SUGAR COATED

 36歳。

 背中が痛むようになった。原因はわかっている。姿勢が悪いからだ。腹筋が目も当てられないほどに落ち、首周りの筋肉も弱くなったせいで、猫背がちになっている。直そうと意識したところで、まずは頭が重くて首が諦め始め、次に体幹が諦め、気が付けばまた萎れた花のような姿勢になってしまうのだ。

 そうなると必然、今度は首が痛くなって肩も痛いし腰も痛い、なんとかしないとと思いながら姿勢を正せば猫背に慣れきった体が悲鳴を上げ始め、頭がギリギリと痛みだす。

 しんどい。

 アラフォーは、最悪だ。

 珠のようだったはずの肌も最早過去の栄光、ほうれい線は隠せないし、どうやっても髪のバサつきは誤魔化せない。心ちゃんは綺麗に歳とってるわね、なんて言われても何も嬉しくない。二十代は童顔でかなりサバも読めていたはずで、自分にだって嘘をつけるくらいには見た目を磨いていたのに、今や自分の老いと直面するより他はない。

 「……一息置こ」

 白と藍のリネンを手離し、針山に裁縫針を立てると、思わず溜息が漏れる。

 「明日納品かあ」

 衣装スタンドにかかったドレスを眺める。製作期間、二ヵ月。折角の大仕事だからとびっきりのドレスにしてやろうと、デザインにも布選びにも製作にも、今までやってきたどんな仕事よりも時間を情熱をつぎ込んで、この一着は紡ぎあげた。

 その時間の中で、自分がかつてこういった衣装を着る立場であった頃、即ちアイドルとしての芸能界での活動に終わりを告げステージから降りた時から9年の時が、否定することなど到底できないほど確かに経過していることを、嫌という程思い知らされた。

 

 『心さん、衣装作りませんか。私の』

 先々月、久々に会ったクソ生意気な後輩は、ゼロが四つつくランチに呼び出してきて着席一番に相変わらずクソ生意気な仏頂面でその依頼を告げてきた。それを安請負するつもりは、決してなかった。

 『衣装? 業者に頼みなー、はぁとは育児で忙しいの☆』

 『お子さん、この春から小学校ですよね。おめでとうございます。心さんのことですから、今は奇声上げながらの家事と昼ドラに齧りつくくらいしかやることないんじゃないですか』

 確かにその通りだった、一人息子もようやく小学生、手が空くようになってからは楽しく家事をすることとママ友との話題共有のためにも昼ドラはばっちり張り付くことくらいしか楽しみがなくて正直暇だったが、地味のクセにちゃっかり10年間きっちり芸能界で売れている小娘のクソ生意気スマイルで図星を突かれると無性に腹が立った。

 だから適当に答えた、『じゃあ1着500万な、千鶴ちゃん稼いでんだろ☆』、どういう風の吹き回しかはさっぱりわからなかったが断る理由も特になく、余暇を使った内職と考えれば、赤字が出ないのなら旦那も嫌な顔はしない。だからいつも通り軽口から、そのつもりだった。

 『いいですよ』

 『だろー、やっぱ業者に頼んだ方が……は?』

 『敬愛する先輩に衣装を拵えて頂けるのなら、それくらい』

 『……なんだぁ? ちづちゃんお前気持ち悪』

 『私、今度引退するんです。最後の衣装は、心さんにお願いしたくて』

 

***

 激寒ハート投げおばさん。アイドル『佐藤心』は、インターネットではそう呼ばれていた。

 けど、その割には、果報者のアイドル人生だったと思う。事務所オーディションで披露した自己PRの時間、は審査員は一人を除いてドン引きのドン冷え、その一人はひたすら「うん、うん」と笑顔で頷いていて

佐藤心26歳アイドルの、インターネットでのあだ名だ。

 自覚はあった。アイドルといえば本来ティーンの見た目麗しい乙女が就く職だ。それを10上回る26歳、服にベタベタとハートマークを着けて一人称は「はぁと」、スタイルには自信があったがそれも裏目って、佐藤心はアイドルとして活動していた一年間、「超イタイ系アイドル」として有名だった。

 別に事務所にそんな振る舞いを強要されたわけも、そうすることができた理由は、三つ。

 

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