Mai Nagamatsu

"Yes, to me being me" 本当のわたしを生よう わたしがわたしの人生を最大限に生きることが わたしがわたしへ贈れる最幸のギフトだと思う だから今日もわたしはわたしを生きるのです らぶ&はぐ 永松麻衣・ながまつまい

Mai Nagamatsu

"Yes, to me being me" 本当のわたしを生よう わたしがわたしの人生を最大限に生きることが わたしがわたしへ贈れる最幸のギフトだと思う だから今日もわたしはわたしを生きるのです らぶ&はぐ 永松麻衣・ながまつまい

    最近の記事

    つらつらと

    特に何かあるわけでもないけれど なんだか今日はあれこれ書きたいようだから。 なんでしょうね。 最近色々と動き出してます。 大きなうねりが。 あのね、明日誕生日なんです。 34歳のテーマは"祭り"です。 とことん楽しんでやろう!って。決めました。 自分にも他人にも遠慮するのは辞めます。 やりたいことを 叶えたい事を どんどんトライして、どんどん叶えます。 そんな感じです。 なんかもう少し書こうと思ったけど こんな感じでいいや。 ありがとう。 おや

      • 伝えることは説得することとは違うよね

        こんにちは、ながまつまいです。 何かアウトプットをしたくて、 思考の整理をしたくて、 この場に久しぶりに戻って来たのだけど いざ書こうと思ったら なかなか筆は進まない。 まぁそんなもん。 "伝える"と"伝わる" って似てる様で違うよね わたしは今まで伝えたい事を"伝える"ことをしてきたけど、 それが本当に"伝わる"ところまで到達したかと言えば違う 伝えたいことを伝えたいように伝えるのと 伝えたいことを伝わるように伝えるのは違うから だから今は 伝わるように伝

        • ほんの数秒間の記録

          思い出したことがある。 わたしはもともと文章を書くのが苦手だった。 というか嫌いだった。 読書感想文や日記、小論文。 小学校のころから嫌いだったなと。 もっと言うと"言葉にする"ことが苦手だった。 何か自分の本当の気持ちを言葉にしようとすると 言葉より先に感情が溢れて 悲しいとかではないのに 泣いてしまうような子だった。 それは自分でも不思議な体験で 自分のことを話そうとすると涙が出てしまうことが なんだか恥ずかしいことのように思えて いつのまにか"

          • 麻衣のやめてみた話

            みなさんこんにちは ながまつまいです "本当のわたし"をテーマに 自分の深め方や満たし方 自分に優しくなるセルフケア、 心を素直に感じる力の磨き方を お伝えしています🌼 久しぶりの更新で しかも突然なにって感じですが "麻衣のやめてみたはなし" です Yes, to me being me "本当のわたしを生きよう" をコンセプトに mebeme(ミービーミー)を 主宰しているわたしだけど わたしも"本当のわたし"を 生きるために挑戦と失敗を繰り返しながら 日々ア

            だんりょくせい

            こんにちは ながまつまいです 弾力ってなんだか魅力的 "だんりょく" っていう言葉の響きが 心をくすぐらせる 弾けるような 跳ね返すような ぷりんっとした ぶるんっとした なんかそんな感じ 強さもあるけど しなやかさもあって 伸びるんだけど 戻ってくるべきところに 戻ってきてくれるような 柔軟性ともいえるけど やっぱり弾力性 いつだって自分の中心に 戻ってこれるような 弾力性ってかんじ 肌弾力とかよく言うけど わたしは 心の弾力性のほうが 惹かれるな み

            わたしは弱い人間なのだろうか

            わたしは弱い人間なのだろうか 帰りの電車を待つホームで そんな言葉がふと自分の中に湧き出てきた。 わたしの中にある揺らぎを わたしの外に出すことは わたしの弱さを曝け出すようで それは見せてはいけないわたしの側面だと 思い込んでいる自分が居る わたしは弱いのだろうか これは弱さなのだろうか わたしが弱さと思うのであれば 弱さになるのだろう たまに分からなくなる "本当のわたしを生きる" ことを大切にしているからこそ 分からなくなる "本当のわた

            ちゃんと"感じて"生きること

            こんにちは、 はじめまして。 ながまつまいです なんでも調べたら 大体の答えは分かるし 何か食べたいと思えば 大体すぐ手に入る 連絡とりたいと思えば 大体連絡取れるし 全てが速い 情報のスピード 物事のスピードは 加速する一方 音楽だって イントロ聴けないから イントロがどんどん短くなるような時代 動画15秒に収まる尺のサビ いったいどうなってくのだろう ぼんやりとした疑問のような疑念のような なんかそんなたぐいのものは いつもわたしの中にありつつも そん

