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ヒトはいつ出現し、どう進化をたどってきたのか

ここでの論考は、主に、最近出版されたヒトの起源の総説論文(Bergström, A. et al. 2021. Nature 590:229-237)をもとに紹介記事として書かれたものです。ときおりアップデートしたいと思います [ver. 2021.02.28]


人類進化の700万年,200万あるいは20万年史?

『人類進化の700万年』『人類20万年 遙かなる旅路』「人類の進化200万年をさかのぼり」。これらは、人間の進化史についての本の題名や記事のタイトルである。なぜ、20万年、200万年、700万年と進化の年代が異なるのだろうか?これは、どの進化の段階までを人類とするかの違いである。
 700万年前というは、ヒトとチンパンジーの共通祖先から分岐した以降のヒトの祖先と推定される化石の年代である。これは、アフリカ中央部で発見されたサヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)と同定された化石で、最古の人類化石であるといわれることもある。しかし、この化石が人類の祖先であるかどうかは定かではない。
 200万年前は、ヒト(ホモ・サピエンス、Homo sapiens)と同じHomo属の種が出現したおおよその時期だと考えられている。その最古の種であるホモ・ハビリス(Homo habilis)は、約280万年前にアフリカに出現した。その祖先から分岐したのが、ホモ・エルガステル(Homo ergaster)である。ホモ・エルガステルは人類としてはじめてアフリカをでて、ロシア、中東、パキスタンなどでみられ、中国(北京原人)、ジャワ島(ジャワ原人)では、ホモ・エレクタス(Homo erectus)に分岐した(図1)。
 アフリカに留まったホモ・エルガステルは100万年前まで存在したと考えられている。その後、約50万年前より以前にホモ・サピエンスの祖先となる系統とアフリカを出た系統に分かれ、後者は、ヨーロッパに広がったネアンデルタール人(Homo neanderthalensis) とアジアに広がったデニソワ人となる(ネアンデルタール人とデニソワ人の主要な化石の分布は図1参照)。ホモ・サピエンスとネアンデルタール人、デニソワ人の共通祖先が何であったかはゲノム解析では確定できないようである(Bergström et al. 2021)。化石の記録からは、ホモ・アンテセッサー(Homo antecessor, 図1と2)、アフリカのエリトリのBuiやアルジェリアのTighenifで見つかった化石の人類に近いものと推測されている。ヨーロッパでみつかったホモ・アンテセッサーのタンパク質を用いた解析では、ホモ・アンテセッサーが共通祖先である可能性を示しているが(Welker, et al. 2020)、結論するにはまだ早いようである。50万年より以前には、われわれホモ・サピエンスの祖先はアフリカに住んでいたとおおよそ考えられているが、この結論も確定していないようだ。もしヨーロッパのホモ・アンテセッサーがホモ・サピエンスとネアンデルタール人、デニソワ人の共通祖先であったとすると、それはアフリカの外であった可能性もある(Bergström et al. 2021)。



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図1. 人類の重要な化石の出土位置(Bergström et al. 2021のFig.3aを改変)


人類の起源は20万年あるいは30万年?

 ヒト(Homo sapiens)が出現したのは、20万年前あるいは30万年前といわれるがどちらが正しいのだろうか。最近まで、ホモサピエンスが出現したのが、20万年前だといわれていた。それは現在のヒトとほぼ同じ形態をもつ化石のうち最も最古のものが20万年だったからである(図1と図2の黒丸)。ところが、2017年にモロッコのJebel Irhoudという場所で、見つかった化石がホモ・サピエンスとしてNature(Hublin et al. 2017)で報告されたことで、ヒトの起源は、10万年さかのぼることになり、30万年前ということになった(図2の茶色の丸)。しかし、これらの化石(図2の茶色の丸)は、ホモ・サピエンスとされているものの、脳が格納されている頭蓋骨の形態などは、現代人とは異なっているようである。Jebel Irhoudの化石は、ホモ・サピエンスよりもアンデルタール人に近いとする研究もある。30万年前から20万年前の間に、現代のホモ・サピエンスがもつ特徴的な形質が進化したかどうかは不明のようだ。従ってホモ・サピエンスの起源が30万年前か20万年前かは今後の研究を待つ必要があるだろう。

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図2. 過去100万年からの人類の進化(Bergström et al. 2021のFig.3cを改変)。横軸は左端のホモ・サピエンスからの形態的な近さをしめしている。小さい●は化石の年代と形態的な関係を示す。赤い矢印は交雑による遺伝子の浸透を示す。


ヒトはいつアフリカを出て世界各地に広がっていったか?

