あの子ばかりエコ贔屓しないで。私を見てよ【第1話】【全3話】
※こちらの作品は、10年前にカクヨムで投稿したものをブラッシュアップしました。
ストーリーは、「47歳、独身ですが何か問題でも?」に登場する三谷年也の娘、三谷キララが登場するスピンオフストーリーです。
↓本編はこちらから
第一話
大女優の子に生まれて
大きな口に、真紅のルージュをぐいっと引くママの顔、色っぽくて好きだった。
テレビのスイッチをつけると、ぽってりとした紅を纏うママが、にっこりと笑う。街を歩けば、あちこちに恍惚な表情を浮かべるママの顔が立ち並ぶ。
私が物心ついた頃から、街中にはママのポスターがひしめき合っていた。売れっ子女優のママは、世間ではどうやら「憧れの女性」と呼ばれているらしい。
ところが、あの人の顔、体全ては作りモノ。所詮、ハリボテと言ったところだろうか。嘘で塗り固められた女が30になる頃、私はこの地に産声をあげた。
私は生まれてからずっと、ママとこの新宿で2人暮らし。パパの詳細については、ママの口からではなく、何気なくコンビニで手にした週刊誌で知った。
週刊誌によると、私のパパと噂される人は、どうやら業界の売れっ子プロデューサーらしい。そして私は、世間一般でいう「婚外子」と呼ばれる子だそうだ。
婚外子とは、婚姻届を出していない男女間に生まれた子どものこと。ママはパパと結婚せずに、私を妊娠してしまったようだ。
なぜ、ママはパパと結婚しなかったのだろう。パパのこと、好きじゃなかったの?それとも、嫌いになっちゃったのだろうか。色々聞きたいことはあったけど、細い弓のような眉のママが怖くて何も聞けなかった。
メスを全身に施したママは、常人離れした美しさで、まるで人形みたい。ミミズのように細い目に、不揃いな顔立ちをした私は、綺麗なママとは似ても似つかない「みにくいアヒルの子」だった。ママが整形する前は、私のように醜かったのだろうか。
私は、ママの「本当の顔」を知らない。分別がつく頃には、ママはすでに綺麗な顔をしていたから。それにママは、どうやら整形する前に、昔の写真を全部燃やしてしまったらしい。
写真を燃やしたくなるほどの劣等感が、ママにもあったなら。もしかするとママも、私のように「ミミズのような瞳」をした女だったのかもしれない。
綺麗なママと比較されて育った私は、ことあるごとに周囲から「お母さん、あんなに綺麗なのに」と、散々揶揄された。そんな時、ママは何も言わない。「そんなことないわよ」とか、せめて言ってくれたらいいのにと。一体、何度願ったことだろうか。
そんなママだけど、私は決して嫌いになれなかった。だって、スポットライトに当たるママの姿は、いつ見てもうっとりするほど綺麗なんだもの。
ブラウン管の向こうにいるママは、大きな口を横に広げてケラケラと笑っていた。オフの日に見かけるママの顰めっ面、カメラの前ではすっかり封印しているみたい。ネガティブな表情を一切見せず、ママはいつも画面の奥から嘘みたいに笑っていた。
きっと視聴者たちは、ママのことを「明るくて、綺麗な人」と思っているのだろうか。本当はヘビースモーカーだし、部屋中にタバコの空箱は散乱しているくらい、ズボラな人なのに。
テレビに映るママは、いつもぴりっとスーツやドレスを着こなしていて、まるで別人みたいだ。ライトに照らされ、美しく瞬くママの姿は儚くて、少しでもぐらついたら倒れてしまいそうで怖かった。ぽっと輝く光のようで、たちまち消えてしまいそうなあの人。
ママが消えないうちに、私もあの世界に入りたい。そうすれば、ママも私のこと褒めてくれるんじゃないだろうか。そう思ったことは、一度や二度ではない。
「ママ、私も芸能界に入りたい」
そう伝えると、ママはきゅっと眉間に皺を寄せ、タバコの煙をぷかーっと勢いよく鼻から出す。
「あんたの顔じゃ、無理。諦めな」