            今日の、"いま"のわたしの中身

            あー なんだなんだなんだなんだ?笑 なんなんだ? という感じの頭の中ね。 いま。 なう。 内観する日々。 今までとの内観とは ちょっと違っていて 今までの内観は とにかく自分の中に 潜る感じね で、 最近の内観は 今までの内観を経た上で それを外側から考察しつつも 自分の内側と答え合わせしたり 相談したりする感じ なんかちょっと 前より丸くなったかんじね。 前は わたしはこうだ! こう思ったことを伝えたいんだ! みたいなどこか ひとりよがりというか わがま

            わたし、ながまつまいです。

            はじめまして。 というか、 改めまして ながまつまいです。 今年の1月末からnoteをはじめましたが 自己紹介からはじめるのって なんか感覚的に違うなぁというか 乗らないから 乗ったときに書こうと思っていて やっといま。 です。 まぁ何から話そうって感じですが and 一記事でまとめられる感じでもないから わたしの紹介文はきっとこれからも 折りを成して 続くことだと思います。 ここの場では 日々の小さな気づきや わたしの中にある思考や感情や そのうごめく何

            大切な人と過ごして気づいた大切なこと。

            みなさんこんにちは。 日曜日いかがお過ごしですか? わたしは半日デジタルデトックス明けです。 なんかね、 夢とか願望とか 達成したい目標とか 本当に欲しい物とか あるじゃないですか。 ね。 ありますよね。 でね、昨日はっきりとしたことが一つあるのです。 "パートナー(夫)と 行きたいところに出掛けて 観たいものを観て 食べたい物を食べて暮らす" そんな毎日を過ごすんだ と。 わたし自営業で 東京の吉祥寺で mebeme(ミービーミー)という 名前

            本当のわたしを生きるって?

            本当のわたしを生きよう ってのは 本当のわたしを生きることだけが 正解ではない 自分自身に 心に いつだって素直であること 自分自身を諦めないこと それは大事で。 大前提でもある。 けど、 そこに囚われすぎて 枠からはみ出してしまうこと =本当のわたしを生きれていないと  感じてしまう自分 が、 ダメだと言ってるわけではない。 その枠からはみ出てしまう プロセスでさえも 本当のわたしを生きよう だと思うってこと。 だって迷うから 本当の望みが分

            今日の小言

            Yes, to me being me "本当のわたしを生きよう" こんにちは 永松麻衣(ながまつまい)です やりはじめたら 波に乗るときと 乗り過ぎに注意ってとき 両方あると思うんだ 今日は乗り過ぎに注意って サインに気付いて あともう一冊読破する前に 辞めた 例えば学校の授業が 60分または90分に一回 休憩を挟むように 波に乗って 良い時のように見えても そうでない時も どちらにせよ 間を持つってのは 大事だよね だって知らず知らずのうちに それが力み

            これもまた今日の糧

            歩いてたら 言葉が降ってきたから あ、書けそうだと思っていたけど お宮参りして いざ書こうと思ったら その時の心地よさは どこかに消えてしまっていて 書こうと思えば思うほど 思い出そうとすればするほど その言葉の鮮度は薄れて 何処かへ消えていく 心がのらない事を 無理にやる必要はない それはやりたく無いことは 全部やらなくていい という話ではないけれど 波が来たら その波に乗れる準備を いつだってしておく って感じかな。 だいたいいつもは

            真ん中に居るということ。2

            先日ある方のライブを見ていて "真ん中" "中庸" ということについての 考えが また一つ 深まった。 それは 軸でもあり そうではなく 在るようで 無い なんだろうか。 この胸の内を どのように 言葉に 乗せようか 多分 わたしに必要な エッセンスは そこに含まれていると思う だからこそ これを一度 言葉として この世界に 降ろしてくる わたしたちは 揺らぎの中で 生きている 振れるから 真ん中が分かると 先日書いたが そのもう一歩先というか 上と

            建物に惚れたのは、はじめてです。

            そうそう。 2022年1発目の美術館は 松濤美術館でした。 行ったのは一月初旬だから だいぶ時差投稿ですが。 松濤美術館を手がけた 建築家の白井晟一をたどる 展覧会の第2部である 「Back to 1981 建物公開」を観に。 残念ながら第1部のことは 展示期間が終わってから知ったため 第2部しか観れなかったのだけど。 空間が 建物自体が 纏うもの その佇や それを成すもの 展示を観に行くってより あの建築物が"正に" だったから それだけで圧倒された。 ド

            なんかこれすごい大事なことだと思う。

            そうそう 昔は尖りまくっていたけど やることはやっていた 好きなことだけをやってきたけど 好きなことを好きなだけやるために 勉強はめちゃくちゃ努力した いつも一番とってた だって嫌じゃないですか? あいつは校則も破って 大人の言うことは聞かないで 自分の正義だけ貫いて 勉強も出来ん 口ばっかりなやつだ なんて言われたくなかった。 というか わたしはわたしの 本当の人間性を見て欲しかった。 なんで成績優秀者が良い子? なんで校則違反したら悪い子? なんで言う事聞