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2023年4月の記事一覧
『凍った星をグラスに』# シロクマ文芸部
凍った星をグラスに。
そんなことを平気で言える男は信用できない。
こんなできもしないことを、躊躇いもなく言える男は。
だが、彼はなかなかあきらめようとはしなかった。
「凍った星をグラスに入れて、君に飲ませてあげたい」
彼の誘いは執拗だった。
私にも責任がなかったわけではない。
興味がなかったと言えば嘘になる。
彼がどこまで本気なのか。
それに、彼が嫌いなわけではなかった。
信用できないこと以外は。
『ブーメラン発言道』# 毎週ショートショートnote
お前の言葉はナイフのようだと言われた。
だから、発言にはじゅうぶん注意しなさいと。
確かに、俺は毎日自分の言葉を磨きあげていた。
俺の言葉は、月明かりに鋭く光った。
昔は、言葉といえば、紙に書いたり、口で発したりするものだった。
その名残りが「発言」という言葉だ。
めんどくせぇ。
今は、みんな言葉を相手に投げつける。
ある日、俺は「く」の字の片方だけを持って投げてみた。
すると、それは回転しな
『透明な手紙の香り』 # シロクマ文芸部
透明な手紙の香り。
こんなことを言っても、あなたには何のことかおわかりにならないでしょうね。
透明な手紙なんてあるわけがない。
ましてや、香りなど。
もちろん、そうです。
透明な手紙の香り。
その辺の女の子が詩に書きそうな言葉。
そうではないですか。
恋に恋する年ごろですよ。
でも、夢があっていい。
透明な手紙の香り。
でもね、そんなありそうもない手紙。
夢があっていいなんて、言いましたけど、
『伝説の安心感』# 毎週ショートショートnote
彼は、新聞の折り込み広告を手に悩んでいた。
「あの、『伝説の安心感』を、なんと27分の1のサイズにして忠実に再現!」
青春時代に一世を風靡した「伝説の安心感」だ。
あの頃はとても手が届かなかった。
「隔週で届くパーツと解説書。創刊号は、今だけの特別価格!」
初回の価格くらいなら問題ない。
問題はその後だ。
創刊号の3倍近い価格。
妻に相談するしかない。
彼は、新聞の折り込み広告を手にさらに考え込ん
『桜の木の下で』 # シロクマ文芸部
一冊の本を埋める。
誰が言い出したのかは覚えていない。
20年後にもう一度読みたい本を、校庭の桜の木の下に埋めよう。
いわば、本のタイムカプセルだ。
僕たちは、思い思いの本を手に集まった。
卒業式前の、最後の授業のあと。
桜が咲くにはまだ少し早い。
日が遠くの山にかかっている。
当時、文芸部の卒業生は、10人程度だった。
誰かが用意した大きめの空き缶に、全員の本を詰め込んで蓋を頑丈にビニールテープ
『グリム童話ATM』 # 毎週ショートショートnote
男は、生まれてから一度もグリム童話を読んだことがない。
グリム童話を1話も読むことなく、来る日も来る日も懸命に働いた。
「家族のために」それだけを考えてひたすら働いた。
会社でも、若い者がグリム童話を読んでいると、
「馬鹿モーン!今からそんなものを読んでいてどうするんだ、しっかり働け!」
それも、本人のためだと男は思った。
やがて、娘も息子も家庭を持って巣立っていった。
久しぶりに妻と2人の生活
『光る種』 # シロクマ文芸部
手渡されたのは光る種。
わたしはそれを小さな黒いケースに入れて旅立った。
目指すのはあの青い星。
そこでのわたしの任務は諜報活動。
「もし危なくなったら、この種を埋めるといい。数十秒後には、あの星は木っ端微塵だ。だが、その数十秒の間に、僕は君を助けに行くよ」
彼はわたしに言った。
過去には、この種でいくつもの星が爆破されたと聞く。
それだけ、他の星での諜報活動は難しいということでもある。
だが、わ
『メガネ初恋』 # 毎週ショートショートnote
王子は、メガネを手にしたまま茫然としていた。
午前0時の鐘と共に、それまで一緒に踊っていた娘があわてて帰っていった。
引き止める王子の声に振り向く娘。
伸ばした王子の手には、娘のメガネだけがむなしくひっかかっていた。
翌日からお城の役人総がかりで、娘探しが始まった。
メガネを手に、一軒一軒娘を探し歩いた。
しかし、どの顔も王子の記憶にある顔ではない。
初恋の娘の行方は杳としてしれなかった…
「そ