 前述したように人類はホモ・エルガステルがアフリカをでてアジアでホモ・エレクトスに分化し、またヒトとの共通祖先が再度アフリカを出て(共通祖先はアフリカではない可能性もあるが)、ヨーロッパ、アジアなどに拡散し、ネアンデルタール人やデニソア人に分化した。ヒト(ホモ・サピエンス)が出現してからも、再度、アフリカをでて世界の各地へ分布を広げていった。イスラエル(Skhul洞窟,Qafzeh 洞窟,図1と2)、サウジアラビア(Al Wusta,図1と2)、ギリシャ(Apidima 1, 図1と2, Harvati et al. 2019)、イスラエル(Misliya-1,図1)の化石が示すように、アフリカ大陸の周辺である中東や地中海沿岸には古くからホモ・サピエンスは侵出していったようである。イスラエルのミスリア洞窟(Misliya-1,図1)で見つかった化石は18-17万年前のものと言われている(Hershkovitz, 2018)。現在、イスラエルやアラビア半島はアフリカ大陸の外とされているが、ホモ・サピエンスにとってはアフリカの一部とみなすこともできる(Callaway 2018)。
      ヒトのアフリカ周辺からヨーロッパやアジアへの主要な拡散は、少なくとも6万5千年以前には、生じていなかったと推定されている。それは、近年のゲノム解析から、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の交雑が、5から6万年前にみられることからも支持されている(Bergström et al. 2021)。  10万年以上まえにアジア、ニューギニアやオーストラリアに拡散したという研究もあるが(たとえばReyes-Centeno et al. 2014)、デニソア人と混同しているなど疑問視されている(Bergström et al. 2021)。
 5から6万年前にアフリカを出て拡散ていったヒトとは別に、それ以前にモロッコやジョージア(黒海の東)からユーラシアや南アジアに拡散した系統(基盤ユーラシア, 図3)がいたらしく(2万年から1万年前に絶滅?)、この系統はネアンデルタール人との交雑を経験していない。この集団(基盤ユーラシア, 図3)の起源となっている地域は、南西アジアと北アフリカに集中しているので、5万年より以前にアフリカから離れた場所にホモ・サピエンスがいるという証拠にはならない(Bergström et al. 2021)。
  


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図3. 出アフリカ後の系統とネアンデルタール人、デニソア人との交雑(Bergström et al. 2021のFig.1bを改変)。赤および青の矢印は、ネアンデルタール人あるいはデニソア人との交雑によるゲノム領域の浸透をしめす。


アフリカでのホモ・サピエンスの起源

 現在のホモ・サピエンスがアフリカで誕生し、5万年以前にアフリカをでて世界に拡散していったとすると、アフリカのどこでホモ・サピエンスは誕生したのだろうか?これまでの様々な研究から、ホモ・サピエンスが、アフリカから遠く離れた場所で誕生したということは考えづらいとされている(Bergström et al. 2021)。
 2019年に、人類(ホモ・サピエンス)の誕生は、アフリカ南部ボツアナの湿地帯であるという論文がNatureから出版された(Chan,  et al. 2019)。しかし、この研究はミトコンドリアDNAを用いた解析の結果である。ミトコンドリアDNAは、母性遺伝(母親のみから伝えられる)するので、集団の間で頻繁に交雑が起こっている場合など集団の歴史の推定を正確に行えない場合が多い。ホモ・サピエンスが誕生したと考えられる30万年から20万年の間、異なる性質をもった集団がアフリカの各地に存在していて、お互いに交流し、交雑が起こって遺伝子の交流があったと考えられている。複数の集団のうち、どれか一つの集団が他のアフリカの集団に置き換わって、それがホモ・サピエンスの起源となったという説から、複数の集団はある程度分化しながら継続し、お互いに遺伝子交流をもっていた状態が続いているなかでホモ・サピエンスが徐々に進化してきたという説まで、現在のところどれが正しいかはわからないと議論されている(Bergström et al. 2021)。

ヒトの起源についは、以下を参照ください。


ネアンデルタール人およびデニソア人からの遺伝子をどの程度引き継いだのか?

