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遺伝子だって変えられる

頑固が遺伝した

聞いた話によると、母方の僕のおじいちゃんは頑固中の頑固で、近所でも有名な頑固者だったらしい。僕の記憶にはないから、確かめた訳ではないけれど。そして、僕の母も、そのじいちゃんにきっと負けてないくらい頑固な人です。こうと決めたら、誰に何と言われても突き進む人だった。我が子である僕の気持ちなんて、気にする様子はなかったから。小さな頃は母の言いなりでしか、ありませんでした。その反面、僕は高校生になって荒れました。そうは言っても、意気地なしのぼくだから、人からみたら、可愛らしい反抗期だったに違いないけれど。

そんな血を受け継いだから、僕も頑固になってしまった。この頑固のせいで、随分人生を損したように思えたのです、後悔もいっぱいしました。そんな性格を変えたいと思っていました。しかし、そう簡単に変わることは出来ませんでした。

どんなに自分を必死になって、律しようとしても、気を抜くとすぐに表れてしまうのです。この頑固な性格は、本当に意地っ張りで、変えることができませんでした。次第に、苦しくなり、変わらない自分にイライラしました。

いつまでも変わらない頑固な性格のせいでトラブルが起きてしまうと、悔しくて、情けなくてしまうのでした。

僕は思いました。ああ、結局は、遺伝したものは変えられない。僕は、ずっとこのままなんだなって。急に、虚しさが込み上げてきたのでした。

何かのせいにしたところで

そんな時に、読んだ本の中に書いてあったことが、案外、背中を押してくれたのでした。今や、取り巻く環境によって、遺伝子が動きを変えることが常識になっているというものでした。詳しくはわかりませんが、遺伝子は引き継がれるのですが、それを取り巻くたんぱくに影響をされて、タンパク質は、遺伝子に覆いかぶさっている細胞に影響されるというものだそうです。

それまでの僕は何かある度に、遺伝だから仕方がない。運命なんだから仕方がない。持って生まれたものだから仕方がない。そうやって、自分に言い聞かせては、諦めてきました。自分の嫌いな部分だって、そうやって言い訳しては、人のせいにしていたのです。

だけど、そう考えるということは、結局は、他人に振り回されているんだって、自分で気付くことができたのです。自分らしく生きるだとか、理想の自分になるだとか言っているくせに、結局は、自分自身が遺伝子だとか言って人のせいにして、動き出すことを諦めていたのです。自分は変われないものだと、勝手に制限をかけてしまっていたのです。

自分がすぐに甘えてしまう性格なら、厳しい環境に身をおくだとか、人見知りなら、和気あいあいとしたコミニティに参加するだとか。自分のネガティブに捉えてしまっていることを認めて、どうすれば良いのかを自分で考えて導びき、自分の理想を意識し続けることによって、変えていけるものではないかって。

他人は変えるこは出来ないとされているけれど、それって、自分自身のことはどんなことであっても、変えることができるっていうことなんじゃないかって。でも、直ぐにそんなはずはないって、思ってしまう僕がいました。それは、きっと何処かで、今のままでいいんじゃないかって言っている自分がいたのです。僕自身が変ってしまうことを恐れてしまっているんだって。今の自分でも十分に頑張っていて、それなりに歩むことは出来ているから。どんなに今の自分が辛いとか、不幸だとか言っていても、そこで満足してしまっているから、変えようとしないんじゃないかって。

でも、そうじゃないって気づいたのです。自分はこうありたいという思いを持ち続行けることが出来た人間だけが、理想の自分を手にすることが出来るんじゃないかって。

答えは、とてもシンプルだったのです。

理想の自分になるために

夢も理想も、山登りもマラソンも諦めなかった人だけが、辿りつけるものであり、諦めてしまった地点で、ゴールまで辿りつくことができないのです。

自分を変えたいと、本気で思うのなら、自分を取り巻く環境といった背景にある前提を変えていく。そうすれば、自分の無意識に刻まれている言葉がかわる。そして、行動が変わる。行動が変わることによって、結果が変わるから、現実が変わる。現実が変わったから、自分が変ったのだと確信できるのではないかって。

自分を変えたいのに変わらない。なかなか現実が変わらない。そう思っているのなら、自分の前提を見直す覚悟がいるのです。例えるのなら、中身は同じ料理であっても、器を変えるだけで全く違った料理に変わる。

環境を変える。そんなことは到底無理なことだって、もう自分に言わせませんでした。変わりたいんだから、出来ることはあるはずなんだって。身近なものを変える。身に付けるものだって変えること出来るはず。自分の部屋だって変えることは来るはず。人間関係だって。何よりも、自分は発する言葉を変えることは出来るはず。そうやって、一歩ずつ、いや、ほんのつま先分くらいでもいい。遺伝子だって変えられる。そういう思いで、信じた分だけ、僕は変れたんだと、自覚することが出来るようになれたのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
メルシー

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