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カリブ諸島のヒトと動物の移入・絶滅の歴史

キューバとカリブ海の島々

 毎年夏から秋になると、アノールトカゲというトカゲの研究のためキューバを訪れていた。残念ながら2021年と2020年はコロナウィルスの影響で調査は中止になった。キューバは、カリブ海に浮かぶ島々のなかでもっとも大きい島だ(図1)。これまで9回の訪問で、キューバの様々な場所を訪れたが、都市ハバナや地方でも治安はよく、大学教員の給与が2,3千円という経済的には厳しい状況でもみんな明るく、前向きに生きているように感じた。また、カリブの島々では森林の多くが消失している中で、キューバは熱帯雨林などの自然が残っている地域がある。マラリアの危険性もないし(デング熱の可能性は若干ある)、毒蛇など危険な生物は陸上にはない。調査には魅力的な国に思えた。
 カリブ海には、キューバ島、ジャマイカ島、イスパニョーラ島、プエルトリコ島という4つの大きな島からなる大アンティル諸島、東端から東南端につらなる多数の小さな島々からなる小アンティル諸島、フロリダ半島の東南に連なるバハマ諸島がある(図1)。1492年にバハマ諸島に上陸したコロンブスが、インドに到達したと誤解したことから西インド諸島とも呼ばれている。
 2020年から2021年にかけて、カリブ海に住む人々の入れ替わりの歴史が古代人ゲノムによる解読結果の論文が出版された。また、同時に、ヨーロッパ人が移入してからの爬虫類の絶滅も明らかになってきた。本稿では、それらをもとにカリブ海のヒトの歴史(島への到達と入れ替わり)と動物(爬虫類と哺乳類)の絶滅への影響について解説、考察したい。

カリブ

図1. カリブ海に浮かぶ島々、カリブ諸島

カリブ海の島々のヨーロッパ侵略後の歴史

  2009年にはじめてキューバを訪れたが、そのとき持っていた私のキューバの知識は、ガイドブックなどで得た断片的で非常に浅いものだった。当時の私のおおざっぱな理解は以下のようなもである。1492年コロンブスがキューバ島を発見[注1]、その後スペイン人が移入し、黒人奴隷を移入し、砂糖とたばこの一大生産地となる。その後、スペインからの独立闘争が起こり、1902年にスペインから独立する。キューバのハバナ国際空港の名前はホセ・マルティ国際空港と呼ばれ、ホセ・マルティはキューバ独立の立役者である。
 独立はしたものの基本的にキューバは米国の支配下にあった。特に1952年、バティスタがクーデターで政権をとった後、独裁政治によりバティスタ政権・米国政府・米国企業・マフィアがキューバの富を独占した。そして1959年にフィデル・カストロやチェ・ゲバラ(図2)による革命政権により社会主義国家が誕生した。(現在のキューバの状況については、別の機会に紹介したい)。
  キューバ以外のカリブ海の様々な島も、詳細な歴史はそれぞれ異なるが、1492年にクリストファー・コロンブスが西インド諸島と呼ばれたカリブの島々を発見して以来、スペイン人を初めてとするヨーロッパ人が侵攻し、フランス、イギリス、アメリカも加わって、植民地争奪が行われたといえるだろう。
 しかし、ヨーロッパ人がカリブ海にやってくる前の先住民についての記載は少なく、私もキューバにたびたび訪問しならがら、知識は乏しかった。

[注1] コロンブスは1492年にサルバドル島へ最初に到着したあと、キューバ東部のバラデロに到着したといわれている。最上部口絵の馬車の写真は2013年にバラデロでの写真