「じゃあ、ママみたいに。私も、顔と体を直したい」
「あのね。 筑紫、よく聞きな。芸能界は、顔だけじゃのし上がっていけない世界なの。綺麗で才能溢れた人もたくさん見たけど、いい人ほど潰れていく。どんな手を使っても、売れたい。その覚悟が、あなたにはある?」
ママに諭されて、私は目が点になった。できれば、人を傷つけることはしたくないけれど。そんな考えで業界を目指すのは、甘えだろうか。
「そんな難しいこと言われても、わからないよ。覚悟なんて、考えたことないし」
「じゃあ、やめときな。あと、筑紫。女は綺麗になっても、別にいいことばかりじゃないから。むしろ、面倒なことしか起きやしないんだから」
そう言うと、ママは再び口からヒューっとタバコの煙を吹いた。そんなに整形を否定するなら、なぜ自ら全身をお直ししたのだろうか。
ママは整形して綺麗になり、芸能界でも売れた成功者だ。お金だって、たっぷり稼いでいる。ハイブランドのバッグ、ジュエリーも、家のクローゼットにギュウギュウに詰まっていて、今にも溢れそう。
ハイブランドって、身につける人によって嫌味や安っぽさを感じることもあるけれど。スタイルの良いママはカジュアルな服にハイブランドをさらりと身につけ、上手く着こなしていたように思う。
雑誌を開けば、人気女優ランキングの上位に君臨しているママを見て、うっとりしたことは数知れず。
まぁ、それも数年前までの話だったけれども。最近のママは、仕事もなくて少し暇そう。退屈になると、決まってタバコを何本も吸い始める。タバコの空箱は部屋中に散乱しているし、ママの体もすっかり痩せ細ってしまった。
ちょっとでも隙があれば、ママはパチンコへと足を運ぶし、すぐにお金を使ってしまう。今日も「また、負けちゃった」といって、口をへの字に曲げてトボトボと帰ってきた。
ママのこと羨ましいっていう人、昔ならこの世界にいっぱいいたのに。人って、こうもあっけなくて脆いんだ。頬のこけたママを見るなり、筑紫はふぅと溜息をついた。
「覚悟は、まだないけど。挑戦していくうちに、身につくかもしれないし。やっぱり、私もママみたいに芸能界へ行きたい。
それに、ママだって。うちのお祖父ちゃんからお金をもらって、全身をお直ししたんでしょ。私、お祖父ちゃんから聞いて知っているんだから。私も、ママみたいに体を直したいよ。綺麗になりたいの」
「筑紫、しつこい。それにお祖父ちゃんはね、私のメンテナンスにほぼお金投資しちゃってるから。もうお金ないって。そんなにお金が欲しいなら、自分で稼ぎなよ」
お祖父ちゃんは、地元で飲食店を営む経営者だった。昔は、客の入りも良かったらしい。けれども、時代が進むにつれて若者が地元を離れていき、徐々に客の入りも悪くなったらしい。
一時はお店の広告塔として活動していたママも、ここ数年は整形疑惑が週刊誌に取り沙汰されるようになり、仕事もめっきり減り続けている。
仕事、どうしちゃったの。なんでママのポスター、街から消えちゃったの。そう言うと、ママは「権力も夢も持て囃される時は良いけど、失えば一瞬よ」と呟いた。
枯れ木のような腕をしたママを見る度に、なぜかあの世界へ行きたいと思った。自分が女優としてデビューすれば話題になって、母である大女優の「谷口明子」が再ブレイクするかも。
ママ。私、やっぱり女優になりたい。あの世界で、私もママのようにキラキラしたいの。何度もママに伝えたけれども、あの人が首を縦に振ることはなかった。まぁ、首を横に振ることもなかったけれども。どちらかと言うと、無視に近かったかもしれない。
上京
18才になると、私は家を飛び出すように街へ出た。東京で、私はママみたいな美しく輝く女優になるんだ。
問題は、灰のようにざらざらした皮膚と、醜い顔立ち。階段のように弛んだ腹と、指でつまめばぐいっと伸びる二の腕。
