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『重い身体』

会社に欠勤の連絡を入れると、また布団に潜り込んだ。
熱はない。
ただ、目が覚めた時から身体が異様に重かった。
頭もそうだ。
頭痛ではなくて、重い。
身体全体にコンクリートでも詰め込まれたのではないかというくらいに。
安っぽいワンルームの床が抜けてしまわないか。
そんな心配までした。
夜中に金縛りで動けないというのはよく聞くが、これは違う。
動こうと思えば動けるのだ。
ただ、重い。
会社に連絡をする時にも、スマートフォンの画面が割れてしまうのではないか、それくらい、指さきまで重かった。
医者に行くべきだろうが、この状態では歩くことは愚か、靴を履くことすらおぼつかない。
もう少し、様子をみるしかない。
とりあえず、ロキソニンを飲んでおく。

このところ、働きすぎではあった。
それは否めない。
始業時間前に出勤し、終電で帰る日が続いていた。
任された仕事は、期日の迫るものばかり。
仲間に助けてもらおうとも思ったが、それぞれが余裕のない仕事を抱えている。
しかも、ただでさえ忙しいこんな時に、本社から監査部の連中がやってきて、あれやこれやと粗探しを始めた。
まったく、あいつらのいう通りにやってて業務が回るわけないのは、あいつらだって知っているはずだ。
中には、この部署から異動していった奴だっていた。
人間ってのは、立場が変わればこうも変われるものなのか。
しかし、自分ではまだもう少しは頑張れると思っていたのに。
ここで限界が来たということなのか。
とにかく、少し眠ろう。

夢の中で警官が警笛を鳴らしながら追いかけてきた。
息を切らして逃げている。
坂道を登る。
頂上が近づくにつれて、少しずつ目が覚め始めた。
これは夢だ。
そうと思いながらも走り続けている。
そのまま眠りの中を駆け抜けたかのように、ふと目が覚めた。
インターホンが鳴っている。
立ちあがろうとするが身体が動かない。
力が入らないのではない。
力は十分に入るが、それ以上に身体が重たい。
インターホンが鳴り止み、ドアの外から声が聞こえる。
あの声は、上司の高橋部長と、同僚の深川だ。
ボソボソと低い声で、内容は聞き取れない。
しばらくすると、足音が遠ざかっていった。
壁にかけた電子時計の日付を見て驚く。
休み始めてから、3日が経っている。
いつの間に。
そんなに眠り続けていたのか。
不思議と空腹感はない。
また眠った。

鍵を開ける音で目が覚める。
今度こそ起きなければ。
力を込めていると、力を入れている部分に少しずつ遊びができてきた。
もう少しだ。
さらに力を込める。
遊びの幅が大きくなる。
かまわずに力を込めていると、力だけが身体からスポンと抜け出てしまった。
だめだ、だめだ。
この身体も連れていかないと。
慌てて、また身体の中に戻る。
警官が2人、部屋の中に入ってきた。
肩の無線機でどこかに連絡をしている。
ドアのところでは、大家さんと高橋部長。
「いい人でしたのにねえ」
「ええ、彼は仕事も真面目で…」

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