チェゲバラ

図2. 革命広場に立つチェ・ゲバラが描かれている内務省の建物。2009年ハバナで撮影。

コロンブス以前(pre-Colombus)の2つの先住民

 ホモ・サピエンスが、5から6万年前にアフリカをでて、北極を渡ったのが約2万年前、南アメリカ大陸に到達したのが約1万年前と推定されている(1)。カリブ諸島に人類が定着したのは約6000年前といわれ、彼らは石器時代の狩猟採集民であった(古期Archaic ageの人と呼ばれている)。ゲノム解析から、それらの人々は、南米と北米に期限を持つと推定された(2)。しかし、別の研究では、中央アメリカか南米のどこかの集団から単一の起源をもって定着したと推定され、北米(北米アメリカ先住民の子孫)との関係はみつからなかった(3)。
  約2500年前ごろから、農耕民がカリブの島々に移住してくるようになる。これらの人々は、遺跡から独特の陶磁器が多量に見つかることから、セラミック時代(ceramic age)の人と呼ばれている。かられは、定住性の農耕民で農業と集中的な陶器の生産を特徴としていた(2)(図3)。セラミック時代の人々は、南米の北東海岸からカリブ海の島を南から北に移動し, 少なくとも1700年前には小アンティル諸島から大アンティル諸島へ移動したと推定された(2)(図4)。セラミック時代の人は、南米から飛び石的に徐々に北上していったようだ。 
    セラミック時代の人がカリブに到来してきたことで、先住の狩猟採集民はほぼ絶滅したと考えられている。しかし、Fernandes et al. (2021)の研究で、ごく希に両者の間で混血が生じていたことが確かめらた(201人のうち3人)(3)。キューバの西部では、セラミック時代の人と古代の人の接触の結果、混血が生じた(2)。キューバでは、西暦500年ころまで古期の人々がひっそりと生活していたようだ(2)。狩猟採集民である古期の人々は、農耕民のセラミック時代の人々に取って代わられたが、狩猟採集民は、病気や戦いによって滅びたと推測されている。
   Fernandes et al. (2021)は、ゲノム配列を解析することで、個体数の推定を行った。セラミック時代のイスパニョーラ島とプエルトリコ島の人の個体数は、数万人であると推定された(有効集団サイズ[=ランダムな交配に関与している人の数]は3千人)。古期の狩猟採集民とセラミック時代の農耕民ともカリブの島々で生活していた人の人口は大きくなかったようだ。そのために、同じ島同士で生じる近親交配を避けるためか、島間の別々の場所の間の人の間に親族関係があるなど、島間での交流は古くからあったようだ(2)。

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図3 キューバ南西にある岬Cabo Cruzの近くにあるセラミック時代の人々の遺跡(アタベイ神に捧げられたイドロ・デル・アグア洞窟で、小さな水鏡の中央にみられる石筍ので彫刻,2009年Guafeで撮影)

カリブ遺伝的関係

図4 狩猟採集民(古期)とセラミック時代の人々の間の遺伝的関係.  Fernandes et al. (2021)の図2aを改変。実践は、系統関係、点線は混血度合いを示す。

   
 コロンブスが15世紀にカリブ海に浮かぶ西インド諸島に到達して以降の16世紀、17世紀にかけて、スペイン、イギリス、オランダ、フランスなどヨーロッパの国々による植民地化が進み、先住民たちは、減少あるいは絶滅していった。スペインの修道士が1500年代にイスパニョーラ島に数十万人もの先住民がおり、ヨーロッパからの侵略によって、数十万人もの先住民が亡くなったといわれている。ゲノムからの個体数の推定からすると、それほど多くの人が虐殺されたのではないかもしれない(2)。
  ゲノム解析によると、現在のキューバ人では、4%のみがセラミック時代の先住民のゲノムを継承しており、約70%がヨーロッパ人、26%がアフリカ人(奴隷によって連れてこられた人々)である(ドミニカでは, 6%、56%, 38%, プエルトリコでは、14%、68%, 18%が先住民、ヨーロッパ人、アフリカ人である )(2)。

コロンブス以降の爬虫類と哺乳類の絶滅

 大アンティル諸島および小アンテティル諸島には120種をこえるアノールトカゲが生息している(図5)。カリブ海のアノールトカゲは、それぞれの島ごとに樹木の枝に適応した種、幹を動き回るのに適応した種など、異なる生息環境に適応することで、多様な種が生じてきた生物として、古くから生態学や進化学で注目されてきた。私たちは、特に、異なる温度環境への適応進化を研究するために2009年からハバナ大学のAntonio Cadizさん(現マイアミ大学)やキューバ自然史博物館のLuis Diazさん、大学院生らとキューバで調査を行ってきた(寺井さんによる2014年の調査紀行

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図5. キューバのアノールトカゲ。上段右からAnolis mestrei (岩に生息),  A. allogus (幹から地面), A.  inexpectus (草地), 下段右から、A. allisoni (幹), A. porcatus (幹), A.equestris (樹幹)[Instagram]

