャンネル回したくなるとか、顔も見たくないとか。心ない暴言を吐く人も数知れず。

 テレビで映っているものは、全てじゃないのに。どうして、そんな酷いことをネットで吐いてしまうのだろう。棘のようなコメントが目に入るたびに、私の心はチクチクした。

 辛いコメントが続くと、時には塞ぎ込んでしまうこともあった。私は平気だと思っていたけど、案外そうでもなかった。

 ほんの数文字程度のコメントでも、攻撃力のある言葉が連なっていると吐き気がした。あまりにも辛いコメントが続く時は、外に出るのも怖くて、怖くて。

 じっと1人で部屋に篭り、ご飯はUberで済ませた。この経験から、私は絶対匿名で誰かを傷つけないと決めた。

 やがて番組の放送が続くうちに、男性から振られ続けてもめげずにアタックし続ける私の姿、ショックを受けると白目を向いて失禁する「ツクシポーズ」が話題となり、少しずつ人気が出るようになった。

 なんと、幼稚園や小学校では、ツクシポーズの禁止令が出るほど、子ども達の間でブームになっているらしい。小さな子を持つ親の方々には、申し訳ないと思ったけれども。子どもが私を見て喜んでくれていると知り、嬉しくなった。

 本来なら、あの番組はキララと、高田君を抱き合わせで売り出すために作られた番組だったはず。ところが私のブレイクぶりによって、キララの存在がすっかり霞んでしまった。番組スタッフには、つくづく申し訳ないことをしたと思う。

 私の名前が轟くとともに、さまざまなテレビ番組が、キララと私をバラエティーに共演させようとし始めた。なにせ、2人は同じ事務所。2人セットで共演をお願いしやすいと、メディア側も考えたのだろう。

 ところが、事務所側は2人の共演をNGとした。三谷キララの方が影となっている今、2人同時にバラエティーに出すのは危険と考えたらしい。

 キララが無理ということで、共演の矛先は高田君に向けられた。私と高田君が、2人揃っててバラエティに出演できるだなんて。なんだか、夢みたいだ。

 それでも、番組が求めるのは私のキモキャラのみ。司会からは、お決まりのようにネタ振りをされて、私はちょっぴりオーバーにリアクションする。観客はゲラゲラと笑い、隣の高田君は少し恥ずかしそうにクスッと笑みを浮かべる。

 最初は、ちょっぴりつらかったけれど。でも、そんなことは、次第にどうでも良くなった。

 だって、番組の収録後になると、共演者の高田君が「おつかれ、つくちゃん」と言って、私にハイタッチをしてくれるようになったんだもの。

 そっと触れた彼の指は、あったかくて、優しくて、とても柔らかい。指が触れるのは一瞬だけど、その時ばかりは本当に夢心地だ。

 番組やネットであれこれ言われても、高田君の指に触れたら、嫌なことも全部パッと消えてしまう。

 私と高田君は、決して付き合ってる訳ではなく。あくまで、ただのメル友に過ぎない。高田君と私は、撮影が終わってから毎日のように他愛のないメールのやり取りをしている。

 おはようとか、今日も頑張ろうとか。些細なやり取りが増えるたびに、彼との距離が縮まっていくのを感じて嬉しい。

 高田君から届いたメールによると、どうやら今後、業界で「厳しすぎる」と話題の、逢川監督が監修している舞台にチャレンジするらしい。

「僕は、もう大根役者と言われたくないんだ。

一人前の役者になりたいし、味のある役者にもなりたい。イケメン役者と呼ばれるだけでは、歳とともに、いつかは仕事もなくなるだろうし。

少しでも若いうちから、渋くていい演技が出来るようになるために、今から実力をつけたいと思っている。

この舞台が、もし終わったら、つくちゃん。僕と、ご飯食べに行こうよ。それに、僕からつくちゃんに、改めて話したいこともあるし」

 話したいことって、なんだろう。彼は役者としてのこだわりも強そうだし、演技に関する話だろうか。ならば私も、会話をより一層盛り上げるために、演技についてもっと勉強しなきゃ。

