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リスキル: 人材の育成・確保により、企業におけるDXの完成度を高める

"Skill" by Nick Youngson CC BY-SA 3.0

本記事は、DXの完成度をより高める、人材のリスキルに関する記事です。手っ取り早く変革をなしたいというと、時に劣後されることも少なくないリスキルですが、実際は外せないKSFでもあります。このリスキルの戦略的活用に着手せずに数年経ってしまった場合、変革の成果はどうなってしまうのか。ここは問うべき箇所であろうと思います。


DXとリスキルの必要性

前に、DXの起源と全体像に関する記事を書きました。

その中でこのように述べました。

変化に対してオープンであり、既存のやり方をより良いものへと変えていくことに積極的である組織カルチャーは、 デジタルを通して進化していく上での本質的なドライバーだ。組織はイノベーションを推奨すべきで、従業員にリスキルの機会を提供し、新しいテクノロジーやデジタル時代のルールに適応して変革に必要な知識と技能を獲得するのを助ける存在になるべきだ。


AIIoTに代表される様々なテクノロジーの活用により、生産性は向上し、プロセスの自動化は進んでいきます。それに伴い、人の仕事は既存のプロセスを回すことから、デザインすること、創造すること、革新をもたらすことへシフトすると言われています。ですが、現実としては、それら新しい仕事においては様々なデジタルツールを使うことが前提となっており、必要な知識と技能の習得たるリスキルなしには、遂行することも困難であると言えます。

ガートナー社の調査によると、70%の人が現在の仕事に必要なスキルを習得していないと答えています。ですが、先日、以下のようなツイートをしました。このインフォグラフィックスは、11%の企業だけが人員のリスキルをしようとしているに留まっていることを示しています。

そして、2020年のCOVID-19 の感染拡大は、様々な企業に強制的なDXへの推進力を作り出しました。従業員はリモートワークやオンラインコミュニケーションのための様々なツールを使わざるを得なくなりました。単なるリモート会議の開催にとどまらず、ブレインストーミングやワークショップのオンライン化、採用プロセス全般の非対面化、ワークフローのデジタル化等です。ですが、リスキルは十分に行われておらず、世代や個人の知識レベルに依存したデジタルデバイドももたらしています。

企業はもっと内部の人材にスキル獲得の機会を提供すべきでしょう。そして、これは企業にとって、従業員のキャリア開発をサポートすることで、全社のDXとそれによる成長を推し進めるチャンスとも言えます。


リスキルによるキャリア開発の事例

いくつかの企業は、リスキルを効果的に用いています。

例えば、Amazonは、フルフィルメントセンターの従業員に、16週間の様々な研修プログラムを提供しています。その中のカリキュラムには、データサイエンティストへと職種転換を可能とするリスキルが含まれています。

AT&Tでは、過去に、18万人の従業員がFuture Readyプログラムと呼ばれるリスキルプログラムに参加しています。従業員は、研修を通して様々なスキル認定を受けることができ、更にはジョージア工科大学やノートルダム大学等の機関と提携して提供されるコンピュータサイエンスやデータサイエンス等の分野の修士号も取得することができます。

製造業では、Stanley Black & Decker Inc.Schneider Electric等の企業で、DXの取り組みに伴うスキルギャップに対応するためにのリスキルプログラムが実施されています。

Stanley Black & Decker では、世界各地にある100以上の工場・施設において、2016年より産業分野IoT(IIoT)の導入によるDXとしてプロセスの自動化やコネクティッドファクトリーの実現を推し進めています。同社はこのDXと合わせて、6万1000人の全従業員を対象としたリスキルプログラムを実施しています。プログラムにはARをベースとしたOJT等も含まれ、データリテラシーの向上や、オンラインコラボレーションの技能を獲得することができます。

同社では、このリスキルのプログラムを通して、DXの推進役にもなれる人材を発見して「チャンピオン」として登用。変革の遂行を担ってもらうということをしています。リスキルと登用を組み合わせた戦略的な施策です。

Schneider Electric社は、DXの取り組みの一つとして、米国ケンタッキー州のレキシントンにスマートファクトリーを作っています。


このDXを確実に実現するために、スマートファクトリーの新しいプロセスや新技術を使いこなしてもらうよう、従業員のリスキルを行っています。同社では、DXのプロセスのできるだけ早い段階で従業員に参加してもらうことで、リスキルとともにそのメリットも確認しながらDXを完成させていくアプローチをとり、従業員のエンゲージメントも高めるという結果を出しています。


人材確保のための内部からの登用

先日、デロイトトーマツグループにて、日本を代表する企業のCIO、CDO、CTOなど情報システム・IT部門等の幹部を対象に、「DXを推進するための組織構築」をテーマとしたオンラインイベント「dX Leaders Summit」を開催しました。