生態学や進化学者に限らず、爬虫類のことを詳しい人には、カリブ海諸島は爬虫類の多様性のホットスポットとして知られているはずだ。そんな中で、最近出版されたBochaton et al. (2021)の研究は(4)、幾分衝撃的である。
 Bochanton et al. (2021)は、小アンテイティル諸島の6つの小さな島からなるグアドループ諸島(図1参照)の洞窟で、ヘビやトカゲの化石の調査を行った(4)。化石の年代を以下の4つの時期に分けた。(1)後期更新世(32,060年前から11710年前)、(ii)人が住む前から古期の人類の定着(11,710年から前2510年前)、(3)古期の人からセラミック時代の先住民が居住していた時代(2510年から西暦1492年前)、(4)西暦1492年から現在までを含む現代。解析の結果、グアドループ諸島で、1492年以降の数世紀の間に、少なくとも50〜59%の分類群が絶滅または消滅した(図6)。よりサイズの大きい種ほど絶滅率は大きかった。
 これまでみてきたように、カリブ海の諸島には、古期の狩猟採集民、セラミック時代の農耕民が生息していたが、ヨーロッパ人の侵略後にヘビやトカゲなどの急激な絶滅が生じたことを示している。絶滅の原因としては、ヒトが新たな哺乳類を移入したことが原因であると考察されている(4)。マングースやネコ、ネズミやアライグマ,ヤギなどがヒトとともに移入され、特に地上や樹上の低いところに生息するヘビやトカゲ類が大きな影響を受けたようだ(4)。
   カリブ海に生息する固有の哺乳類に関しては、その絶滅のパターンは爬虫類とは少し異なる(5,6)。ヒトがカリブ海に住むようになる以前から、絶滅による哺乳類に種の減少が起こっていた。しかし、大型の哺乳類とコウモリ類は、人類がカリブ海に到達した後に絶滅の傾向を早め、その他の哺乳類も、セラミック時代の農耕民やヨーロッパ人の到来とともに絶滅の傾向は強まった(5)。キューバでは、大型の哺乳類が絶滅しており(たとえばオオナマケモノ)、これはセラミック時代の人々の到来と関係している(6)。最初の人類到達(古期の狩猟採集民)も哺乳類の絶滅に影響していたが、セラミック時代、さらには、ヨーロッパ人到来による影響の方が大きかったようだ(6)。
 