 彼の舞台が終わったら、ご飯を食べに行けるかもしれない。どんな会話が繰り広げられるのか、まったく想像がつかないけど。

 憧れの高田君とご飯を食べたら、きっとご飯も美味しいだろうな。メールを見るなり、ニヤニヤが止まらず、頬はずっと弛みっぱなしだ。

 高田君は、もっともっとこの世界で飛躍したいと思ってるんだ。いつも向上心に溢れて、眩しいあの人。顔もかっこいいし、優しいし、私なんかじゃもったいない。

 たとえ、付き合えなくてもいいから。いや、付き合う。付き合わない関係なく、彼を純粋に応援できたらいいな。一生懸命で、真っ直ぐ。どんな時も、優しく声をかけ続けてくれた高田君のことを、私はただ応援したいだけ。

キララとスキャンダル


 キララは、相変わらずCM、ドラマで大人気の様子だ。その一方で、キララ自身に、黒い噂が立ち込めるようになる。

 業界の人間と黒い繋がりがあることや、情報を裏で操作していたことが、どうやら明るみになったらしい。週刊誌で悪いニュースが取り上げられるにつれ、キララの人気には少し翳りが見えるようになる。

 そんな中、さらにキララの周りで危機的なニュースが訪れる。なんと、彼女の父親が突然逮捕されたのだ。

 どうも、キララの父親は色々な女性を騙しては、お金を奪って逃げているらしい。ロマンス詐欺疑惑もあるとの噂で、キララとその父親は連日のようにワイドショーを賑わせていた。

 さらにニュースの内容によれば、キララが小さい頃から稼いできたお金が、ほとんど父親に流れていたらしい。

 テレビに写ったキララの父親は、彫りの深くて、キリッとした顔立ちの男性だった。今時の顔というよりは、昔ながらの端正なハンサム顔といったところだろうか。

 そういえば、キララも吸い込まれるほど大きくて、きらきらした瞳の持ち主。鼻筋も高くて、大きな口が印象的な美女だ。彼女の美貌は、父親譲りなのかもしれない。キララのインタビュー記事を、過去に一度だけ読んだことがある。

 別に、彼女へ興味があった訳ではない。記事に目を通した理由は、一緒に恋愛リアリティーショー番組へ共演するために、まずは相手のことを知ろうと思ったからだ。仕事なのだから、共演者のことは一応調べておく必要があると言えるだろう。

 その記事には、パパがキャッチボールしてくれた頃の話、小さい頃は肩車していっぱい遊んでくれたという話が掲載されていた。そこでは、パパがいつも優しかったと。パパのことが、たくさん綴られていた。

 記事に載っているパパの話は「小さい頃の、パパ」についてのみ。今のことが綴られておらず、妙な不自然さを感じたものだ。あの違和感の理由が、まさかこんな形で知ることとなるなんて。

 雑誌に掲載されたキララは、白浮きするほどライトに照らされており、もはや原型は止めていなかったけれども。白くて綺麗に整った歯が大きな口から溢れており、とても美しかった。

 キララは撮影中、ずっと強気で我儘だったけれども。それなりに色々問題を抱えて生きてきて、小さい頃からずっと頑張っていたのかもしれない。

 キララと、父親の報道を見るなり、ふとママのことが恋しくなった。気づけば震える手で、携帯を手にして「緑」のボタンを押していた気がする。

「元気?」

 ママに電話をかける時、すごく緊張した。そもそもあの人は、私が突然家を飛び足してもなお、ろくに探そうともしなかった人。

 捜索願いをされていないか、街中を歩いてポスターを眺めたというのに。私を探すポスターは、どこを探してもなかった。ママは、私がいなくても平気なんだ。とぼとぼと人混みの中を歩いたあの日を、私は今でも忘れられない。

 そんな人が、私の電話なんて待ってくれるだろうか。私の思いとは裏腹に、ママからは「あー、筑紫?何か用?」と、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。

「ママ、何しているの」

「別に。今、確変中なんだけど。今いいところだから、後にしてくれる?」

 また、いつものようにタバコを吹かしながら、パチンコに通っていたのか。いつもと変わらない日常を過ごしていると感じ、ちょっぴり寂しいけど。それでも、ママが元気そうで嬉しかった。

