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断られても断られても、誰かのために動く意味

noteを始めて最近特に、いろんな「想い」に駆られます。次から次に溢れてくるwので、とても筆が追いつきません。
今回もそんな想いをひとつ、お伝えします。


突然ですが、こんな経験はありませんか?
あなたが困っているときに、急に助力の申し出があったものの、なんとなく怪しんでお断りする。

相手にもよりますwが、「助けてあげる」なんて言われても、最初は

「何か思惑や打算があってのことだろう。」
「見返りに何を求められるか、分かったものではない。」

なんて考えてしまいますよね。
最近は詐欺も種類が増え、巧妙化していますしw。

でもヘタにお断りすると、

「せっかく手伝おうと言っているのに、なんて奴だ!!」

なんて逆ギレwされてしまうかも、と思って承諾する方もいるかもしれません。

ただ、そんなふうに逆ギレする人はたいてい打算的な人なので、やはりお断りしたほうがいいでしょうね。


このように考えれば分かる通り、人間関係ができている同士ならともかく、たいていの「親切心」は最初、ほとんど受け入れてもらえません
(noteユーザーの方々は例外的に受け入れてくださる方が多いと思います!ほんとに例外的w。noteは優しい方ばかり!!)

「誰かのために、生きていこう!」

とココロに決め行動しても、その「ココロ」を信じてもらえず断られ続け、半ば挫折している方もいらっしゃるかもしれません。


私自身も、そうです。

私も「何か、人の役に立つ人間になりたいなぁ」と昔から思い続けています。(これでもw)

私は、食の改善やベジタリアンになったことで自分自身が救われましたし、音楽にもすごく助けられた経験があります。

それらを何とかして多くの人に伝え、一助となりたい。純粋にそれだけを考えています。

…はい、大丈夫です。信じていただけなくとも。(意固地になるなw!)
でも、noteユーザーの皆さんは信じてくれるんだろうなぁ。noteってほんとに優しい世界です。


親切心を貫徹するのは、生半可な覚悟ではできないと思います。
それを実行し、継続するnoterさんがnoteにはたくさんいらっしゃいますが、もうすごいを通り越して言葉になりません。
自分が井の中の蛙であったことを、今更ながら思い知らされます。

もしかしたら、ただの「押し付け」になっているだけかもしれない。自分がそうだったからといって、相手もそうなるとは限らない。

自分に対して、いろんな「疑惑」が渦巻くwこともあります。
でも、それでも。

「誰かのために、生きていこう!」

と思った、そのココロだけは信じ続けてみようと思うのです。


最初は、「キレイゴト」と思われるでしょう。

でも、それでも、止めないでほしい。

そこで止めたら、ほんとは「キレイゴト」ではなかったあなたの行動を、あなた自身が「キレイゴト」と誤認することになります。

それはとても悲しいことです。


初志貫徹、継続こそがチカラ。

あなたが誰かに「してあげたいこと」や「想い」を、素直に愚直に。
何の見返り、打算のない、ピュアな波動に乗せて。

偽りなき想いは誰かに、必ず届くものです。

今回もお付き合いいただき、ありがとうございました!まいけるでした。

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