絶滅

図6. グアドループ諸島でのトカゲ、ヘビ類の絶滅。Bochaton et al. (2021)の図3を改変


狩猟採集民から農耕民、そして近代へ:日本列島と比較して

 カリブ海の島々では、石器時代の狩猟採集民が最初に到達し、その後にやってきた農耕民に取って代わられた。農耕民の侵略によって、狩猟採集民が農耕民の集団に置き換わってしまうという現象は他でも報告されている。Diamond(7)が興味深い例を紹介している。約1000年ほど前に、ニュージーランドに植民したポリネシアの農耕民であるマオリ族がいた。その直後、マオリ族の一部がチャタム諸島に移住し、狩猟採集民へと逆もどりしモリオリ族となった。それから約800年後、マオリ族がモリオリ族の住むチャタム諸島に現れ,モリオリ族を滅ぼしてしまったのである。モリオリ族は平和的な解決を望んだが、優れた武器を持ち、統率がとれた戦いをするマオリ族はモリオリ族の人たちを虐殺してしまった(7)。しかし、採集民が平和的で、農耕民が攻撃的・支配的であるということが、一般的かどうかはきちんと検証しておく必要がある。
 日本列島においては、約3〜4万年前に大陸から旧石器時代の人々がいくつかのルートで日本にやってきて、1万6千年前から縄文時代が始まる。縄文時代には、大規模な集落を形成した地域もあったり、栗の栽培が行われていた証拠もあるものの、基本的に狩猟採集生活であった。そして、約3000年前に大陸から稲作とともに農耕民が渡来する。ここから弥生時代が始まるわけだが、日本列島では、大陸からの渡来人が狩猟採集民である縄文人に完全に置き換わったわけではなく、お互いに交配し、混じり合いながら日本列島人が形成されていく。現在の日本本土の日本人は約13%の縄文人のゲノムが引き継がれている(8)。カリブ海の諸島では、古期の狩猟採集民とセラミック時代の農耕民との混血は、特定の島で数%生じたのみだ。さらに現代のカリブ諸島の人々は狩猟採集民のゲノムをまったく引き継いでいないことは日本列島とは対照的だ。
 さらに日本では、幸運にもヨーロッパからの侵略が阻止された。大航海時代、スペインとポルトガルが世界を分割して植民地化しようとしていたころ、日本が戦国時代から豊臣秀吉による国家統一の時期と重なったことが、ポルトガルなどが日本の植民地化を進めることができなかった大きな要因のようだ(9)。
  日本列島での動物の絶滅はどうだったのだろうか?日本には、ナウマン象、マンモス、オオツノジカなどの大型哺乳類がいたが、最終氷期の最盛期(25000年〜16000年前)から氷期があけ気候が暖かくなるころまでに絶滅した。Iwase et al. (2012)によると、これらの絶滅は人間の狩猟圧ではなく気候変動による環境変化が原因であるとしている。縄文時代後期から現在にいたるまで、ニホンオオカミの絶滅(ごく最近ではニホンカワウソ)のように人間の影響が考えられる絶滅もあるが、おおまかな哺乳類相は変化していないようで(11)、少なくとも大きな絶滅イベントは生じていないようである. しかし、その他の動物については、系統的に調べられた研究がなく、弥生時代の稲作開始に伴った動物の絶滅の実態は不明である。 
 カリブ海の島々では、セラミック時代の人が、犬、モルモット、齧歯類を、ヨーロッパの人が、マングース、ネコ、ヤギ、アライグマなどを持ち込んだことが、島固有の生物へ大きな影響を与えたようだ。日本では、少なくとも江戸時代?ごろまでは、多くの外来哺乳類が持ち込まれていないことが、ヒトの影響がそれほど大きくなかった原因の一つかもしれない。
  WWFの報告では、過去50年で生物多様性の指標は68%減少しているとされ、日本もカリブの島も例外ではない。現代の生物多様性の減少は、過去の生物の絶滅とは、量的にも質的にも異なるものかもしれない。しかし、過去のヒトと動物の絶滅の歴史の理解は、現在の生物多様性の保全への示唆を与えてくれるかもしれない。

以下の記事では、人類進化の道筋を解説しています。
ヒトはいつ出現し、どう進化をたどってきたのか
以下の記事は、食生活の変化に応答したヒトの進化について解説しています。
食生活の変化による脂肪酸代謝の進化:植物性脂肪か動物性脂肪か

引用文献


 1. Willerslev, E. & Meltzer, D. J. (2021) Peopling of the Americas as inferred from ancient genomics. Nature 594, 356–364.
2. Nägele, K. et al. (2020) Genomic insights into the early peopling of the Caribbean. Science, 369: 456–460.
3. Fernandes et al. (2021) A genetic history of the pre-contact Caribbean. Nature, 590: 103-110.
4. Bochaton C. et al. (2021) Large-scale reptile extinctions following European colonization of the Guadeloupe Islands. Science Advances, 7:eabg2111.
5. Cooke, S.B. et al. (2017) Anthropogenic Extinction Dominates Holocene Declines of West Indian Mammals. Annual Review of Ecology, Evolution and Systematics,  48:301–27
6. Orihuela, J. et al. (2020) Assessing the role of humans in Greater Antillean land vertebrate extinctions: New insights from Cuba. Quaternary Science Reviews, 249,106597.
7. ジャレド・ダイアモンド (2013) [倉骨 彰 訳] 『銃・病原菌・鉄』草思社 8.Kanzawa-Kiriyama, H. et al. (2019) Late Jomon male and female genome sequences from the Funadomari site in Hokkaido, Japan. Anthropological Science,127,   83-108
9. 平川新 (2018)『戦国時代と大航海時代』中公新書
10. Iwase, A. et al. (2012)Timing of megafaunal extinction in the late Late Pleistocene on the Japanese Archipelago. Quaternary International 255,114-124
11.柴田健一郎・太田 薫・松川正樹 (2012) 関東地方における縄文時代の生態系の復元:吉井貝塚・茅山貝塚・橋立岩陰遺跡・加曽利貝塚の例。横須賀市博研報 (自然) 58: 1-15.


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