「また、パチンコ行ってるんだ。買ったの?」

「トータルでは負けてるけど、そのうち勝つと思う。筑紫も、元気そうでなにより。あんたが、元気でやってくれれば。私は、それでいいから」

 ママはそう言って、唐突に電話を切った。

 それから、少しずつママと連絡のやり取りをするようになった。仕事に干され気味だったママも、最近では少しずつ仕事が増えるようになったみたい。

 ママは仕事について、あーでもない。こーでもないと。現場の人、共演した新人俳優、監督への愚痴や文句を言いつつも、嬉しそうに語っていた。きっと、仕事ができて嬉しいのだろう。

 わたしも、キララも、高田君も。そして、ママも。これから先、今の仕事がどうなるのかなんてわからない。

 芸能の仕事は、まさに水物である。人気のあるうちはこぞって仕事が集中するが、少しでも悪い評判がたてば、たちまち泡のように消えていく。

 この世界では、一度でも売れれば売れっ子として評価される。人気女優だったママも、一度干されてからは這い上がるのが厳しい様子だ。キララも、一度罰がついたことで、ここからの巻き上げも大変だろう。

 最近では、あのキララも父親のトラブルを謝罪するために、記者会見を開いていたっけ。目に涙を浮かべている様子を見かけたけれども、本当に悲しんでいるのだろうか。

 あの子は、嘘でも平気で人に甘えられるし、弱音も吐ける。誰かにキスもできる子だ。だったら、たやすく涙だって流せる子かもしれない。

 キララの涙を見るなり、売れるとは。成功とは何かについて、ふと考えさせられる。キララだって、あのまま上手くいけば仕事が軌道に乗って、さらに売れっ子だったはず。まさか身内の不祥事で、足元をすくわれるだなんて。

 成功と失敗は、紙一重だ。光を掴んだとしても、うっかり道を外せばすぐに溢れてしまう。信用と評価で成り立つ業界だからこそ、一度でも失えば崩れるのも一瞬。脆くて儚いものだ。

 そんな光に魅せられて、この国では多くの若者たちか、キラキラとした瞳で夢を追いかけ続けていく。

 夢を掴むのも、実に難しい。頑張ればチャンスは巡ってくるかもしれないけど、確実に掴むには覚悟と、運も必要だ。今回、私が恋愛リアリティーショー番組でいい評価を得られたのは、自分の力だけではないと思っている。

 スタッフの方や、番組のプロデューサー、出演者。そして、その番組を見てインターネットで盛り上げてくれる視聴者たち。彼らの協力がなければ、決して番組は成り立たないのだ。

 私がいい評価を最終的に受けられたのも、運だと思っている。もし「女性から積極的に動く」というアプローチを敬遠する時代に放送されたならば、私が売れることはなかった。むしろ、世間のバッシングを浴びていたはずだ。今は、多様性の時代。

 そして、女性が社会進出を進めている時代でもある。そんな時代だからこそ、懸命に自分をアピールしようとする姿勢が、視聴者たちに認められたのかもしれない。運でチャンスを掴めたのなら、大切に抱えていかなきゃ。

 そして支えてくれたスタッフ、私のショーを喜び応援してくれた視聴者の方々へ感謝を返せるよう、これからも自分のスキルを高めていかなければ。

 今や、すっかりバラエティーの雛壇に上がれるようになったけれども。インパクトと奇抜さだけでは、視聴者に飽きられてしまう。今売れているうちに、次の一手を考えておかないと。

 そしていつか本当の意味で売れたら、高田君を私からご飯に誘うんだ。彼のお誘いばかり待っているのも悪いし。

 そもそも彼にご飯を誘ってもらっているのだから、今度は私がお返ししなきゃ。私は宙を仰いで、ぎゅっと唇を噛み締めた。

【完】

※最後まで読んでくださり、ありがとうございました。好きなテイストなので、私自身も書いていて、とても楽しかったです。

【各話リンク】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?