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父の詫び状

 何十年も前に父の詫び状を読んで深く感動した。いつか私も父に何かを伝えられる時がきたら書きたいと思っていた。

 父は普通の人とは大分違う変わった人だった。まだ生きてるけど、笑。母とは正反対で世間体なんていう言葉は彼にはない。本が大好きで何百冊と家にある。この前出版されたパンテオンの本は四百ページ以上もあり、出版社はページ数を減らすよう父に頼んだが、聞かない。
 父は愛犬と義母を連れヨーロッパ中を旅し、ローマのパンテオンの調査を何年もかけてした。ある時はイタリア語、ラテン語、ドイツ語で、 それでも足りなければギリシァ語の辞書を使ってでも資料を解読した。この根気強さは趣味の釣りにも使ってる。

 私が結婚相手を見つけた時、産婦人科医が子供が欲しいならピルをやめなさいと言った。二ヶ月後には妊娠してた。夫となる彼は世界一優しい人で私を無条件に愛し守ってくれる人だった。
そんな人との間にできる子供は、何があっても動じない強さを持っている。息子の周りには親から愛されず育った子がいて、その子達は何故自分が愛されないのか悩みその事で時間を費やし、自分の事どころではないという。
 

 私はその時、母になる決心をした。

 産婦人科で妊娠を確認した直後、偶然にも父から電話があった。ギリシャに行ってきたお土産話で盛り上がる父。どうしよう…… でも今を逃せない。
「いただいたお電話で申し訳ないんですが、実は来年の五月、母になります」
「……」一瞬沈黙。あれ、お怒りか? 
「俺だったら、子供を思うならそいつと結婚するけど。でも恵の人生だから、恵の良いように自由に決めればいい。」何だかあっけない承諾だった。何処の人で何をしてるとか歳も全く興味ない。先ずは私と赤ちゃんの事を考えてくれた。

「まぁ 頑張って、またな」

いつもながらゆっくり話す父のお決まりの締め文句だったけど、その父の声は細く、今回だけは涙で震える音だった。


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