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『グリム童話ATM』 # 毎週ショートショートnote

男は、生まれてから一度もグリム童話を読んだことがない。
グリム童話を1話も読むことなく、来る日も来る日も懸命に働いた。
「家族のために」それだけを考えてひたすら働いた。
会社でも、若い者がグリム童話を読んでいると、
「馬鹿モーン!今からそんなものを読んでいてどうするんだ、しっかり働け!」
それも、本人のためだと男は思った。

やがて、娘も息子も家庭を持って巣立っていった。
久しぶりに妻と2人の生活。
そして、訪れた定年。
最後の日は、社員総出で見送ってくれた。
家では、娘や息子が、孫と一緒に待っている。
「お父さん、これからは自分の好きなことをやって過ごしてね」
娘の言葉に涙が出た。

翌日、男はカードを持って店に走った。
グリム童話ATM。
これまで貯めてきた童話をゆっくり楽しむつもりだ。
引き出した童話を開封して、男は座り込んだ。
赤ずきんは老婆になり、白雪姫は介護施設で暮らしている。
「ああ、あの時すぐに楽しんでいれば」

男は悔やみましたとさ。

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