その中で、真に変革力のある人材を、外部から調達するだけではなく、どう育成していくのか。それが大切であると述べました。

「たとえば、M&Aによる企業買収の結果、一時的に優秀なデジタル人材を確保できたとしても、優秀であるからこそ、その人材を維持することは難しい。また、日本企業は従来からベンダー任せ・外注頼みの傾向も強く、変化の速いデジタル時代では、内部にデジタル変革を担うリソースを抱え、機動的に対応する体制を作ることをしない限り、顧客のニーズの変化(進化)に追随できない。だからこそ、 “人材の内製化”=内部でデジタル変革を担う人材を育てる”ことが重要である。」
「 “内製化”というキーワードは重要。dXの推進は、“人材をどう活用するのか”、“業務プロセスをどう変えていくのか”といった企業文化に深く関わることになる。自社を変革していくためには、現場とのコネクションが必要不可欠である。つまり、たとえIT技術やテクノロジーに長けた人材を登用できたとして、自社に変革が生まれない。昨今では、多くの企業がこの事実に気づき始めており、その観点からも“育てる”ことが重要である」


dx Leaders Summit の中でも議論をしている箇所ですが、DXを進めるためには様々な人材を確保する必要があります。前傾したインフォグラフィクスでも示唆されていますが、多くの企業はそのような人材を外部からの採用で済ませようとしています。しかし、そこにおいてもリスキルを活用する余地があります。

リスキルは必要であるということは前述しましたが、必要性だけでなくROI的にも評価されるべきところがあります。ウォートン・スクール経営大学院の研究によると、平均して外部からの人材の採用の方がリスキルに比べ18~20%程追加のコストがかかり、入社後2年間は業績が悪くなるという結果が出ています。別の研究ではリスキルにかかるコストは、外部から人材を採用する場合の約半分になるというものもあります。

リスキルのほうが、外部からの採用よりもコストパフォーマンスがよいからといって、もちろんすべての必要となる人材を社内でまかなえるというわけではありません。例えば、高度なDeep Learning技術のエンジニアや研究者を内部で育成することは相応に困難です。ですが、企業が内部の人材活用という手段をより戦略的に行うべきであることも明らかです。

例えば、クレディ・スイスは、採用担当者が社外の候補者に電話をかける前に、社内の候補者に電話をかける「インターナル・ファースト」プログラムを展開し、人材活用のコストを削減しています。2016年に4万人以上の従業員の10%以上を、このプログラムによる部署異動、プロモーション、配置転換などでシフトさせたとクレディ・スイスは発表しています。


内部でコアを確保し、外部と連携する

意外かもしれませんが、DX推進で重要なのは外部に依存しすぎないということです。今まで見てきた例にもあるように、自社の組織・業務を理解している人がDXのプロセスに参加していくことで、その遂行が功を奏します。

DXのような変革活動にはプログラムマネジメントが土台になり、その中心には、PMOや多くのプロジェクトマネージャーやファシリテーターも必要となります。職種転換も視野に入れつつ、自社の組織・業務を理解している人をリスキルして参画してもらい、組織内の各部門・人材やベンダー等と連携していく人材となってもらうことが肝要です。

このような人材は、DX推進専門のチームに配属されることがありますが、チームの活動が効果的に進み、成果を出し始めると、様々な部署や現場からDXに関連しそうなありとあらゆることを依頼されてしまうという現象が発生することがあります。このような状況においては、せっかく組成したDX推進チームが雑多なタスクに忙殺され、本来の優先すべき事項に着手できないという問題も起こります。そして結果として、「最初のパイロットプロジェクトはよかったが、その後、現場のリクエストに応えきれず、全社的なDXには至らなかった」という結末を迎えてしまうことになります。

そのような状況を回避するには、各部署や現場のリテラシーやスキルを向上させることが同時に大切になってきます。必要であれば全社的なBIツールを用いたデータの民主化等も実施し、現場である程度データ分析や自律的なDX推進を可能とします。そうすることで、DX推進チームは優先すべき変革の重要事項にフォーカスでき、また現場との連携による相乗効果を狙っていくことができます。これは自社の変革力の向上につながります。そして、自社のコア人材・組織の確保を踏まえ、外部に頼るべき専門的な事項についてはベンダーのソリューションや先進的なAIスタートアップと連携してその成果をスケールさせていくことに到達できます。

適切に人材をリスキルで育成し、コアを確保し、機能させた企業こそが、他社とも連携することができます。アウトソースした専門性の高い部分をコア人材・チームを通して、全社にも展開していけるのです。


終わりに

人材のリスキル、育成、そして登用はDXを成功させるための重要なファクターの一つとして認識されつつあります。ハーバード・ビジネス・レビューは、過去20年間でCTO(最高技術責任者)の役割が一般的になったのと同じように、デジタルへのシフトにはCSLO(最高技能学習責任者)をC職に加えることが必要になるだろうとも推測しています。人材のリスキルや育成は一筋縄ではいきませんが、内部でしっかりとコア人材を確保し、そうして外部と連携していくことでこそDXの効果は増幅されることになります。それと並行して、従業員にとっては、企業が個人の成長を助け、キャリア開発もサポートしていると感じられることで、より熱意のある目標にチャレンジすることもできるようになります。

このような努力は、企業の変革力とともにレジリエンスを高め、俊敏性、柔軟性、拡張性を維持しつつ、常に社会に対して価値を提供し続ける組織へ成長していくのに役立ちます。企業は、人材を正しく育成し続ける組織になることで、自らのポテンシャルを最大限に活かせる事業体として、未来を切り開いていく存在になっていくでしょう。

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