そして、ぶよぶよした太もも。不揃いの歯も、ニョキニョキして歪なままだ。なにもかもが醜くて、私は鏡を見るたびに溜息を漏らした。
女優になるには、まずは綺麗にならなきゃ。でも、そのためにはお金が必要だ。住む場所もない。住み込みで働けるお店、探さなきゃ。
ふらふらと街を歩くと「ボーニム、ボニム。ボーニム!ボーニム、ボニム、ボーニム!」という、景気のいい音楽を爆音で奏でるトラックが、筑紫の前を颯爽と駆け抜けた。
ポップなカラーに、可愛らしい女の子のイラストが描かれたトラックは、街中でも目を惹く。でも街の人は、誰もトラックの存在には目をくれようともせず、足早に去っていく。
トラックには「もっとお金が欲しい方、集まれ。高収入求人情報ダントツNo. 1」と書かれていた。キャッチーなコピーの下に、「ボニム 求人」と検索してねと、丁寧な案内も添えられていた。
そのコピーを見るなり、私はすぐさま携帯で「ボニム 求人」とググった。それからの私は、検索でヒットしたキャバクラ、ガールズバーの求人を探しては面接を受けにいく日々が続く。もちろん、住み込みで働けるお店というのは、家のない私にとって欠かせない条件だ。
片っ端からお店を当たったものの、キャバクラ、ガールズバーの面接はことごとく落とされた。住む場所もないので、ゴミ捨て場で漁った段ボールを敷いて、寝泊まりする日々が続く。食べ物は、コンビニのゴミ箱からお弁当を見つけて、残ったオカズを口に放り込む。
パサパサになった卵焼きは、スポンジのようで味気ない。もやしの炒め物も、水分を失って萎びている。口に入れても、もにゅっとした歯応えが気持ち悪くて、筑紫はその場でオエッと吐いた。
すでに腐った食べ物を口に含むのは、流石に気が引けると感じたけれども。飢えを凌ぐためには、口に何かを入れなければならなかった。半泣きになりながらもなお、私は残ったオカズを口に放り込み続けた。
隣で過ごすホームレスをよく見ると、肌が艶々とした若い男性で驚いた。青年は目鼻立ちも整っていて、足もすらりと長い。彼をまじまじと観察すると、体に包んだ新聞紙を広げて、何やら一生懸命読んでいる様子だ。
彼はもしかすると、拾った新聞からでも何かを学びたいと思うほど、意識の高い青年なのかもしれない。側から見たらバイタリティに溢れた男性でも、この東京という街はたやすく人を沈めてしまうのかもしれない。そう思うと、ぶるっと身震いがした。
いつものようにゴミ漁りをしていると、ぼうっと立ち尽くす女性たちの姿を見かけた。彼女たちは数メートル間隔で1人ずつ立ち並び、まるでルールが決まっているかのようだった。無機質な表情をした女性たちは、街行く男性に声をかけている様子だ。
人の群がる街では、手を伸ばせばいくらでも稼げる手段は転がっているし、上手い話もそこら中に溢れている。でも、その手を掴んだら、二度と元の世界には戻れない気がする。ネオンが輝く街を彷徨うたびに、足がすくむような怖さも感じた。
仕事をするなら、せめて信頼できるお店で、きちんと契約して、誰かに雇われたい。
求人を探し始めた頃の私は、なるべく大手や全国チェーン店を狙った。だが、大手のお店は可愛い子が多数応募するので、なかなか受からない。そこで少し目線を下げて、お店のジャンルを広げた。
ただ、いくらジャンルを広げたとはいえ、サービス内容は「飲食」のみを行う店舗のみに絞った。そもそも私、まだ男性と交際したことがないし。いくらお金に困っているとはいえ、ここで迂闊に危険な仕事をし始めたら、あとで後悔すると思った。
決死の思いで探したぽっちゃり専門のキャバクラが合格し、やっとの思いで私はキャバクラ嬢になった。
私が働くお店には社員が働ける寮があり、敷金・礼金も不要。寮費は給料から天引きされるため、初期費用がかからないのも魅力と感じた。
お店にいる嬢達は「ぽっちゃり専門」のお店なだけあって、みんなふくよかで、それぞれコンプレックスを抱えていたように思う。
