見出し画像

あの子ばかりエコ贔屓しないで。私を見てよ【第2話】【全3話】

【第1話までのストーリー】
 落ちぶれた大女優の娘である筑紫は、全身整形を経て憧れの芸能界へ愛を踏み入れる。

 初仕事は、恋愛リアリティーショー番組。美人で売れっ子だけど、嫌味ったらしい三谷キララ、ハンサムな高田弘毅など他メンバーと共に、共同生活をし始める。

【各話リンク】
第1話
第3話

第二話

台本

「つくちゃん。今回の収録も凄く良かったよ。今日のリアクションって、つくちゃんのアドリブなの?」

 高田君は、収録が終わると目を丸くしてこう告げた。

 私の名前は 筑紫つくしのため、番組のメンバーからは「つくちゃん」と呼ばれている。もちろん、そう呼ぶのは「三谷キララ」以外のメンバーのみにはなるが。キララだけは、平気な顔で人の名前を呼び捨てする。つくづく失礼な女だと思った。

「いや、台本に『高田の体を舐めるように、下から上へすーっと指でなぞる。それから体をぴたっと寄せて、上目遣いでベタベタと甘える』って書いてあったから、書かれた通りにやっただけだよ」

「そうなんだ。腕を触られた瞬間、思わずゾクっときちゃったよ。実は女性に、あんな風に触られたの初めてなんだ……。つくちゃんも、スタッフの方から台本を貰っていたんだね」

 そう言われて、思わずどきりとした。忘れていた。台本貰ったこと、他のメンバーに口外しちゃいけなかったんだっけ。

 台本通りに動くことにばかり気を取られてしまい、人前で堂々と台本に目を通してしまった。

 同じ事務所のメンバーでは、私の他にキララも台本を所有している。彼女に関しては「特別」とみなされているので、人前で読むことすら許されてはいるものの。私は、彼女とは扱いが違うのだ。後で、スタッフの方に叱られるかもしれない。筑紫の顔が、みるみる青ざめる。

「もしかして、高田君も台本をスタッフからもらっていたの?」

「まぁ……、実はね。本当は、他メンバーに話しちゃいけないんだけど。つくちゃん、堂々と人前で台本に目を通してたから。もういいかなぁって」

「本当に、いいのかな。後でスタッフの方に呼び出されて、怒られたらどうしよう」

「大丈夫。そうなったら、僕が助けるから。僕も、台本のことつくちゃんに喋ってしまったし。共犯だよ。

それに、多分他のメンバーもみんな台本、貰ってると思う。ただ、口に出して言わないだけ」

 台本をもらっていたの、私だけじゃなかったんだ。みんな、このショーが高田君と、キララのためにあって、踏み台になることを望んでいるのだろうか。

 メンバー達は、本当にそれで良かったのだろうか。恋愛リアリティーショーで爪痕を残せば、確かに顔、名前は売れるけど。出方によっては、リスクだってあるかもしれないと言うのに。

 正直私も、このショーが放送されたらSNSで何を言われるかわからない。X(旧Twitter)で、この女キモいとか。しつこいとか、ある程度揶揄される覚悟はできているけれども。

 いざ、そんなネガティブなツイートを見ようものなら、心がキュッと締めつけられるのかもしれない。


ママの再起

 これまで私がメディアに登場したのは、ママが出産した時と。ママが私の幼稚園、保育園の参観や入学式に訪れた時だけ。

 写っているのはスレンダーで美しいママだけで、私の目元は黒で塗り潰されていたっけ。雑誌で自分の姿を見た瞬間、何も悪いことをしていないのに、まるで犯罪者みたいだと思った。

 私の顔は隠されてきたので、メディアでオープンになるのはこれが初である。どこかで私の素性がバレて、ママのことがそのうちバレるかもしれないけれど。

 そもそも私は、自分の素性がバレて、ママが注目されることを目的として、すべて狙って行動している。すべては、ママがこの世界でもう一度復活するため。

 私がこの世界で注目を集めることで、ママをもう一度この世界に呼び込むのだ。もう、ママのことをヘビースモーカーになんかさせない。タバコを吸うより、演技に集中できる環境を私が用意するんだ。

