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専門性もないまま50代になってしまったけど、証券OLとして仕事に努めた20代、子どもの…

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専門性もないまま50代になってしまったけど、証券OLとして仕事に努めた20代、子どもの成長が一番楽しかった30代、子育て優先で仕事やボランティアに尽力した40代があって今の自分があると思えるようになった 全力子育てが終わった人生後半戦は自分に尽くして社会に貢献する人となりたい。

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人に寄り添える人になりたい。「寄り添いは自分の気持ちを満たすものではない」と学んだはなし

ちょっと困った、優しい人のはなし。。 4年前、息子たちがそれぞれ受験生だったときのこと。 親が言うのもなんだけど…… 我が子たち、小学生の頃は優秀兄弟で町では名が通ってた。 実際には次男はそうでもなくて、勝手に周囲に「○○君の弟だからね」と言われるのがめちゃくちゃ嫌だった。 「ありがとう」と大人の対応しつつ、微妙に思いつつ… 私の姉弟も似た感じだったので、 「周囲からの評価」が悪影響を及ぼすことも知っていて、本当に嫌だった。 それぞれの持つ可能性を伸ばしてあげたいだけ

    • 合格発表と向き合って。前を進む人に私が出来ること

      国立大学の合格発表が続く毎日。 受験生の親だった昨年までを思い出し、今でも胸が苦しくなる… 私が受験生のころ、信じられないことに、 高校や大学の合格発表は新聞に名前が掲載されていました。 あんなことされてたら、 4年前の私ならどうにかなってたかもしれない。 子どもが二人とも望む進路を進めなかったので。 必死に頑張った受験生。頑張ったのは本人。 不合格は私のことではない。 分かっていても、やっぱり辛くて、 ご飯が食べれなかったり、仕事をしてても涙が頬を伝ったり…。

      • 前を向いて巣立つ我が子に「おめでとう」

        卒業式シーズン 一年前の卒業式を思い出してみました。 カメラロールにある 卒業式の写真を見ながら 尊敬する校長先生の祝辞を再生してみました。 校長先生の言葉は 色んな式で聞いてもなかなか覚えていないもの。 卒業から1年が経ち 息子はもう覚えてないだろう。 だけど、この 「〇〇を巣立つもののプライド」は 忘れないでいてほしい。 自分のいた場所=自分の軌跡 を誇りに思う ということを。 希望通りではなかったけれど 縁あって来た学校。 ここでの三年間は 「置かれた

        • 第一志望に合格してから一年…

          「一年前の今日 ○○大学に合格したよね~」 と振り返りながら、 夫と三人で駅に向かった。 免許取得のために帰省し10日間滞在して 大学下宿先に戻っていった。 自分の今が決まった日から一年。 描いていたこととの答え合わせをしてみると どんな感じなんだろう… 一年前 合格がわかった時、家族全員号泣した。 夫も 兄である長男も… なぜにこんなに「合格」が嬉しかったのか? そりゃあ嬉しいけれど この子の場合は人一倍嬉しかった気がする。 高校受験の時 志した難関校に不合格

        人に寄り添える人になりたい。「寄り添いは自分の気持ちを満たすものではない」と学んだはなし

        • 合格発表と向き合って。前を進む人に私が出来ること

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          はじめの一歩は怖いもの

          先日 次男が運転免許を取得しました。 18歳になって一年。 運転に憧れてた彼の念願が叶いました。 自動車学校は合宿。徳島県で卒業。 「徳島は一車線しかなかった」 と言うのは本当?? か分からないけれど、 何よりも車線変更が怖いらしい。 それでも 「乗らなかったら出来なくなる」 と意を決して 遠距離ドライブに挑戦しました。 何気に行った先は 吉田サッカー公園 (サンフレッチェ広島の練習場) 子どもの頃、 サッカーの試合で通った場所。 お兄ちゃんの試合でもついて行っ

          はじめの一歩は怖いもの

          「失敗の本質」を一緒に考える親子のコミュニケーション

          【突き付けられるのではなく決めたことに悔やむのが失敗だとしたら、俺は失敗していない】 一年前 行きたい大学に受からなかった時、息子が言った言葉です。 その時のことは 過去にも投稿しています。 良質な子育てで何より大切なのは【対話】だと思っています。 この言葉は、彼に聞き出したわけではなく、逆に彼から質問を出され戸惑った私に、彼なりの失敗の定義を教えてくれた言葉でした。 辛いことに直面し心を整えたいとき 「壮大な景色を見る」という行動をとるのが私は好きです。 この時

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          誕生日に受け取ったもので一番最高なもの

          【誕生日に受け取ったもので一番最高なもの】ってなんですか?? やっぱり究極は「命」だと思います。 昨日は、父の80歳の誕生日でした。 80年前 22才で父を産んだ祖母(22歳の若い子を52歳のおばさんが祖母と呼ぶ^_^) 「産後の肥立ち」が悪かったらしく病気になり、父が一歳の時に亡くなります。 父は戦争中にも関わらず4000g位の大きさで生まれたそうです。 もしかしたらこの出産が身体に負担がかかり、 食糧の乏しい時代に体調の回復ができなかったかもしれないです…。 今の