ぽっちゃりしていることで、虐められた過去。親から虐待されて、飛び出すように家を出た嬢などなど。それぞれが傷を舐め合い、支え合うような感じの職場だったせいもあってか、働くのはそう嫌じゃなかった。
お店で働いたお金は、美容整形、エステ、歯科矯正などで溶けていく。稼ぐのは大変なのに、無くなるのは一瞬。とくに整形は、ひとつひとつのお直しにかかるお金が、悲鳴を上げるほど高額なのも辛い。それでも一つ直すと、他も直したくなる衝動に駆られてしまう。
目にはメスを入れ、蛆虫みたいな細い目から二重瞼に変えた。額、顎には小さめのシリコン、胸には大きなシリコンを入れた。お椀のように大きく美しい胸になって、満足はしている。ただ、ずしんとした胸の重みによって、肩の凝りを感じるようになった気がする。
だけど、肌だけはどんなに頑張っても綺麗にならない。エステに通うと、店員さんはうっとりした表情で「すっきりしましたね」と、声をかけてくれる。
でも、鏡を見ても何も変わってない。テカテカになった肌の奥は、まだ砂みたいにざらついたままだ。
最新のエステマシンを駆使しても、十分な効果が得られないなんて。まさに、私の肌は機材泣かせだと思った。私の肌は「呪われた肌」だったのだろうか。ママはあんなにタバコを吸っていても、綺麗な肌をしているというのに。
それでも整形によって私は、整った顔立ち、スタイルを手に入れることができた。美しくなった私は、どうやら少し自信もついたらしい。それからの私は、何度も芸能界のオーディションに応募し始めるようになった。
面接どころか書類選考の時点で落とされたことなんて、星の数。挫けそうになったけど、ここで諦めたら終わり。
だからこそ、絶対にめげてはいけないと思った。何度かオーディションを受けるうちに、やっと合格した時は嬉しくて、嬉しくて。涙が止まらなかったことを、今でも覚えている。
オーディションで受かったお仕事は、「男女8人シェアハウス物語」という恋愛リアリティーショー。番組内では、参加する男性4人、女性4人が1ヶ月の間、シェアハウスで暮らす。そこでの恋愛模様が、あますことなくテレビで放映されるのだ。
今まで誰かと付き合ったことのない私にとって、この企画は実にドキドキした。しかし、企画が始まった途端、失望する出来事が起こる。なんと、私1人だけスタッフから台本を渡されたのだ。
どうやら台本によると、私はシェアハウスで一緒に暮らす高田という男性に、何度も告白しなければならないらしい。台本には、「100回ほど、しつこく『好きです』と伝えてください」と書かれている。
台本の隅には、「アドリブで、もれなくストーカーっぽいことをして下さい」とか。「番組が盛り上がるような、ちょっぴりゾッとするアプローチを試してください」などと、鉛筆で殴り書きされている。その指示をみるなり、ギョッとした。
台本をくまなくチェックしていくうちに、番組の主旨を理解できた。この番組のメインテーマは、美人タレント「三谷キララ」という女を売り出すためのものだったのだ。
この番組内で、どうやら私は三谷キララと恋に落ちる予定となる男性にアプローチして、玉砕するという役どころらしい。
読み終えた後、私は思い切り台本を床に向かってぶん投げた。ふざけるな。私のこと、あの番組は踏み台としか思っていないんだって思うと、くらくらと眩暈がする。あの番組は、人のこと、なんだと思っているんだろう。
都合よく動く駒になんて、本当はなりたくなかった。それでも、汚れ役でもテレビに出られるなら。私にとって、これは願ってもいないチャンスかもしれない。
このチャンス、絶対手にしてみせる。そして、この番組で強烈な印象を残し、女優やバラエティアイドルとしてデビューするんだ。
もちろん、ここでママの名前を出せば。三谷キララどころか、一気にメディアの視線は私に集中するであろう。