 目的を叶えるには、私がせっかく得たチャンスを活かすしかない。まずはスタッフから与えられた台本通り、仕事をきちんとこなすんだ。

 憧れの高田君から褒められるのは嬉しいけど、それでも番組を盛り上げるために、彼へ奇妙なアプローチを続けるのは地味に辛かった。

 本当は、こんな形であなたとコミュニケーションなんて取りたくないし、できれば普通に会話したい。でも今は、恋愛リアリティーショーの収録中。

 私は番組の指示通り、キララの踏み台になるべく、痛い女を演じなければならないのだ。高田君に、強引なアプローチを続けて、振られ続けて。視聴者に楽しんでもらうために、体を張り続けなければならないのだ。それが私の、勤めであり役割なのだから。

 売れっ子女優のママは、いつも台本を隅から隅まで目を通し、作品の世界に没頭していた。ママは役を与えられると、役柄のキャラになりきるために殻へ籠る。

 そうなると、暫く話しかけてもらえない。仕事が決まった途端、ママのマネージャーが身の回りの世話をしてくれた。ママは演じることが大好きだから、仕事が入ると私も嬉しい。

 それでも、人並みにママとコミュニケーションを取りたいと願ったことは何度もある。時には、こっそりママの台本を拝借し、演じるキャラを理解しようと努力し続けた。

 ママが演じるキャラを理解すれば、それに合わせて私が話しかければいいのかも。そうは思ったものの、ママが演じる役柄は複雑なキャラクターが多く、対応に困ることも少なくなかった。

 殺人犯。ネグレクトをする母親。薬物中毒。ママがこれらの役を演じる時は、その役が抜けきらなくて家が荒んだ。でも、あのママの姿がプロの役者なのだと。幼いなりにも、なんとか自分の中で折り合いをつけていったように思う。

 台本を渡された時、正直「三谷キララの踏み台」を演じることを知り、腹も立ったけれども。同時に、与えられた仕事をきっちりこなそうとも思った。そう思えたのは、ママから譲り受けた遺伝子のお陰なのかもしれない。

 それでも、流石に「高田君にキスを無理やりせがんで、拒否られたら大泣きして暴れてください」という番組からの指示を遂行するのは、かなりキツかった。

 女子のメンバーは、キララも含め「やぁだぁ」と、クスクス笑いながら私の様子を傍観していたっけ。

 それでも、私のような無名で、大して才能もない女が有名になるには、捨て身の行動が必要だと思う。本人にオーラがなければ、まずは行動でインパクトを出していかなければならない。

 そう思えたのも、大女優で光り輝くオーラを身に纏った母が近くにいたからだろう。本物を知っているからこそ、自分は捨て身じゃないとあの人たちの側に行けないって思った。

 生まれた時からずっと、自分は覚悟して生きてきたのだ。身を捨てるほど、必死に生きて身を焦がすのだと。これくらいのことで、怯むもんか。歯をギュッと食いしばっていると、高田君が「お疲れ様」と言って声をかけてくれた。

「さっきは、つくちゃんに失礼な態度をとってしまい、ごめんね。実は事務所からの指示で。

でも、つくちゃんの番組に対するプロ意識っていうのかな?撮影が始まった途端、一瞬で役にのめり込むスタンス。

間近で見て、凄いと思った。こんなに演技の上手い子が、新人の中にいるなんて……」

 高田君からそう言われるなり、私は目を丸くする。気持ち悪いって、思われてなかったんだ。ちゃんと、演技で動いてるって、見抜いてくれていたんだ。嬉しい。高田君の言葉を聞いて、筑紫はほっと胸を撫で下ろす。

「俺さ。俳優の卵みたいなもんだから、まだ演技の事とか業界の事とかよくわからなくって。

そんな時、ひたむきに番組に向かって仕事に取り組んでるつくちゃんを見て、頑張ろうと思えた。

いつも、誰よりも早く撮影現場に足を運ぶし。部屋の掃除も、朝早くつくちゃんが起きて1人で全うしてる。

暇さえあれば、いつも台本と睨めっこしているし。いつも、台本見るなりブツブツ何かを呟いているし。

頭の中で、撮影中にどう立ち回るかとか。色々、つくちゃんなりにシミュレーションをしているのかなぁと思った。

いつも台本片手に、1人で考え込んでる姿を見ててさ。他の出演者とは、違う何かがある人だって思った」

 高田君は、私のことをちゃんと見てくれていたんだ。掃除していたのも、誰も片付けようとしないから、仕方なくやっていただけだけど。

 そもそも、うちでは母が家事をやらないから、小さい頃から私が家事をするしか他なくて。掃除機をかけるのも、ゴミをまとめるのも。全部自然と、勝手に手が動いただけなんだけれども。きちんとした習慣は、人を救うんだと思った。