          誕生日に受け取ったもので一番最高なもの

          ありがとう。2021年

          1年前、2021年に叶えたいことを考えていました。 大晦日の今日。 思い描いてた感じとは違うけれど、大きい意味では叶えられていたのかな。 私は、自分に正直に、そして、なりたい人になれる努力を続けていきたい。 自分の選択を否定しない自分でいたい。 今年叶えたこと ✅CBL認定コーチ資格取得 ✅ Instagram、noteの始動。 ✅Facebookの復活 ✅新しい仕事 ✅新しい生活の確立 ✅健康の意識 ✅ダイエットとその仲間との出会い ✅SNSの中の会いたい人と会う ✅

          ありがとう。2021年

          勤労感謝の日。働けることに感謝を込めて

          21歳の長男は工学部で学ぶ大学3年生。 基本的に学業優先ななか、今月から新しいバイトを始めた。 まだ出勤回数は10回にも及ばないけど、彼なりにこのバイトを通し働くことの気づきを得たらしい。 若い子が働いて得るものを親の目線で考えてみた。 内向的な大学生の仕事観大学生になった2年前、小遣いくらいは自分で稼ごうとスーパーで品出しのバイトを始めた息子。 朝6時から9時までのバイト。 家の目の前のスーパーで、「その後の予定に影響が出ない」のがそのバイトの魅力だったらしい。 塾

          勤労感謝の日。働けることに感謝を込めて

          最後の体育祭

          2年前の5月、次男の学校の体育祭があった。 この時 高2。 「来年は最後の体育祭だね」 と、末っ子ママ同士で話した。 我が子以外に目が行くのが、一つ上の高3。 「6年生(六カ年教育に基づきこう呼ぶ)はこの体育祭を最後に受験勉強に突入します!今日はそのけじめの日。思い切り弾けます!」のアナウンスが流れ、暴れるようにグラウンドで飛び回り、最後は涙を流してた先輩たちを見て、もらい泣きした気がする。 高2の秋の文化祭を終えるや否や、体育祭でどうフィナーレを迎えるか? 我が子たちはと

          最後の体育祭

          息子の旅立ちの日。授かった命を大切に育てる、と決意した原点の日でもあった

          朝が来た。 息子が旅立つ日。 思えば、この日は21年前、10年勤めた証券会社を退職した日。 ずっと続けたかった会社。妊娠した時、そう告げたけど「前例がない」と暗に拒否された。 育休取って仕事を続けたい…そもそも、寿退社が前例の時代。 私は運良く、本社から来た上司に「今どき結婚するからって辞めなくていいよ」と言ってもらい、支店での結婚しても続ける第一号にさせてもらえた。 「育休は2年まで」と就業規則に書いてある。物分かりのいい上司なら大丈夫、と思った私が甘かった。 時代は、

          息子の旅立ちの日。授かった命を大切に育てる、と決意した原点の日でもあった

          明日巣立つ我が子の、18年育った家での最後の晩餐

          一つずつお別れ行事が終わっていく。 そしてとうとう、次男が出ていく最後の夜がやってきた。 子どもが望んだ未来。 「こういう勉強がしたい」 「可能性を広げたい」 親に忖度して、自分のやってみたい気持ちに蓋をした自分と違い、思いを語ってくれて挑戦し、見事その道の入口に立った我が子。 私は寂しくない。 寂しがってはいけない。 この子たちが望むように生きれることが私の望みなのだから。 卒業してからの1か月、地元の友だちとの別れ行事ややってみたかったアルバイトやちょっと大人ぶった

          明日巣立つ我が子の、18年育った家での最後の晩餐

          初心者マークの我が子の車に乗せられて

          夫の実家に家族でドライブに出かけた。 一年ぶりのドライブ。一年前と違うのは、その間に長男が運転できるようになったこと。 市内の運転はまだ怖い彼だが、今日は山道の運転に挑戦してもらった。 家族で何度も通ったこの道を、自分がハンドルを握ってみんなを乗せて走るのはどんな気分だったんだろうか。 余裕はなさそうな姿を後ろから眺める私とは裏腹に、隣に座る次男は、兄の運転が怖くないのか、次第に目を閉じ私の肩にもたれかかり、気づいたらその重たい頭は膝の上にあった。 この位置に座り、チャイ

          初心者マークの我が子の車に乗せられて

          「父母の祈り」子を想う親の願い

          神よ わが子が自分の望む道を歩めるように わたしが歩みたいと望んだ道を 子供に強いることがないように 私ができなかったことを子供に強いて 苦しめることがないように 神よ わたしを守ってください わが子が歩みゆく遥か彼方を見据えて 今のわが子の過ちを見守らせてください ゆっくり成長するわが子の姿を 優しい心で見つめることができますように 些細ないたずらに微笑みかける時と 悪しき行いを毅然とたしなめる時 その二つの時を見分ける 英知を与えてください わが子の怒り狂うことばや 押し

          「父母の祈り」子を想う親の願い

          3月9日。我が子の涙に重ねて必ず見てしまう動画。来年もまた会いましょう

          今年もこの日が来た。 3月9日。 この歌は切ないお別れソング。 何度見ても泣いてしまう、この歌を使った動画がある。 大学の合格発表の日に合わせて、このCMが作られたのだろうか…。我が子が目指した大学も、この日が合格発表だった。 高校3年生の時、目指した大学。 「大学で学びたいこと」は考えていたけれど、たぶん、自分の学力レベルで此処を目指したんだと思う。 甘かったんだけど、受かると思ってた。 2018年3月9日、午前9時。 残念な結果は、あっけなく分かった。 ここ

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