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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(10)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(10)

 「チーフ、、、お母さんをこっちに連れて来て後悔していたり、もっとやってあげたかったこととか、今ありますか?」

と私は聞いた。すると、上司は笑顔で

「ないよ。全部やってもらった。少しだったけど、あなたに食べさせてもらって、看取りケアに切り替えてからは美空ひばりの曲なんか流してもらって、アロマを焚いてもらったり、いろんな人に声をかけてもらって。私も一緒にいる時間が増えたし、最期も見送れたしね。こ

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(9)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(9)

 お母様が他界しご実家へ戻られた上司は、年号が[平成]から[令和]へ変わるために設けられた5月の10連休とも重なり、約2週間程度会社を休んでいた。この間私は、ある想いが沸々と湧いて来ていた。

 上司のお母様のリハビリと向き合った際に、リハビリに対するスタンスや患者や家族との関わり方などの過去に抱いていた[自問自答]は消え、心の中に静けさと情熱のようなモノがバランスよく存在していると実感していたは

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(8)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(8)

部屋へ入ると、泣き崩れている上司と静かに眠っているお母様がいた。上司のそばまで行くと、

「ビール、持ってきてもらってもいい?」

と言われた。私は、急いで冷蔵庫にしまって置いた小さいビールの缶を取りに行った。部屋に戻ると上司に

「飲ませてもらっていい?やっぱり一口目は私じゃなくて、あなたに飲ませて欲しいから。」

と言われた。私は、誰よりも冷静に、誰よりも患者を信じてそれまでやって来た。周

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(7)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(7)

 私は、1日に何度かお母様の部屋へ足を運んだ。美空ひばりの曲が流れる中で口腔ケアを行い、脱脂綿に含ませた水分で口を潤わせるということをさせて頂いた。この数週間の間、何度お母様の名前を呼んだことか…。

「〇〇さん、今日もよろしくお願いしますね」「〇〇さん、さっき娘さん来てたの気付いてましたか?」「〇〇さん、はい!ゴックンしますよー!」「〇〇さん、今日もバッチリでした」「〇〇さん…」「〇〇さん…」

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(6)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(6)

 特に実習生時代、新人時代は「患者の精神的な部分に偏り過ぎ。もっと冷静になれ」と言われ、手探りで【バランス】を獲得しようと努めていた。極端に冷淡になることもあり、【バランス】の難しさを感じ、悔し涙を堪えたことも多々あった。

 臨床経験を重ねるごとに、重視することが変化し【患者が笑顔になる】ことをより深めるために、例え「ぬるい」と言われるようなリハビリであっても提供し続けた。そして、根拠に欠ける【

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。     (5)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。     (5)

 直属の上司に、実母のリハビリの相談を受けた私はその場で思い浮かぶもの全てを伝えた。そして、上司から見舞いに行くたびに[病院での実母の状態]や[病院スタッフの行動、発言]をメールで受け取っては、「他にでき得ることはないか」と考えた。普段、プライベートは謎が多い上司だったからこそ、その切実な想いは強く伝わって来たし、私自身、頼りにされるのが嬉しく何とか力になりと思っていた。

 上司は、絶食期間が長

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(4)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(4)

 言語聴覚士は、言語障害に対するリハビリだけではなく摂食・嚥下機能障害に対するリハビリも行う専門職だ。食べたり、飲み込んだりすることが難しくなったり上手くできなくなった患者に対してリハビリを行うのだが、命に直結する分野であるため私自身も、他スタッフも[摂食・嚥下機能=食事]に関しては神経を遣っていた。

 「高齢者が喉に餅を詰まらせて死亡」など聞いたことがあるように、普段何気なくしている[食べる]

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(3)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(3)

 臨床実習で教えてもらった先生に、【バランスが大切】と教わった。実習生の時も新人だった時も私は、患者の気持ちに寄り添う割合が多くなり、冷静に医学的な判断を行ない目標やリハビリプログラムを設定し、無駄なくリハビリを実施するということが苦手だった。

 人間関係においても同じく、患者の話し方を悪ふざけで真似したり家族を悪く言うスタッフに対しては、一緒になって真似することも悪く言うことも頷くこともしなか

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(2)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(2)

 いよいよ、言語聴覚士の資格を得て臨床現場へ出た私だったが、人が伝えたいと思いながらも伝えられない苦悩や諦めてしまう姿に、自分の技術や知識のなさ、人間力のなさに打ちのめされた。常に「私じゃない誰かがリハビリをすれば、この人は笑顔になったのではないか」「私じゃない誰かがリハビリをすれば、この人は伝えることを諦めなかったんではないか」という思いが私の心を占領した。

 けれど、よく考えた。そもそも、簡

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私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(1)

私が言語聴覚士を目指し、そして辞めた今。(1)

 私は、去年の秋までリハビリの仕事をしていた。いわゆる言語障害といって、口がうまく動かずにうまく話せない方、口の動きは問題ないし頭でも言葉は思い浮かんでいるのに、いざ話そうとすると言葉が出てこない失語症という方などその症状は多様で、これに認知症が加わる場合もあり対象者の症状は実際にはかなり複雑だった。

 私がなぜ、言葉のリハビリ/コミュニケーションのリハビリをする【言語聴覚士】になったのか。その

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