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Berlin, a girl, pretty savage

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遼太郎の娘、野島梨沙。HSS/HSE型HSPを持つ多感な彼女が日本で、ベルリンで、様々なことを感じながら過ごす日々。自分の抱いている思いが許されないことだと知り、もがく日々。 幼…
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#ASD

【連載小説】あなたに出逢いたかった #4

「酒が飲めるようになるまで2人ともまだまだだなぁ」 夕食後、ホテルの部屋で酒を飲む遼太郎がポツリと言った。正宗の家の酒を四合瓶で購入しては、食事を済ませた後にこうして部屋で飲むのだった。 「僕はお酒飲まない気がするけどね」 蓮は幼い頃から一貫してそんな事を言っている。 「二十歳になったら試しに飲んでみてくれよ。意外といけるかもしれないだろ」 「蓮が飲まなくても私は18になったらドイツでパパと飲むから!」 梨沙もまた、言うことは一貫している。 「残念だな。日本の飲酒

【連載小説】あなたに出逢いたかった #3

8月に入るとすぐ夏希の誕生日があり、食卓でささやかなパーティが開かれた。 先だっての休日に遼太郎が子供たち2人を買い物に連れ出し、梨沙も蓮も小遣いからささやかながらもプレゼントを選んだ。梨沙はいつも何をあげてよいかわからず、クッキーだのチョコレートだの(真夏なのに)、お菓子で済ませていた。蓮はタオルハンカチを選んだ。 遼太郎は毎年小さな花束とワインを用意する。ワインは初めて2人だけで会った時に、2人を繋いだアイテムだからだ。 蓮が「初めてお母さんにあげたプレゼントも花束

【連載小説】あなたに出逢いたかった #2

7月半ば、梨沙は約1年間のドイツ留学から帰国した。 今年は東京も早々に梅雨が明け、既にミンミン蝉があちこちから鳴き響き暑さをかき立てる。 そんなやかましくて蒸しっとした日本の夏に、梨沙は既に嫌気が差していた。やっぱりこっちよりベルリンで過ごすのがいい。 ただこの湿度のおかけで東や東南アジア人の肌は潤いが保たれて若く見えるのだろうとも思う。ベルリン滞在中はとにかく乾燥対策が大変だった。夏場でも気を抜くとすぐに粉を吹いた。 また、ずっとベルリンにいたら良かったかというと、そ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #1

真夜中の花畑。暗闇の中に赤や白の花々が浮かび上がる。 ある男。 暗闇の花畑を歩く彼は、花に負けないほどの魅力的な香りを放っていた。 それに誘われるかのように、青い蝶がどこからか舞い現れる。 気づいた男が目を細め、不思議そうに蝶を眺める。 “私を捕まえて” 蝶はそう言い羽根を震わせるけれど、男の耳には届かない。 「こんな真夜中に、何故こんなところにいる?」 そっと右手を差し出すと、蝶がその手のひらにふわりと舞い降りる。 飛べないのか。弱っているのか。 男は花の

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment’s Notice #26

追いついた康佑は梨沙と肩を並べて歩く。 梨沙は大人しかった。好きなやつのことで頭がいっぱいなんだろうと思うと、康佑は複雑な気持ちになる。 とはいえ、その話題は彼女を苛立たせるようだから、これ以上突っ込むことは出来ない。 しばらくお互い黙ったまま、ゆっくりと桜並木を歩いた。時折梨沙は桜にカメラを向け、康佑もその度に立ち止まり彼女を待った。 5月。留学生活も残り2ヶ月ほどだ。 康佑は切り出す。 「俺さ、横浜に住んでて、学校は都内なんだ」 「ふぅん」 「梨沙は都内に住んでるっ

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment’s Notice #22

早速翌日から、梨沙は作品制作に取り掛かった。 交渉の末、とある一室の白い壁を確保させてもらった。脚立も借りた。 そこに黒いインクで線を描いていく。壁画である。 まず曼荼羅のような模様を四隅に描き、中央には蝶。その羽根の鱗粉部分に、非常に細やかにたくさんの花を描いた。ダリヤのような、桜のような、蓮のような。様々な形の花々を細かく。 蝶の飛ぶ軌跡にはやはり花々が咲き溢れている。 大人の塗り絵を思わせる細かさを壁に描いていく。大作だ。 蝶はもちろん、自分だ。 その蝶の目指す

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #21

3月の半ば。学校は3週間の春休みに入った。 しかし3月とて春の訪れは日本に比べたらまだまだ遠い。 そんな中、若手アーティストが集まる音楽や絵画のイベントが旧共産圏時代の建物で開催されることになり、Emmaに勧められて年明けから作品を描きためた梨沙も参加した。 広い建物内は学校または昔のオフィスのように大小の部屋があり、写真やアート、雑貨などクリエイターの作品が並び、広めの部屋では音楽ライブも行われている。そう、どことなく日本の学校の文化祭のようだ。 梨沙はタッチの異なる

