マガジンのカバー画像

物語のようなもの

396
短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
運営しているクリエイター

2023年4月の記事一覧

『凍った星をグラスに』# シロクマ文芸部

『凍った星をグラスに』# シロクマ文芸部

凍った星をグラスに。
そんなことを平気で言える男は信用できない。
こんなできもしないことを、躊躇いもなく言える男は。
だが、彼はなかなかあきらめようとはしなかった。
「凍った星をグラスに入れて、君に飲ませてあげたい」
彼の誘いは執拗だった。
私にも責任がなかったわけではない。
興味がなかったと言えば嘘になる。
彼がどこまで本気なのか。
それに、彼が嫌いなわけではなかった。
信用できないこと以外は。

もっとみる

『ブーメラン発言道』# 毎週ショートショートnote

お前の言葉はナイフのようだと言われた。
だから、発言にはじゅうぶん注意しなさいと。
確かに、俺は毎日自分の言葉を磨きあげていた。
俺の言葉は、月明かりに鋭く光った。

昔は、言葉といえば、紙に書いたり、口で発したりするものだった。
その名残りが「発言」という言葉だ。
めんどくせぇ。
今は、みんな言葉を相手に投げつける。

ある日、俺は「く」の字の片方だけを持って投げてみた。
すると、それは回転しな

もっとみる
『ふたつのルール』

『ふたつのルール』

空港は目的のコミュニティからは少し離れたところにあった。
山あいの谷間に隠れるように、いやおそらく意図的にそうされたのであろうが、機体が着陸態勢に入るまでは、まったく視界に入らないように作られていた。
巧みな計算のあとがうかがわれる。
私たちがタラップを降りると、大統領が先頭に立って出迎えてくれた。
こちらは、私と、あとはスタッフが2人だが、出迎えはその倍以上の人数だった。
予想以上の歓迎に、私た

もっとみる
『透明な手紙の香り』 # シロクマ文芸部

『透明な手紙の香り』 # シロクマ文芸部

透明な手紙の香り。
こんなことを言っても、あなたには何のことかおわかりにならないでしょうね。
透明な手紙なんてあるわけがない。
ましてや、香りなど。
もちろん、そうです。

透明な手紙の香り。
その辺の女の子が詩に書きそうな言葉。
そうではないですか。
恋に恋する年ごろですよ。
でも、夢があっていい。

透明な手紙の香り。
でもね、そんなありそうもない手紙。
夢があっていいなんて、言いましたけど、

もっとみる
『伝説の安心感』# 毎週ショートショートnote

『伝説の安心感』# 毎週ショートショートnote

彼は、新聞の折り込み広告を手に悩んでいた。
「あの、『伝説の安心感』を、なんと27分の1のサイズにして忠実に再現!」
青春時代に一世を風靡した「伝説の安心感」だ。
あの頃はとても手が届かなかった。
「隔週で届くパーツと解説書。創刊号は、今だけの特別価格!」
初回の価格くらいなら問題ない。
問題はその後だ。
創刊号の3倍近い価格。
妻に相談するしかない。
彼は、新聞の折り込み広告を手にさらに考え込ん

もっとみる
『すれ違い』

『すれ違い』

もし今僕が君を愛してるって言ったとしても、それは僕じゃないんだよ。
誤解のないように言っておくと、それは、僕の中の僕の知らない誰かが言ったんだ。

わかってるわ。
あなたがそんな人じゃないことくらい。

ありがとう。
あ、これは僕が言ったんだよ。

でもね、ほら、あたし、あなたにキスしようとしているけど、これはあたしじゃないのよ。
あたしの中の、あたしの知らない誰かが、あなたとキスしたがっているの

もっとみる
『桜の木の下で』 # シロクマ文芸部

『桜の木の下で』 # シロクマ文芸部

一冊の本を埋める。
誰が言い出したのかは覚えていない。
20年後にもう一度読みたい本を、校庭の桜の木の下に埋めよう。
いわば、本のタイムカプセルだ。
僕たちは、思い思いの本を手に集まった。
卒業式前の、最後の授業のあと。
桜が咲くにはまだ少し早い。
日が遠くの山にかかっている。
当時、文芸部の卒業生は、10人程度だった。
誰かが用意した大きめの空き缶に、全員の本を詰め込んで蓋を頑丈にビニールテープ

