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Berlin, a girl, pretty savage

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遼太郎の娘、野島梨沙。HSS/HSE型HSPを持つ多感な彼女が日本で、ベルリンで、様々なことを感じながら過ごす日々。自分の抱いている思いが許されないことだと知り、もがく日々。 幼… もっと読む
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記事一覧

【連載小説】あなたに出逢いたかった #50 最終話

ドアを開けて聴こえてきたのはショパンだった。 懐かしい旋律に思わず立ち止まり目を閉じる。 梨沙の瞼の裏に浮かんだのは、幼い頃住んでいたマンションのリビング。4階角部屋、南向きで日当たりが良かった。 ソファで絵を描いていると、その隣で遼太郎が左手で梨沙を抱え、右手で頬杖を付いてピアノ曲に耳を傾けていた。あの時遼太郎が着ていた白いセーターのふんわりとした感触も、匂いも息遣いも、どこか寂しげだった遠い目も、全てはっきりと思い出せる。 今ならその目に何が映っていたのかも、わかる。

【連載小説】あなたに出逢いたかった #49

「稜央さんがね、言ってたの。パパの中に "狂気" があって、その血が流れてるんだと思ったら、興奮したって。私それ聞いた時、嬉しかった。そして、すごく共感したの」 遼太郎は手を離し、すっかり氷の溶けたハイボールを口にした。梨沙もぬるくなったノンアルカクテルを啜った。 「稜央さんは私のこと理解してくれて、それもすごく嬉しかった。稜央さんは以前、私と似たような気持ちを抱いていたって。稜央さんがパパの子だから…私たち同じだから、そうだったんだなって」 遼太郎は目を細め、微かに唇

【連載小説】あなたに出逢いたかった #48

梨沙は小さな箱を両手で包み込むようにして受け取った。 真っ白な包装紙、ボルドー色の細いリボンには金文字で "Cartier"@p とあしらわれ、蝋封に伝統的なロゴが押されている。 ブランドのコーポレイトカラーと同色の薔薇の花束も添えられている。 期待で鼓動が高鳴る。リボンを解き箱を開けるとそれは、華奢なピンクゴ ールドのチェーンに小さな小さなブリリアントカットのダイヤモンドが輝くネックレスだった。 10月16日。梨沙の18歳の誕生日プレゼント。 約束通りアクセサリーをも

【連載小説】あなたに出逢いたかった #47

「…へ…?」 康佑は突然の梨沙の発言に処理が追いつかない。 「えーっと、横浜で会ったあの歳上の人は…」 「カムフラージュよ」 「えっ? カッ…カムフラージュって…」 梨沙はどうして口走ってしまったんだろう、と動揺を隠せずにいる康佑の表情を見て内心少し焦った。 「えっ…本気で親父さんのこと…?」 梨沙は顔を背け、黙って唇を噛み締める。 「それってさ…父親からの虐待とか洗脳じゃ…ないよね…」 その言葉にはキッと康佑を睨みつけた。「そんなんじゃない!」 「ごめ…」

【連載小説】あなたに出逢いたかった #46

夏期講習が終わり、模擬テストではランクA+。まずまずの出来だった。Sランクに届かなかったのはどこで気が緩んだか、と梨沙は眉間に皺を寄せ考えた。 とはいえ、自身のコントロールはそれまでの彼女の気質からしてみたら驚くばかりだ。 その根底にあるのは、結局遼太郎だった。彼の元に収まることが、彼女にとって一番の安定であり、モチベーションであった。 もう余計なことはしないー。 そして、やがて訪れる18歳の誕生日。 遼太郎の秘密を共有できる。そのことが梨沙にとっての拠り所だった。

【連載小説】あなたに出逢いたかった #45

パパの左肩の傷…幼い頃、私を守るために出来たと妄想したのが、いつの間にかそうだと思い込んだ傷。 稜央さんがつけた…? 「僕の中の狂気が、あの人から受け継いだものなのかと思うと…それさえも愛しく思ったんだ。それはずっと後になってからのことだけど…」 梨沙は声に出来なかった。ただ動揺で目を見開き、唇を振るわせながら彼を凝視していた。 稜央も申し訳無さそうに目を逸らす。 「あんまり話すと怒られるね。あの人に僕と話するなって言われているんだもんね」 「…」 「今日は突然呼び出

【連載小説】あなたに出逢いたかった #44

8月。 ターミナル駅を降りると、地面を焼き付けるかのような陽射しと、息をするのもむせ返る湿気に、梨沙は顔をしかめた。 近くの公園からか、蝉の大合唱がここまで届く。三重奏か、と梨沙は耳を澄ませてみる。けれどどの鳴き声が何の蝉かまではわからない。ミンミン蝉と、あと何だっけ…。 そう考えながら駅近くにある予備校が入っているビルに入っていく。 ちょうど今、遼太郎は毎年恒例の墓参りに蓮を連れて京都に行っているが、今年は夏希と2人で留守番をしていた。"受験生" であることを理由にし