でも、ママの力には頼らない。親のコネに頼らず、私の力で芸能人になってみせる。そして、ママを私がこの世界へもう一度、引っ張ってあげるんだから。
鼻息を荒げ、私は撮影現場へ向かう。ここに向かうまで、正直メンバー全員は公平に扱われるものだと思った。驚いたのは、これから売り出す予定の女優「三谷キララ」と、私への待遇があまりにも違った事だ。
三谷キララには、豪華な楽屋から、大きなエビフライが乗ったロケ弁まで用意されていた。
おまけに彼女にはヘア担当、メイク担当、ネイル担当などなど。沢山のスタッフに囲まれて座るあの子は、まるでお姫様みたいだった。
同じ事務所で、同じ番組に出るというのに。おまけに私の場合は、ほぼノーギャラに近い契約だったのに対し、三谷キララには1クール100万円のギャラが入るらしい。
番組が始まってからも、三谷キララへの不満は続いた。他のメンバーは他の番組と掛持ちが出来ない契約なのに対し、彼女だけはそれが許されていた。
他メンバーは携帯も全部没収されて、外部との連絡手段を完全に絶たれていたというのに。キララだけは、のうのうとした様子でSNSをチェックしている。
番組スタッフから、撮影中はネタバレを防ぐために、携帯を没収しますと言われて、素直に差し出したのがバカバカしいとすら思ってしまう。
キララだけが、この番組でずっと特別待遇を受けていた事実。お金をたくさんもらうのも、彼女だけ。事務所に所属している私以外は、どうやらほぼノーギャラで参加している人ばかりらしい。
そもそも私がギャラを貰えたのは、キララと同じ事務所だったからに他ならない。本来なら、ほぼ新人の私にギャラなど出ないようなもの。
もしかすると、キララにお金を渡している分、口封じのような形で私にも少額のギャラを渡すことになったのではないだろうか。と言っても、まぁ真実は、事務所の人に聞いてみないとわからないが。
私以外の参加者は、これから売り出し中の声優、女優、俳優、アイドル、起業家、自称インフルエンサー。自分の名前と顔を知ってもらうために、番組へ応募した方がほとんどだろう。
もちろん、真剣にパートナーを探している方もいるかもしれないけれど。嘘くさい参加者のプロフィールを見る限り、前者の理由が大半だと睨んでいる。
キララは高額なギャラまで貰えている上に、携帯も没収されていないというのに。あの子は当たり前のように遅刻するし、スタイリングにも大変時間がかかる。
キララがスタイリングが気に入らないと、「もう一度やり直し」とゴネるので、余計に時間がかかるのだ。彼女に振り回されるスタッフたちの顔は、いつも真っ白に青ざめていて、まるで幽霊みたいだった。
おまけに、あの女は。撮影に遅れてきても、悪びれる様子が微塵もなかった。それどころか、仕事の文句を大声で張り上げては、横暴な態度を取り続けていた。
「あー、今日も雑誌の撮影マジ疲れるんだけどー。あのカメラマン最悪ー。何回撮らせたら気が済むのよって感じ」
イライラをスタッフやマネージャーにぶつけるキララに対し、周りの人たちはみな優しく「お疲れ様です」と、声をかけ続けた。
にも関わらず、キララは周りの優しさには目もくれずに、終始傲慢な態度を取り続けていたのである。彼女の様子を見るなり、胃の中がキリキリするほどムカついた。
「ちょっと聞いてよ。今日のカメラマンなんて、同じポーズばかり求めるんだから。
それに撮影、飽きちゃった。同じポーズを延々と求められるから、右手がつっちゃったし、もう動かない。下手糞なカメラマンとは、もう一緒に仕事したくないかも」
「キララさん。これから恋愛リアリティーショーの撮影ですが、大丈夫でしょうか?腕冷やしますか?」
「あっ。そういうのいいから。それに腕をつっているんだから、冷やしたくらいで直る訳ないでしょ。あなた、頭悪いの?」
