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『透明な手紙の香り』 # シロクマ文芸部

透明な手紙の香り。
こんなことを言っても、あなたには何のことかおわかりにならないでしょうね。
透明な手紙なんてあるわけがない。
ましてや、香りなど。
もちろん、そうです。

透明な手紙の香り。
その辺の女の子が詩に書きそうな言葉。
そうではないですか。
恋に恋する年ごろですよ。
でも、夢があっていい。

透明な手紙の香り。
でもね、そんなありそうもない手紙。
夢があっていいなんて、言いましたけど、その夢すら奪われた子がいたとしたら。
その子が手紙を書いていたとしたら。
いやいや、どこにも残ってはいませんよ。
透明な手紙なんですから。
文字もないかもしれません。

透明な手紙の香り。
そうですよね、透明な手紙、文字もない手紙。
いえ、もしかしたら、香りが文字かもしれません。
香りが何かを伝えようとしている。
そんな手紙です。

透明な手紙の香り。
その手紙の宛先はどこでしょうかね。
もしかして、あなただったりしてね。
どうですか、この香り。
ほら、やっぱりあなたでしょう。

透明な手紙の香り。
その香り。
あなたが、昔、相手にもしなかった香り。
あなたが受け取りもしなかった手紙。
受け取る前に、いえ、書かれる前に、あなたのしたこと。
あなたのせいで、あなたに書きたかったのに書けなかった手紙。
透明なままで道に迷い、せめてこの香りで伝えようとしていること。
それは、何だと思いますか。

透明な手紙の香り。
どうやら、あなた、見つかってしまったみたいですよ。
ほら、この香りですよ。
あなたのせいで、透明なまま、書かれもしなかった手紙の、あの時からずっとずっと彷徨っていた香りですよ。
そう、その香り。


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