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WOW CATE

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  • シオミー・シューコ

    周子はんのおはなし

最近の記事

SUGAR COATED

 36歳。  背中が痛むようになった。原因はわかっている。姿勢が悪いからだ。腹筋が目も当てられないほどに落ち、首周りの筋肉も弱くなったせいで、猫背がちになっている。直そうと意識したところで、まずは頭が重くて首が諦め始め、次に体幹が諦め、気が付けばまた萎れた花のような姿勢になってしまうのだ。  そうなると必然、今度は首が痛くなって肩も痛いし腰も痛い、なんとかしないとと思いながら姿勢を正せば猫背に慣れきった体が悲鳴を上げ始め、頭がギリギリと痛みだす。  しんどい。  アラ

    • 宮フレちゃんにとってのアイドルってなに

      宮本フレデリカにとってのアイドルとは何なのか? なぜ宮本フレデリカはアイドルをしているのか? アイドルにとしてこうしたい、これを成し遂げるためにアイドルをやりたい、という意思が宮本フレデリカさんから語られたことは基本的になかった。 [シンデレラドリーム]宮本フレデリカが登場するまでは。テキスト読んだか? ・宮本フレデリカさんにとっての「アイドル」は自分のアイデンティティの延長線アイドルプロデュースチョコレートフォーユー!のこの一節。 アタシ、こんな髪の色だから、歩

      • 藤原肇、夜

         人差し指と中指の先に取った椿油を、髪の毛先に。  薬指に取った苺の練り香水を、耳の裏に。  どちらも、特別な日にしかつけないものです。  椿油は、母からの贈りものでした。十五歳の誕生日、そのガラスの小瓶は手のひらに置かれたとき、とぷりと小気味よい感触を残しました。添えられた「大事に使うのよ」との言葉の通り、使う機会を慎重すぎるほどによくよく選んで、開けています。  母は、日頃着飾ることのない人です。備前の窯元の家の嫁として、慎まやかに割烹着に身を包んでせっせと家事に

        • Late Night (with you)

          『奏? どうしたの、大丈夫?』  帰宅早々、親を驚かせてしまった。モノに当たるのは悪癖だと自分でもわかっている。これくらいなら大丈夫だろうと思って壁に投げつけた枕は想定よりも何倍も大きな音を立てて、沢山のホコリと、親の心配と、罪悪感を掻き立てた。 『……ごめんなさい。頭冷やしてくる。帰り、遅くなるかも』  着ていた服を脱ぎ捨てて、タートルネックニット、ジャケット、コート、ジーンズ。マスクとニット帽。背中から聞こえる親の声がまたちりちりと心臓を握るのを無視し、私は冬風靡く

        SUGAR COATED

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        • シオミー・シューコ
          3本

        記事

          OR ELSE (I CRY)

           「変なこと、聞いてもいいかな。一人のとき、私のこと考えたりする?」  声の震えは、抑えきれなかった。  会話の前フリも問いかけの一字一句も、全て頭の中で何度も予行練習を行ったものだったが、それでも竦む心を完全に隠すことはできない。  「なんでもない一瞬とか、息苦しい瞬間に。私のこと、思い浮かべたりする?」  返ってきた沈黙は、何よりも雄弁な答えだった。失意がくっと頭を軽くする。奏は目を伏せ、深い息を漏らした。  予想はしていた。自分がおおよそそういった目で見られる

          OR ELSE (I CRY)

          ONCE WAS LOST

           親父の言いつけは、たくさん破ってきた。けど、守ってきたものが一つだけある。 『迷子になったら動き回るんじゃない。その場にいろ』  小さい頃、あたしはよく迷子になる子だった。何かに興味が湧くとふらーっとそれを追いかけていってしまうせいで、両親を困らせたことは一度や二度ではとても済まない。  その性分は、高校3年になり、人生の岐路に立たされたときもやはり変わらなかった。だから、あたしは動き回らなかった。毎日、下校し次第店頭から菓子をくすね、緑茶を淹れ、庭に集う鳥の歌声に心

          ONCE WAS LOST

          カエルのうた

           口笛の吹き方を覚えました。  あの人は事務所の机で作業をしている時、特に夕方になると唐突に口笛を吹き始めることがあります。曲目はポップソングであったり、コンビニエンスストアの入店音、ミュージカルの主題歌など、多岐に渡ります。私がいつしか彼のために演奏したフルートの独奏曲も、彼のレパートリーの一つでした。体を左右に揺らしながら、どんな曲調であっても軽快なアレンジを施し、ひゅるひゅると上機嫌な音を奏でる彼が、彼が作るその口元が綻ぶようなひとときが、私は好きでした。  ある日

