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【連載小説】あなたに出逢いたかった #46

夏期講習が終わり、模擬テストではランクA+。まずまずの出来だった。Sランクに届かなかったのはどこで気が緩んだか、と梨沙は眉間に皺を寄せ考えた。

とはいえ、自身のコントロールはそれまでの彼女の気質からしてみたら驚くばかりだ。
その根底にあるのは、結局遼太郎だった。彼の元に収まることが、彼女にとって一番の安定であり、モチベーションであった。

もう余計なことはしないー。

そして、やがて訪れる18歳の誕生日。
遼太郎の秘密を共有できる。そのことが梨沙にとっての拠り所だった。

私はやっと大人になる。ずっとずっとこの時を待ち続けた。
私はパパの秘密を全て受け入れる。何が隠されていても赦してあげる。"それも含めて、パパはパパなのだから" って。

それが愛だというのならば、私にだってー。


***


9月。新学期が始まってしばらく経ったある日。2限目と3限目の間の短い休み時間のことだった。

梨沙、久しぶり。受験勉強捗ってるか?
個人的な話で恐縮だけど、俺、彼女と別れた 笑。夏休み入ってすぐくらいに。だからもう1ヶ月くらい経つんだけどな。
せっかくの夏、ひとりぼっちだったんだぜ~ 笑

康佑からそんなメッセージが届いた。

どうして? と訊こうと思ったが、やめた。何となくわかった。

今年は受験勉強に打ち込んだ方がいいんじゃない? あ、推薦は取れたの?

敢えてそう返すと『むりぽ 笑』と返事が来た。他にも何か言われるかと待ったが、それ以上は何も送られなかった。

康佑とは2月に会い、妙な告白をされて以来だった。彼にはどことなく申し訳ない気持ちが芽生えていた。

康佑は梨沙が他に好きな人がいるとわかった上で、強引に距離を詰めることはなく、付かず離れず、困っている時に助けてくれた。
そんな存在の康佑に、梨沙はどういう態度を取ったらいいのかわからない。隆次の『自分を慕ってくれる人を邪険にするな』という言葉が頭の中を渦巻くが、彼の慕い方はクラスメイトらのそれとは違う。変に気を持たせたって、それはそれで悪だ。

けれど。


その日の放課後、梨沙は康佑にメッセージを送った。



互いの学校のちょうど中間辺りにあるファミレスだった。
先に着いたのは梨沙だ。ストローの紙袋をおみくじのように結んで弄んでいると、店の入口でキョロキョロと席を探す康佑が目に入った。梨沙が大きく手を降ると、気付いた康佑も手を振って近づいてきた。

「よ、梨沙。久しぶり。なんか余裕そうじゃん。お前、勉強しなくても勉強できるタイプだろ。腹立つなー」

そう言いながらもこれっぽっちも腹を立てている様子のない康佑が梨沙の向かいに腰を下ろした。

「そういう康佑だって余裕そうだけど」

梨沙の言葉に目を丸くした。「康佑」と名前で呼ばれたからだ。

「いや…そんなことないよ…」
「まぁ今日は、こんな時期に失恋したっていう君の慰め会でもと思って」

康佑は何か言おうとして口をパクパクさせた。内心、最後に会った時は非常に気まずい別れ方をし、自分にも彼女が出来てしまったから、もう梨沙とは会えないかもしれないと諦めた気持ちになっていた。けれど勇気を出して、彼女とは終わったことを告げた。それが梨沙から呼び出され、こんな風に言葉をかけてくれるなんて、思いもしなかった。

もちろん、康佑が振られたわけではなく、振ったんだろう。でも梨沙はそうとは言わないし、康佑もそうとも言わなかった。

「珍しいこともあるもんだね」
「康佑には色々お世話になったから」

プイっと目を逸らしながら言う梨沙に、康佑は更に目を丸くした。

「逆に怖い。なんで梨沙がそんな親切に」
「まぁ、いいでしょたまには」
「まぁ、いいけどな。たまには…」

梨沙はドリンクバーを奢ると言った。好きなもの飲んだらいいよ、と。康佑は早速コーラを注いで席に戻った。

「まぁ彼女がいてもいなくても、受験生の夏ってのには変わりないからね」

実際慰めると言っても何を言ったら良いのか、梨沙はさっぱり分からなかった。

「まぁなー。そういや梨沙は志望校定めてたんだっけ?」
「んー、私ドイツの大学にするかも」
「えっ、マジで? 交換留学とかじゃなくて、4年間ずっと向こうの大学に通うってこと?」
「うん」
「そんなにあっちがいいんだ?」
「そうね…」

そっか、と康佑はストローからコーラを一気に飲み干す。すぐにお替わりに立ち、今度はファンタを注いで来た。

「ブラックコーヒー飲めるくせに、子供みたいな飲み物好きなんだね」
「面白い事言うね梨沙。お前だってミルクコーヒーしか飲めないけど炭酸水が好きとか言って、似たようなもんだろ」

え、それってそういうことなの? と梨沙は笑った。いつになく康佑の前でリラックスしているように思えた。

「ドイツかー。俺もあの留学以来だしな。お前があっちに行ったら俺、バックパックの旅で行くからさ、その頃にはオクトーバーフェストでビール飲もうぜ」
「オクトーバーフェストってミュンヘンでしょ? 私はたぶんまたベルリンだよ」
「いいじゃん。ミュンヘンくらい、こっちで行ったら京都に行くようなもんだろ」

随分違う気がするけど、と梨沙は思ったが反論はしなかった。

「でも4年間も家族とか友達とかと離れて暮らす事になるから、寂しくなんない?  寮に入るのか? ホームステイ?」
「まだわからないけど寮に入ると思う。ホームステイは多分うまくいかない。確かに家族とは離れるけど、敢えてそうしようと思ってるの。友達はそもそもそんなにいないし」
「まぁ確かにお前、友達めっちゃ選り好みしそうだし、そもそも人の中心にいるタイプじゃないもんな」
「康佑はずっとサッカーやってるし、私と真逆だよね」
「うーん…まぁそれほどでもないと思うんだけどな」
「そんなことないでしょ、全然。私は特殊だから」
「特殊?」

梨沙はふと思った。
遼太郎が学生時代に勤しんだ弓道。
あれは完全に個のスポーツだ。団体戦はあるものの、基本は自分が何本当てたか、どれだけ中心近くを射抜くかだ。
もっともらしい、と思った。徹底的に個を追求し、追い込んで、結果を出す。

そこでハッとした。

パパも本当はひとり、なのかもしれない。

お墓参りをしている京都の友達のことはすごく大事にしているけれど、それ以外であまり友達の話を聞かない。
本来は群れることが苦手なのかもしれない。だとしたら、部活でも会社でも大勢の人の上に立って、時には中心となって、大変だったんだろうな。

そう思うと激しい愛しさが込み上げてくる。今すぐ抱き締めたくなる。
私、そんなパパの血が流れている。

そうして稜央の言葉も思い出す。

『俺、あの人と同じ血が流れてると思ったら…興奮したんだ』

「梨沙、特殊ってなんだよ?」

康佑の言葉にハッと我に返る。

「まぁ、ちょっと…」
「そこまで言っておいて…。何、特別な力でも持ってるの? スプーン曲げられるとか言い出したらグーパンな」

康佑はおどけて尋ねたが、高揚した梨沙はつい口を滑らす。

「実はさ」
「うん」
「前から言ってた片思いの人ってね、父親のことなんだ。子供の頃からずっとずっと、ずーっと一番大好きなの、父親のこと。…異性として」







#47へつづく


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