もっとみる
『グリム童話ATM』 # 毎週ショートショートnote

『グリム童話ATM』 # 毎週ショートショートnote

男は、生まれてから一度もグリム童話を読んだことがない。
グリム童話を1話も読むことなく、来る日も来る日も懸命に働いた。
「家族のために」それだけを考えてひたすら働いた。
会社でも、若い者がグリム童話を読んでいると、
「馬鹿モーン!今からそんなものを読んでいてどうするんだ、しっかり働け!」
それも、本人のためだと男は思った。

やがて、娘も息子も家庭を持って巣立っていった。
久しぶりに妻と2人の生活

もっとみる
『光る種』 # シロクマ文芸部

『光る種』 # シロクマ文芸部

手渡されたのは光る種。
わたしはそれを小さな黒いケースに入れて旅立った。
目指すのはあの青い星。
そこでのわたしの任務は諜報活動。
「もし危なくなったら、この種を埋めるといい。数十秒後には、あの星は木っ端微塵だ。だが、その数十秒の間に、僕は君を助けに行くよ」
彼はわたしに言った。
過去には、この種でいくつもの星が爆破されたと聞く。
それだけ、他の星での諜報活動は難しいということでもある。
だが、わ

もっとみる
『メガネ初恋』 # 毎週ショートショートnote

『メガネ初恋』 # 毎週ショートショートnote

王子は、メガネを手にしたまま茫然としていた。
午前0時の鐘と共に、それまで一緒に踊っていた娘があわてて帰っていった。
引き止める王子の声に振り向く娘。
伸ばした王子の手には、娘のメガネだけがむなしくひっかかっていた。
翌日からお城の役人総がかりで、娘探しが始まった。
メガネを手に、一軒一軒娘を探し歩いた。
しかし、どの顔も王子の記憶にある顔ではない。
初恋の娘の行方は杳としてしれなかった…

「そ

もっとみる
『重い身体』

『重い身体』

会社に欠勤の連絡を入れると、また布団に潜り込んだ。
熱はない。
ただ、目が覚めた時から身体が異様に重かった。
頭もそうだ。
頭痛ではなくて、重い。
身体全体にコンクリートでも詰め込まれたのではないかというくらいに。
安っぽいワンルームの床が抜けてしまわないか。
そんな心配までした。
夜中に金縛りで動けないというのはよく聞くが、これは違う。
動こうと思えば動けるのだ。
ただ、重い。
会社に連絡をする

もっとみる
『深夜の公園』

『深夜の公園』

眠れない夜が続いている。
心配事があるわけでもない。
仕事も、今度の職場では順調だ。
来月には主任に昇格されるからねと、社長から言われている。
それなのに、夜になると眠れない。
眠たくはなるのだが、布団に入ると、その眠気がどこかに行ってしまう。
高さを快適に調整した枕の上で、目をキョロキョロさせて探してみるのだか、逃げ足の速い眠気はもう近くにいそうもない。
医者に睡眠薬を処方してもらうことも考えた

もっとみる
『二色の日記』

『二色の日記』

赤青鉛筆で日記を書く。
妻が左ページに赤い色で。
夫が右ページに青い色で。
まるで交換日記のようだと、その日記をみつけた時には思った。
こんなものを、いい歳をしてよく続けられたもんだと。

ある夫婦の自宅を、遺族の依頼を受けて整理をしていた時のことだ。
先に夫が亡くなり、その後妻が亡くなった。
2人とも老衰だと言うから、天寿を全うされたのだろう。
離れた都会に暮らす長男からは、必要なものは持ち出し

もっとみる