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【連載小説】あなたに出逢いたかった #4

「酒が飲めるようになるまで2人ともまだまだだなぁ」

夕食後、ホテルの部屋で酒を飲む遼太郎がポツリと言った。正宗の家の酒を四合瓶で購入しては、食事を済ませた後にこうして部屋で飲むのだった。

「僕はお酒飲まない気がするけどね」

蓮は幼い頃から一貫してそんな事を言っている。

「二十歳になったら試しに飲んでみてくれよ。意外といけるかもしれないだろ」
「蓮が飲まなくても私は18になったらドイツでパパと飲むから!」

梨沙もまた、言うことは一貫している。

「残念だな。日本の飲酒は二十歳のままで」
「お父さんは "正宗さん" とよくお酒を飲んでいたの?」

蓮が尋ねる。

「呑んでたね。ここだけの話、大学一年の頃からめちゃくちゃ呑んでたな。正宗は酒蔵の息子だったから、鍛えられていたのかもしれない」
「お父さんはどこで鍛えたの」

蓮が鋭いところを突いて、遼太郎は苦笑いした。

「俺は呑んだら呑めただけだよ」
「いつから呑んでたの?」
「まぁぶっちゃけ、高校生の時はもう呑んでたな」
「やんちゃな高校生だったんだね」
「…息子に言われると何だかカチンとくるな」
「でも楽しそうだね」
「楽しかったよ。学生の頃は」
「パパってどんな学生だったの?」

今度は梨沙が尋ねた。

「どんな学生…う~ん、なんて言えばいいのかな。普通だったと思うな。授業もそこそこ出ていたし部活もバイトもやっていたし…」
「部活って弓道だっけ。そういえば弓を引いているドイツ人がいたって、前にパパ話していたよね」

そうそう、と酒も相まってか遼太郎は目を細め、懐かしそうに語り出した。

Lukasルカスって言って、赤毛気味のヒゲモジャでさ、そいつが袴履いて弓引いてるんだよ。しかも上手くてさ。何だこいつ、と思って仲良くなったんだ」
「Lukasとはもう連絡取ってないの?」
「いや、ドイツに行ったら連絡してるよ。でもあいつも今はミュンヘンにいるから、会える時と会えない時があるな」

どこかじれったそうにしていた蓮が尋ねた。

「お父さんは学生時代に好きな人とかいなかったの?」
「そりゃいたよ。当たり前だろ」

蓮の質問と遼太郎の回答に梨沙がヒヤリとした。そういう話は今まで聞いたことがない。

「初恋はいつだった? どんな人?」

目を輝かせて質問を重ねる蓮に、梨沙は緊張した。聞きたくない、でも聞いてみたい…。複雑な気持ちだ。

「中学…だけど、あの時俺、良いなと思ってただけで全く何にもしなかったからな。そういう意味では高校の時かな。すごくきれいな人だったよ。きれいっていうかカッコいいっていうか」

蓮は驚き、更に身を乗り出した。

「カッコいい? 男の子っぽかったってこと?」

遼太郎は笑いながら「勝ち気で、媚びなくて、そうそう、そういう意味ではちょっと男らしいというか。それでいてすごい綺麗な人でさ」と言い「そういうところはちょっと梨沙に似てるかもな」と続け、梨沙を驚かせた。

「じゃあパパは、ママよりも私みたいな方がタイプ?」

梨沙の言葉に遼太郎は少々眉間に皺を寄せる。

「そういうことじゃないんだ。誤解するなよ」

そして遼太郎は不意に遠い目をした。新幹線の中で見せた目と同じだ。
その視線の先にあるものに梨沙は妬いた。だって私を見ているわけじゃない、と。
蓮は興奮気味に、食い入るように続けた。

「お父さんそういう人好きなんだ。でもお母さんとは全然違うタイプな気がする」
「何だよ蓮、"も" って。お前もしかして、好きな人でも出来たのか?」
「ちっ…違うよ!」

耳まで真赤にして否定する蓮は図星に違いなかった。遼太郎はニヤニヤ嬉しそうに笑う。少々酔いが回っているのだろう。

「お父さんはその人と付き合った?」

更に蓮は質問を続けた。

「付き合ったよ」
「どっちから言い出したの?」
「一応、俺から、かな」

そう言うと不意にどこか寂しそうな顔になり、梨沙は嫉妬でイライラが募った。何故蓮は今こんな話をしているのだろう、私がいないところでしてくればいいのに、と。
けれど自分がいないところでこんな話をされても、それはそれで妬ける。

「でも当時は俺もなかなか言い出せなくて、卒業間近になってやっと告白したんだ」
「へぇぇ…」

梨沙の妬きもちはピークに達する。遼太郎に告白させた・・・相手に対して。

「もういいそんな話。聞きたくない!」

梨沙は耳を塞いでベッドに飛び込み布団を被る。蓮はいつもの通り呆れながら「いつまでそんな事言ってるの、お姉ちゃんは」と小声で言った。

蓮の言うようにそろそろ本気で梨沙の勘違い・・・を何とかしていかないといけないな、と遼太郎は酒でぼんやりする頭で考えた。
どうしたらまともな恋をしてくれるだろうか、と。

「ねぇお父さん、僕はもっと聞きたいんだけど」

遼太郎の耳元でひそひそと蓮は言った。

「お前、本当は出来たんだろ、好きな子が。白状しろ」

蓮の肩を抱き込んで耳元で訊く。蓮は口に人差し指をあてて「絶対誰にも言わないでよ」と声を潜め、遼太郎は黙って頷いた。

「僕の通っているバイオリン教室のレッスン生なんだ」
「へぇ! どんな子なんだ?」
「お父さんは歳上の人と付き合ったことはある?」
「えっ、なに、歳上なの?」
「訊いてるの僕の方だよ」
「俺が先に訊いたんだぞ」

ヒソヒソ声だがはしゃぐ男2人の様子を感じたくなくて、梨沙は布団の中でも耳を塞いだ。

そうして先ほど遼太郎の口から聞いた、きれい・かっこいい・美人、とベタ褒めしていた、見ず知らずの女性に激しく嫉妬した。





#5へつづく

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