 彼はちゃんと、細かい部分まで見てくれる人だったんだ。高田君の優しい言葉を聞くなり、筑紫の目から涙が溢れて止まらない。

「つくちゃん。どうしたの。大丈夫?」

 高田君が、綺麗に折り畳まれたハンカチをサッと渡してくれた。どこかで見た、高級ブランドのロゴが入っている。そうだ。このブランド、ママの服で見たことがある。

 ママ、元気だろうか。あれから暫く会っていないし、連絡すらとっていないけれども。そもそも、家出同然に飛び出してきたというのに、ママは私のことを捜索願いすら出していない様子だ。

 もうちょっと、私のことを心配してくれてもいいのに。そう思うことも、確かにあるけれども。でも、あえてそっとしてくれるのがママの優しさなのかもしれない。

 自分の力で女優として成功したあの人のことだ。きっと私の気持ち、理解してくれるはず。だから、私のことも探さないのだろう。

 ママのことを思うと、少し胸が苦しい。ちっとも可愛がって貰えなかったし、ほぼネグレクトみたいな環境で育ったけれども。

 それでも、私はずっと。ママのことが好きだった。というか憧れだったし、愛されたかった。認められたかった。

 だから、ママの世界を知りたいと思って。踏み込んじゃったんだ。私はハンカチを両手で抱えながら、わぁわぁと泣いた。

「ごめん。大丈夫?僕、何か変なこと言ったかな……」

 号泣する私を見るなり、高田君は心配して声をかけてくれた。昔WEBで見た恋愛コラムでは、「イケメンは女に慣れているから、誰にでも優しい言葉をかける。気をつけろ。それを恋と受け取ったら、勘違いの始まりだ」といった内容が書かれていたっけ。

 高田君も、確かにみんなに優しい。彼の優しさを勘違いして、恋をする女性は引く手数多だろう。でも、彼の場合は少し違うと思う。

 きっと多くの人から愛され、恵まれて育ってきたからこそ、分け隔てなく色んな人に優しくできるのだと思う。綺麗にアイロンがかったハンカチを見て、きっといいご家庭で育った方なんだと思った。

「みんなは、僕に優しい言葉をかけてくれたり、手作りのお菓子とかくれたりするけどさ。

でも、なんかもうそういうのって、小さい頃からずっと経験しているというか。だから、媚びずに1人で黙々と台本を読んでいるつくちゃん、目を惹くんだよね」

「でもそれって、高田君が今までみんなから愛され、モテてきた証拠だよ。私にはそんな経験ないから、羨ましい」

「モテても、いいことってそんなにないよ。それに、人から好かれるっていうのも、実はちょっと怖くて」

 そう言うなり、高田君はぼうっと遠くを見つめた。思わず「どうして?」と声をかけた。

「たとえばの話だけれども。女の子の告白を断った途端、みんな手の平返したように冷たくなったり。俺の悪口いったりするってことがあって。

あとは、俺が好きな子できたと話せば、次の日にはその子が虐められたりしたこともあってね。なんか、もうそういうの嫌になっちゃった。学校も行くのが嫌になって。

そんな時、たまたまプラッと街を1人で歩いてたら、スカウトされた」

 高田君は目鼻立ちもキリッとしていて、人を惹きつけるようなオーラもあるし、確かに街で歩いていたら目立つだろうとは思った。でも、みんなにキラキラとした笑顔を振りまく高田君ですら、心に葛藤を抱えることもあったんだ。