スタッフに文句ばかり言い放つ彼女を見る度、出来る限りあの女とは関わりたくないと思った。我儘で自己中だし、迂闊に近づいても振り回されて、ロクなことなさそうだ。
過去に読んだあの子のインタビューでは、素直に家族のことを話していて、いい子だと思っていたけれども。こんなにハチャメチャな女の子だったなんて。
彼女のように、メディア上では猫を被っている人も多いのかもしれない。そう思うと、雑誌やテレビを見るのが怖くなった。
この番組が終わったら、さっさとこの事務所とも縁を切りたい。キララの方をなるべく見ないように振る舞っていると、向こうからあの女がドスドスと足音を立てて近づいてくる。
眉はキュッと吊り上がり、口をへの字に曲げている。イライラしていそうだし、逃げたいけれど。怖くて、体が思うように動かない。
「あんたさー。谷口筑紫さんだよね?私と同世代の新人が入ったって、社長から聞いたけれど。へーえ」
そういって、キララは私の体を舐めまわすようにじろりと見た。気持ち悪くて、背をぎゅっとすぼめた。顔を背けていると、ニヤニヤしながら、キララが私の顔を覗き込む。
「あんたさー、どうしてテレビに出ようと思ったの?整形しているよね」
キララからそう言われて、どきりとした。なぜ、整形のことバレたんだろうか。
「この業界で何年もいるし、整形している人はすぐわかる。鼻に、シリコン入れてるでしょ。あと、胸も。風船みたいに、不自然な膨らみ方をしているし。
整形して、それ?その容姿で、芸能界を目指すんだ。売れると思ったの?というか、恥ずかしくないの?」
キララはそう言って、「アハハハハ」と甲高く笑った。カッチーンと来た。確かに、あなたは人よりずっと美人かもしれない。
けど、人のことを小馬鹿にするような、心の荒んだ女になんて負けてたまるもんですか。それに、そんなに調子に乗っていれば、どうせ生意気祟って干されるだろう。そう、うちのママみたいに。
もちろん、無視。こんな女のことなど、マトモに相手になんかしちゃいけない。こういう女の冷やかしは、間に受けるとより調子に乗るから厄介なのだ。私はぷいっとそっぽを向く。
「うわー。なに?無視すんの?この私を?へーえ。あんたさー、私のキャリア知ってるの?
芸能界の裏社会と、私が一杯繋がってるの知らないの?私をこの世界で敵に回すと、仕事なんて来ないんだからぁー。あっ、でもその容姿じゃ最初から無理よねぇー。アハハハハ!」
そう言って、高らかに三谷キララは笑った。ほんと、嫌な女。いくら仕事だからって、なんであんな女の引き立て役を、私がやらないといけないのよ。腑が煮え繰り返るとは、まさにこの事なのだろうか。
この女を、懲らしめてやりたい。でもあの女を傷めるのではなく、私が番組で爪痕を残して、彼女の存在を脅かしてやるのだ。
依怙贔屓
私の思いとは裏腹に、撮影中はずっと彼女を依怙贔屓する流れが続いた。
撮影が一部終わると、人気雑誌の取材が彼女の元に訪れる。すでに知名度をもつ彼女は、メディアからもインタビューの取材がひっきりなしに訪れた。
売れっ子の彼女だけが、雑誌やメディアの前で「男女8人シェアハウス物語」について語れる特権があったのだ。
時には、キララがインタビューしている様子を、壁の向こうから耳をそばだてて聞くこともあった。
「すでに人気番組へと、多数出演した実績をもつ三谷さん。そんな三谷さんが、この番組に出る理由とは何ですか?」
「新しい挑戦をしたら、視野が広がると思って。決して売名とか、そういうのではないですね。
私は名前がすでに知られているし、嫉妬も受けやすいと思うんですけれども。みんな良くしてくれて、本当にありがたいですね。
まぁ、陰では悪口言われる事もあったみたいですけど。それでも、私はめげません」
私たちは何もしていない、悪口も言っていない。メンバーやスタッフの悪口を言いふらしているのは、全部あなたでしょう。