【連載小説】あなたに出逢いたかった #43

「パパ…パパは稜央さんの…」 遼太郎はそう言いかけた梨沙の唇を人差し指で封じ、優しい声で静かに言った。 「梨沙、そのことは時が来たらちゃんと話すよ」 「それはいつ?」 「梨沙の大学受験が終わったら」 「なら大学になんか行かない」 「いずれにしても今すぐ全ては話せない。俺にも準備をさせて欲しい」 「どうしてそんなに待つ必要があるの? 何を準備するの?」 「梨沙、秘密を知ることは悲しみでもあると言っただろ。お前にも準備が必要だ。俺の全てを受け入れる準備をな。それと、大学は行け

【連載小説】あなたに出逢いたかった #42

梨沙は何度かメッセージを送るが、稜央からの反応はない。 父親とよく会っていたという陽菜、父親の存在を知らないという稜央。 逆ならまだわかる。2人の歳の差は10歳。 陽菜が生まれるまでの10年間、稜央は父親と離れて暮らしていたと言うのだろうか? それが陽菜の言う『我が家はちょっと複雑なので』ということなのだろうか? もしくは…稜央は嘘をついている。父親を知らないという嘘。 でも、だとしたら何のために…? 稜央がどこかのタイミングで、梨沙の父親が遼太郎であることを知った、あ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #41

パパには秘密があるー。 『お前だって俺とのこと、誰にでもペラペラ喋るか?』 声の余韻に耳が心臓になったかのように熱く脈打っている。それは蜂蜜のように身体の中で甘くねっとりとうねる。 梨沙はルームウェアの襟から手を差し入れ、左鎖骨にある青い蝶のTatooを撫でた。指の下でトクトクと脈を打ち、まるで蝶が躍動しているかのようだ。 いつの間にか、愚かな妄想の中で遼太郎と交わる相手が自分に代わっていた。 梨沙は熱くなった頬をおさえた。 私が人に言えないようなこと。それと同じよ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #40

隆次の記憶。もう10数年前のことだ。 ギラつく太陽で陽炎が立ち昇り、アスファルトが溶けてその匂いが立ち込めるような、うだるような暑い夏の日だった。 遼太郎が昏睡状態になり病院に運ばれたと夏希から連絡を受け、大慌てでその病院に駆け込んだ。 しかし駆けつけた病室の前に夏希はおらず、代わりにひょろひょろとした不審な若い男がいた。遼太郎が運ばれた際に付き添ってきた男だといい、看護師はその男のことを「息子さん」と呼んだ。 その男は隆次の顔を見るなり逃げ出し、勝手に息子を名乗った

【連載小説】あなたに出逢いたかった #39

梨沙は茫然と、部屋の鏡に映る自分の顔を見つめていた。いや、自分の顔を見ていたわけではない。 あの時、稜央の友人が彼を呼んだ。 その苗字に引っ掛かった理由を思い出していた。 “どうする、川嶋” 稜央に父親はいない。 ということは、母方の苗字の可能性が高い。その母は、遼太郎と同い年。 思考が四方八方から矢のように脳内を飛び交う。心臓が大きく音を立て始める。 年賀状の癖のない美しい文字と、遼太郎の隣で長いブロンドのポニーテールを揺らし、はにかんだように笑う少女のスナップシ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #38

「えっ…」 ハンドルを握る手のひらが汗でじんわりと湿っていった。梨沙はすがるような目で稜央を見つめている。 「わかってます。私が女子高生で稜央さんとは歳が離れていますし、まだたった3回会っただけで私が一方的だってこと。でも…」 「…でも、なに」 梨沙は小さくため息をついてから、言った。 「今までずっと好きだった人がいたって言いましたよね。その人とは絶対に報われないとも。今まで他の男の人なんて全然目に入ってこなかったのに、稜央さんだけは違ったんです。このところお話してき

【連載小説】あなたに出逢いたかった #37

渋い顔をしていた遼太郎は、夏希が説得を始めた事に少々驚いているようだ。 「駅の商店街にある喫茶店で会うって言ってるから。それだったらそんなに遠くまで行かないし、人目もあるからまだ大丈夫でしょ? やり取りも見せてもらってる。そんなに頻繁に会える距離でもないし、向こうもお正月でも会えるなら構わないって言ってくれてるみたいだし…せっかくの機会だから。ね、梨沙も遠くに行かずに、そこのお店で会うようにして」 「うん」 「でも…」 「梨沙はベルリンへの留学だってそれほど大きな問題もなく