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いつも無理してしまうあなたへ

努力が報われないと感じていませんか?

自分ではいつも、精一杯頑張っているつもりなのに、何だか上手くいかないように感じている人がいます。そういう方は、意外に多いのではないかと考えています。過去の僕もそうでした。

自分で言うのも、おかしな話ではあるのですが、一生懸命に頑張っているし、頑張ってきたものです。嫌なことも、時には、率先してやっていました。誰に言われた訳でなくても、自ら努力を選んでやってきました。しかし、そんな思いとは裏腹に、思うような結果を手にすることが出来なかったのです。

そう感じる時は、頑張ることを辞めてみると、上手くいくよというお話しです。意味が分からないように感じるのかもしれませんが、自分と向き合う上で大事になってくるので、是非最後まで読んでみて下さい。

頑張ることを辞めれないのは

とは言え、頑張ることを辞めようと言われたからと言って、辞めることができるでしょうか。僕は、実際に出来ませんでした。僕のことを気にかけてくれる人が、度々僕に忠告してくれたのです。表情を見ればすぐに無理し過ぎているって分かるよって。ちゃんと寝ていないでしょ?休むことは大事だよ。身体が壊れてしまったら、元も子もないよ。身体が一番だよって。

しかし、僕は、頑張ることを、辞めることが出来ませんでした。案の定、身体も心も壊してしまったのです。

自分がどんなに無理をしていることに気がついたからと言って、頑張るのを辞められない時があります。それは、どんな状況であれ、何かを頑張ることを辞めれば、同時に味わう感情があるからです。

それは、悲しみなのです。

僕は子どもの頃、ガンダムのカードを集めていました。確か、当時一枚20円くらいだったと思います。お小遣いを必死にやりくりして、色んなものを我慢して集めていました。しかし、母が厳しい人だったために、勉強をしなかったからなのか、僕がテストで散々な結果をたたき出したのかは、忘れてしまいましたが、僕が頑張って集めていたカードを捨ててしまったのです。その時は、この世の終わりなのかって言うくらい、一晩中泣きました。大小違えど、その時と同じような悲しみだと思います。

頑張ることを辞められないのは、この悲しみを感じたくないから、もっと頑張ってしまうのです。どうして、こんな悲しみが伴うのかというと、頑張るのを辞めてしまうと、自分を認めることが、もう出来なくなってしまうという思い込みからくる悲しみなのです。

頑張る正体は認められたいという思いなのです。

どういうことなのかというと、頑張る私は、自分を認められるから価値がある。頑張らない私は、認められないから、価値がない。そんな風に思い込んでいるからこそ、頑張ることを辞めようとしたときに、悲しみが生まれてしまうのです。

これまでの頑張りの奥にある気持ち。認められたいという思いが強いからこそ、頑張ってきたのだということ。心当たりがあるように思いませんか。

僕は、先ほど述べたように、母はとても厳しい人でした。子供ながらに頑張っていたけれど、認められることはありませんでした。そんな子供の頃の経験が、未だに僕の中に残っていて、どこか認められたいという、強い思いの中、行動しているように感じます。

自分で自分を認めたい。誰かに認めてもらいたい。そういう思いからこそ、頑張るのを辞めると、もう、それは叶わない願いになってしまうのではないかと思ってしまうことが原因で、悲しい気持ちになってしまうということなのです。

頑張らないと認められないと思いながら生きることって、思いの外しんどいものです。頑張らないと、自分は価値がなく、凄くちっぽけな存在に見えるのです。だから、頑張っていない自分を見つけては、ダメ出ししてしまうのです。常に、全力で走ることは、不可能なのように、いつもいつも頑張ることも不可能なのです。時に、弱気になるし、時に気を抜きたくもなります。そんな自分を責めてしまうものだから、苦しくて仕方がないのです。

認められたい自分を解放するには

そんな苦しみから、解放するには、頑張らない自分であっても認めることが出来ればいいものだと思うのです。本音を言えば、実際に頑張ることを辞めてみたらいいのではないかと思うのですが、僕がそうだったように、頑張る事が辞められないから苦しんでいるのだから。やってみて下さいと言われて、はい、分かりました。やってみますとは、簡単に言えないものです。

ですので、今のあなた自身を安心させることが、必要だと思います。

どうすればいいのかというと、認められていない自分を探すのではなく、認められている自分を徹底的に探すのです。自分で自分を認めることが、本当になにもかも出来ないのですか。あなたを大切に思う人は、あなたが頑張らないと、本当に認めてくれないのですか。

今、目の前にある「愛や想い」を感じる必要があります。

よくある物語において、暴走を止めるには、その人を安心させること。その人が安心することによって、我に返り、心を取り戻すシーンを、よく見かけるものです。それは、自分に対しても効果的だと感じます。

今の自分の満たされていない部分を、見るのではなく、今の自分の満たされている部分や豊かである部分をみることで、安心させられるのではないかと思います。

それって、感謝出来る部分を探すことと同じだと思うのです。

つまり、感謝の気持ちを味わうと、暴走した頑張りを止めることが出来るのだということ。感謝の気持ちに注目できることは、上手くいっていないと感じている視点から、上手くいっている部分に視点を合わせることが出来るものだということです。頑張ることを辞めようとしたら、自分を満たしてくれる部分に注目することが出来る、感謝の気持ちが生まれたのです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
メルシー


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