 現代人が過去にネアンデルタール人と交雑し、その遺伝子の一部を引き継いでいるという話は、様々な場面で聞かれるようになった。たとえば、最近、新型コロナウィルス感染症の重症リスクに関わる遺伝子の変異をネアンデルタール人からひきついだという研究が話題になった(Zeberg, and Pääbo, 2020)。実際に、5-6万年前にホモ・サピエンスはネアンデルタール人と交雑したことにより、アフリカ以外のすべての現代人は、ゲノムの2%をネアンデルタール人から引き継いでいると推定されている(図3)。現代人にみられるネアンデルタール人のゲノムの痕跡は、数人のものであると推定され、当初は、ホモ・サピエンスのゲノムの10%を占めていたが、現在では2%までに減少したと推定されている。
 アフリカからオセアニアや東アジアに拡散したホモ・サピエンスは、デニソア人からの遺伝子の浸透も受けている。特に、オセアニアの系統では、3.5%のゲノム領域をデニソア人から引き継いでいると推定されている(図3)。私たち日本人を含め、東アジアの系統では、0.1%を南部のデニソア人から、さらに0.1%をシベリアのデニソア人から受け継いでいる(図3)

今後は?

 これまで、ヒトの進化のストーリーは新たな化石がみつかるたびに変更されてきた。今後も、現在推測されていることが間違っていると指摘される可能性は高い。しかし、化石の資料に加え、現代人や古代人のゲノム解析から得らた結果が加わることで、より確からしいストーリーが描かれていくものと思われる。
 近年、100万年前のマンモスからゲノム配列が得られたという研究が出版された(van der Valk, 2021)。湿った温暖な地域で得られる化石からのDNAは壊れてしまうことが多く、アフリカから得られるヒトの化石からのゲノムは最も古くても1万五千年前である(Bergström et al. 2021)。アフリカ以外や技術の進歩によってより古い古代人ゲノムの解読がなされることによってヒトの進化史の様々な側面があきらかになっていくであろう。


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引用文献

Bergström, A., Stringer, C., Hajdinjak, M., Scerri, E. M. L., & Skoglund, P. (2021) Origins of modern human ancestry. Nature, 590, pages229–237.

van der Valk, T., et al. (2021) Million-year-old DNA sheds light on the genomic history of mammoths. Nature, 591,26-269

Chan, E. K. F., Timmermann, A., Baldi, B. F., Moore, A. E., Lyons, R. J., Lee, S.-S., et al. (2019)  Human origins in a southern African palaeo-wetland and first migrations. Nature, 575,185-189.

Callaway, E. (2018) Israeli fossils hint at early migration.  Nature 554, 15-16.

Harvati, K., Röding, C., Bosman, A. M., Karakostis, F. A., Grün, R., Stringer, C., et al. (2019)  Apidima Cave fossils provide earliest evidence of Homo sapiens in Eurasia. Nature, 571, 500–504. 

Hershkovitz, I., Weber, G. W., Quam, R., Duval, M., Gruen, R., Kinsley, L., et al. (2018)  The earliest modern humans outside Africa. Science, 359, 456–459.

Hublin, J.-J. et al. (2017) New fossils from Jebel Irhoud, Morocco and the pan-African origin of Homo sapiens. Nature 546, 289–292.

Reyes-Centeno, H. et al. Genomic and cranial phenotype data support multiple modern human dispersals from Africa and a southern route into Asia. Proc. Natl Acad. Sci. USA 111, 7248–7253 (2014).

Welker, F. et al. (2020) The dental proteome of Homo antecessor. Nature 580, 235–238 .

Zeberg, H., & Pääbo, S. (2020). The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals. Nature, 587, 610–612.

参考文献 
テルモ・ピエバニ、バレリー・ゼトゥン(2021)人類史マップ:サピエンス誕生・危機・拡散の全記録。日経ナショナルジオグラフィック社




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