キララは、現場でいつも他の女性メンバーについて「あの子は売れない。オーラがないわ」、「パッとしないし、愛想もない」と、文句ばかり垂れていた。スタッフ達はみな苦笑していたが、彼女に注意する人は1人もいなかった。
まぁ、彼女からすればすれば「早いうちからの、新人潰し」という感覚だったのかもしれないけれども。
あの女の怖いところは、それだけではなかった。どうやら週刊誌のスタッフとも繋がっているのか、自分が一番有益になるようにと記事の内容を裏で指示していると、小耳に挟む。
それを教えてくれたのが、番組スタッフの小峠さんだ。小峠さんは、メガネ姿がトレードマークの真面目な女性だ。おとなしいが故に、キララのストレスの捌け口担当となっており、見ていて可哀想だった。
小峠さんの情報によると、ある人気週刊誌の記者がキララにお熱らしく、あの女に利用されていると聞いた。
高田弘毅
シェアハウス物語が始まる前に、共に過ごすこととなる「高田弘毅」という新人イケメン俳優と面会した。台本では、どうやら私がこの男性に執拗なアプローチをしなければならないらしい。
彼は、クールな雰囲気が漂う、今時のイケメンだった。でも決してチャラチャラしている様子はなく、どこか凛とした横顔が美しい。
すっとした長い睫毛に、キリッと横に流れる目元。一目見るなり、世の中にこんなに美しくて澄んだ若者がいるんだと思った。
私なんかじゃ、どんなに頑張っても相手にしてもらえないだろう。整形で綺麗な体を手に入れたとしてもなお、キララの美貌には足元にも及ばないのだから。
彼との関係で、唯一狙えそうなのは、番組の打ち上げで一緒にお酒を飲めるくらいだろうか。それにしても、いくら役柄とはいえ。一目惚れした彼に振られつづける役を任されるとは、いくらなんでも辛すぎる。
しかも台本には、私が服を脱いで、彼に迫るというシーンもあるし。そもそも、私。今まで、誰とも付き合ったことないんだけれども。
昔読んだ恋愛攻略本には、確か服は男性に脱がしてもらうものだと、書いてあったはず。有名な、恋愛コラムニストが言っていたから間違いない。なのに、私が自ら服を脱いでいいのだろうか。
台本では、そこであのキララが、突然ドアを開けて部屋に入る。私が彼に迫っている姿を見て、キララはショックで部屋を飛び出す。高田君が、「待って」と呼び止め、キララをそっと抱きしめる。
つまり私は、キララの当て馬か。仕方ないが、これも私の仕事だ。雀の涙みたいな額とはいえ、ギャラは入る。なら、業務を全うするしかない。
高田君の姿が見えるなり、キララは突然人が変わったかのように、ぶりっ子キャラに変貌し始めた。いつもの我儘な姫キャラ、スタッフ泣かせの傲慢さが嘘みたいに消えている。
これが、売れっ子女優の実力なのかと、妙に感心してしまった自分が悔しい。
「高田くぅーん。私、この台本の文字わかんないんですぅー」
キララの甘い声が、あたりいっぱいに響き渡る。あの女め。私達が台本覚えて来なかったら、無茶苦茶文句言うくせに。腹は立ったが、ふとこの瞬間、いつもキララが口癖のように言っていた言葉を思い出す。
「男はね。一人で生きていける感を出す女よりも、『この子は、俺がいないと生きていけない』って思わせるような女を大事にするの。
作り話でもいい。仲良くなりたいと思えば、相談話を持ちかけてみる。甘えたい時は、素直に甘えていく。そんな女が、この世界では最終的に得をする。
女としてこの世に生を受けたからには、女の武器をとことん利用しなくっちゃね」
思い出した。あの女はずっと、男の顔色を窺って、強かにいきてきたのだ。キララは色んな男に媚を売りながら、この世界で這い上がってきたのだろう。
たとえ、私なんかじゃなくてもいい。でも、あんな素敵な高田君を、キララにだけは絶対に渡したくない。
【続く】
第2話
第3話