          カエルのうた

          THE NIGHTS

           爺っちゃんは、夜にギターを弾くことを日課にしていた。私は、それが好きだった。  だから連休で爺っちゃんの家に遊びに行くと、夜にはベランダに出て一緒に弾き語りをするのが、私が5つの時からのお決まりの行事だった。  夕食を摂り、私がお風呂から出て客室のベッドの上で祖母譲りの大ボリュームの癖毛を乾かすことに苦戦していると、爺っちゃんは決まって「おーい柑奈、やるぞお」とガラガラ声をベランダから張り上げる。その声を聞くと意識が指で弾かれたように跳ね起き、私は急かされるようにスーツケ

          速水奏の忘れな草

           小さな、白い錠剤だった。嫌なことを忘れたくなったら飲むといい、と言われていた。  今年の初夏に行った修学旅行先で、同級生と夜に宿を抜け出して行った少し危ない遊び場で怪しい老婆に貰ったものだ。友達は「奏、こんなん絶対使っちゃダメだよ」と捨てていたが、私はなぜだかその1グラムもない薬の塊の重みに怯えて、彼女のようにゴミ箱にそれを投げ捨てることができなかった。  あれから半年、今日という日まで、黒い紙に包まれたその薬はハンドバッグの内ポケットの中に、意識の外枠を這いずり回りな

          速水奏の忘れな草

          シオミー・シューコとお狐さまの祟り[2]

          [2]  七五三の写真というやつは面白い。二年刻みでちんちくりんが少しずつ、少しずつ大人の姿に近づいていく様を並べてみると、何かと発見に満ち溢れている。  3歳のときは親がいないと何もできない洟垂れの幼児だから、写真では口の周りがベトベトだったり、愚図った直後で目元が腫れていたり。でも、人格の根っこの部分はきっちり形を為しはじめている。  5歳になれば、少しは一人の人間として確立した生き物になっている。写真の撮られ方も少しは覚えて、自分が他人の目にどう映るかに関心が出て

          シオミー・シューコとお狐さまの祟り[2]

          シオミー・シューコとお狐さまの祟り[1]

          [1] 「ステーキプレート、カリマリフリッター、シーザーサラダ、白身魚のマリネ、ベイクドポテト、食後は渋柿のガレットとジャスミンのシャーベット、うん、はい、決まり」  大きなウィンドウガラスの外では都会人たちがキリキリと人波を作っていた。快晴にもかかわらず高層ビルに遮られて陽光の入ってこないレストランの奥、人の目を忍んだ二人席。よく効いた冷房と心地よい間接照明、さらりと手触りのよいオフホワイトのテーブルクロス、隣の席とは裕に三メートルは離れている清々しい快適さは流石は高級

          シオミー・シューコとお狐さまの祟り[1]

          シオミー・シューコとお狐さまの祟り[0]

          「過去についての夢を見るのは、脳が記憶の引き出しを整理しようとしているからですよ、塩見さん」 「そっかーそうなんだー。じゃああたしが同じ夢ばっかり見るのは脳みそが引き出しにひっかかっちゃってるからかなー」 「あっはは、そうかもしれませんねぇ」 「何笑てんの」 「…………」  あ。今のは流石に感じ悪すぎか。  時計の針は13時20分を刺していた。  事務所に入ったばかりの頃、壁でも腕でも時計をやたらと見る癖はよくない、とPさんに怒られたことがある。  正論だ。真

          シオミー・シューコとお狐さまの祟り[0]

          速水さんと佐藤さん

          P「……で、次。憧れの人」 奏「そうね……アンジェリーナとかでいい?」 P「じゃ、それで。で、次は事務所内で憧れの人」 奏「佐藤心さん……っ、と」 P「……え、えぇ……?冗談だろ?」 奏「本当よ。仲、いいの」 P「……え?」 奏「何?」 P「心さんと仲いいの?」 奏「ええ。ふふ、面白いでしょ」 P「うん、めっちゃ意外」 奏「痛々しくて面倒な女同士、気が合うの」 P「……自分でそれ言うなよ」 奏「いいじゃない。認めたら案外楽しいものよ?」 P「やめて

          速水さんと佐藤さん