「高田君にも、悩みや葛藤があったんだね」

「そりゃ、人並みに考えることはあるよ。僕は学校行きたくないから、芸能界入っただけ。

でも気づいたら、あれよあれよという間に次世代ブレイク必須イケメン俳優みたいな扱いされちゃって。

俺、演技の事なんてまだまだ何も知らないし。ネットでは、散々大根俳優って言われてるのに。

だから『しばらくドラマとか出たくないです』って言ったんだけど。そしたら、この仕事が来ちゃって。

この恋愛バラエティーショーで、売り出し中の月野キララちゃんとくっついて、2人の関係を話題にするのが、今回の主旨というのは。僕も、正直知っていたんだけれど」

 そう言うと、高田君はきゅっと唇と噛んだ。長い睫毛がすっと伸びて、横顔も美しい。綺麗に整った鼻筋には、私のようにシリコンなんて入っていないのだろう。

 光にあたっても、輪郭に不自然さが微塵も感じられないのが、本物の美形であることを物語っている。

「つくちゃん。女の子が演じるには辛い役を任されていると思うけど、無理しないでね。所詮、番組なんて暫くしたらみんな忘れる訳だし。番組のことより、自分を大事にして。

そもそもこの番組、僕とキララちゃんを売り出すためのものだし」

「でも、ギャラをもらう以上。手を抜けないよ」

 私は、高田君にそう呟いた、彼は番組より私を大事にしてほしいと。自分を守るために、手を抜いてもいいよと言う。

 でも、私からすればお金をもらう以上、手を抜くことはできない。どんな金額であっても、そこにお金が発生する以上、仕事は仕事だ。

 仕事には、責任が伴う。そして責任の対価が、お金だ。お金を貰うというのは、つまりスタッフが求める仕事を遂行しなければならない。

 金額が低いなら、それはその人の実力と評価が反映されているだけ。金額を上げたいなら、自分の紹介やスキルを上げるために努力する必要があると思う。

 それは、ママがいつも口酸っぱくいっていた言葉だった。コテでくるくると髪を巻き、酒焼けした声で、あの人はかったるそうにいつも呟いていた。私生活はだらしないし、ママからご飯を作ってもらったことなんて、数える程度でしかなかったけれど。

 世間的に言えば、あの人はちゃんとした母親ではなかったようにも思う。けれども、仕事への意気込みや姿勢は、本当にハンサムでかっこよかった。だからずっと、私にとって憧れの存在だ。

「つくちゃん、凄いね。プロ意識がある人なんだと思った。

実は僕も、コツコツ努力して実力を認められるようになりたいのにさ。事務所は、どうやら俺を旬のイケメン俳優として売り出したいみたいで。

なんかもう、全てが嫌になっちゃって。そんな時に、つくちゃんの仕事に対する取り組み方を見て。

この子は、自力で努力して頑張ってるんだなって思った」

 高田君はそう言って、ニコッと笑う。目尻に皺が寄って、クシャッとなって愛らしい。高田君に褒められて、筑紫の頬が紅潮する。

 真面目に頑張ってきて、本当に良かった。一生懸命生きていれば、いつかはきっと見てくれる人や、認めてくれる人がいるんだ。

 高田君のことは、本当に素敵だと思う。かっこいいし、優しい。真面目だし、人を褒めるのも上手い。もちろん、本気で恋をしたところで、どうせ相手にされないとは理解している。

 そもそも彼は、生まれながらにハンサムな顔立ちをしているし。女性からも、さぞかしモテるだろう。それでも、こんな素敵な彼とお互いに話し合えるだけでも幸せだ。

 高田君と微笑み合っていると、その光景をブスーッとした顔で眺める女がいる。三谷キララだ。

「たぁかぁだぁくぅーーーん。ちょっと来てくださぁいよぉーー。なんか、私足くじいちゃったみたいなんですぅー」

 キララが、わざとらしくびっこを引いて、こちらに近づいて来る。あの女は、いつもそうだ。仮病を使っては、高田君の気を引こうとする。そんなキララに対し、高田君はいつも苦笑いをしていた。

 おそらく彼は、媚びる女性があんまり好きではなさそう。だって、頑張る私を見て褒めるような人だし。嘘っぽい彼女の行動は、彼の心に響かない気がする。

 それに私と同じ事務所だから、あの子の経歴は知っているけど。確か芸能活動の傍ら、空手有段者になってたはず。ハリウッドデビューを目指して、アクションができる女優を目指しているとかで。

 そういえば、キララはアクション映画にも出ていたはず。まぁ、キックをするキララのパンチラ姿が話題になった程度で、興業収入はあまりよくないと聞いたけれども。

 アクションもこなせる女優が、足を挫いた位でピーピー言う訳ないだろう。ふとキララの顔を見ると、ニャッと笑みを浮かべている。そうやって、あの子はずっと誰かを騙しつつ、この世界でずる賢く生きてきたのだろう。

 キララの不気味な笑みをみるなり、私は背筋がゾッとした。

【続く】

各話リンクはこちら

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?