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's notice #19

康佑は年明け初日の学校で梨沙の後ろ姿を見かけた時に「梨沙!Frohes neues Jahr!(明けましておめでとう!)」といつもの調子で挨拶したが、振り向いた彼女はいつもの調子ではなかった。 彼女の顔は一瞬強張り、そしてすぐに憂いを秘めた表情を浮かべた。いつものように怒って、プイッと顔を背けたりしなかった。 「…梨沙…?」 何も答えず彼女は去った。それ自体はいつものことだったが。 一瞬ヒヤッとするほど、妖艶な色気を感じたのだ。ほんの一瞬だが。 「あいつ…冬休みの間

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's notice #18

梨沙は迷子になっていた。 どうしたらいいのかわからず、パニックになりそうだった。背中を丸めたまま震えている。 「梨沙、薬、飲んで」 「嫌だ…私…ヤク漬けみたい…やだよ…」 遼太郎の胸にまた、突き刺さるその言葉。 「大丈夫だよ。時々飲む分にはヤク漬けなんかにならないから。でも今は飲んだ方がいい。どこに入ってる?」 既に梨沙の両目から涙が溢れ出し、答えようとしない。 遼太郎は仕方なく彼女の荷物をあさってピルケースを見つけると、自分の飲みかけのペットボトルの水と一緒に渡そう

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Moment's Notice #8

2日後。 梨沙は白い息を弾ませてHauptbahnhof(ベルリン中央駅)に向かった。約束の時間まで1時間近くあるけれど、家でじっとしていられなかった。 駅の中はクリスマスオーナメントがあちこちに飾られている。 駅ナカの売店など見て回るが、雰囲気も相まって梨沙も浮足立っている。 そうだ、何かドイツっぽいものを一緒にプレゼントしようかな。 そう思い立ったが、ドイツっぽいものってなんだろうと考えると、よくわからなかった。 ビール、プレッツェル、クリミ割人形…土産物屋にはそ

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Father Complex #11

翌朝。 2人でアパートメントホテルを出て、一緒にU-Bahnに乗り込む。 車内は狭く、ガタガタと固い乗り心地だ。2人のお出かけではいつもはしゃぐ梨沙も流石に大人しい。遼太郎は不眠のためか眉間にずっと皺が寄っている。 今日は学校に行くと言った梨沙に、遼太郎は送る、と言って出てきた。それも、校門の前まで。 「授業が終わる前に連絡して。迎えに行く」 「そこまでしなくても…」 「いいから。あと、帰ったらちゃんと今後のこと話そう。頓服、持ってきてるよな?」 「うん…」 「ヤバいと

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Father Complex #9

瞼の裏に真っ白な光を感じて梨沙が目を覚ますと、激しい頭痛で顔をしかめる。二日酔いのようだ。 白いカーテンの外はかなり明るく、もう日が昇ってしばらく経っていることを表している。 横を見ると既に遼太郎はベッドの上で身体を起こし、こちらを見ていた。 「パパ…」 「今日、学校、休むだろ?」 眠れていないのか、虚ろな表情で遼太郎は訊いた。 「…行く」 多少の責任を感じそう答える。 「行けるわけ無いだろう、そんな身体で」 「大丈夫だから…」 「お前の大丈夫は信用できない」

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Father Complex #1

ベルリンの中心を流れるシュプレー川。その中洲となっているムゼーウムス島の突端に野島梨沙は立っていた。 名前の通りこの中洲には多くの美術館や博物館があり、中央部にはシンボリックなベルリン大聖堂が鎮座している。 小柄で、ミニスカートから覗かせた脚は細く、少年のように痩せた身体をしている。そのくせ頬はぷっくりと丸みがある。 輝くほど艶やかな黒髪はショートボブで、きれいに内巻きにされている。 大きな瞳は母親譲りだろう。 それらのためか歳よりも幾分幼く見える。 8月の高い青空を見

【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Childhood #18

中学3年生になった梨沙は、高校からドイツに年間留学したいと言い出した。高校には交換留学制度があり、当然それを目的として入学したつもりだった。 以前から話を聞いていた遼太郎は何とも言わなかったが、夏希は大反対であった。 「何度言ったらわかるの? 家族が1年間も離れ離れになるのは絶対にだめ! それに大学でならまだしも高校でしょう? 早過ぎるわ」 「どうしてよ!? 高校で留学制度があるってこと自体、行ってもいいってことじゃない! 何のために入った学校なのよ! 」 「短期の選択肢だ