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何気なく暮らすこの星も、よく見てみれば不思議が溢れている。【インドヴィパッサナーメディテーション】

チベット・インド旅行記
#39,ブッダガヤ②

【前回までのあらすじ】ブッダガヤへと辿り着いたまえだゆうきは、10日間の瞑想コースを受けることになったのであった。

【ブッダガヤ・ヴィパッサナー瞑想センターの決まり】

 ■ 10日間の瞑想コース中は誰とも話をしてはいけない。
 ■ 10日間の瞑想コース中は誰とも目を合わせてはいけない。
 

【ブッダガヤ・ヴィパッサナー瞑想センターの戒律】

 ■ 生き物を殺してはいけない。
 ■ 盗みを働いてはいけない。
 ■ 性行為を行ってはいけない。
 ■ 嘘をついてはいけない。
 ■ 酒、タバコ、麻薬を摂取してはいけない。

…以上が当センターのガイダンスになります。
それではよろしいですね、これより10日間の間くれぐれも会話を行わないよう、よろしくお願いします。


受付で必要書類と誓約書の記入を済ませ、荷物を預け、こくりと小さく頷いてゲートをくぐる。


緊張で胸が高鳴る。


生まれて初めての瞑想体験。
10日間のハードなスケジュール。
果たして自分にやり遂げる事が出来るだろうか。
途中でギブアップは出来るのだろうか?

ブッダガヤ郊外にあるヴィパッサナー瞑想センターは、周囲を塀に囲まれた、外界とは隔離された空間だ。

 
敷地の中央には大きな講堂があり、そこで瞑想を行ったり、講話を聞いたりする。 
その隣には食堂があり、朝と昼に食事が振る舞われる。(1日2食、夜は食べない)

 
広大な敷地の中は緑で溢れ、さまざまな草花が育てられている。
敷地内には居住スペースもある。
居住スペースは男女で半分に区切られ、男女が居住スペースを行き来する事は禁止されている。

 
居住スペースには2〜3人が宿泊出来る程度の大きさの簡易的な住居がぽつぽつと建てられている。
中には電気も無く、水も無く、質素なベッドが置かれているだけの作りだ。

割り当てられた部屋に荷物を降ろし、さっそく講堂に向かう。

 
広い講堂に入ると、すでに30人ほどの参加者がそれぞれ座布団を敷き、あぐらをかいて瞑想コースが始まるのを待っていた。

参加者の半分はインド人やスリランカ人。半分は外国人ツーリスト。ツーリストは皆欧米人で、東洋人の参加者は私を含め数人だけ。


上座には、10日間の間私たちを導くのであろう師匠が座り、暖かな眼差しで私たちの事をじっと見つめている。
優しそうな欧米人男性の師匠と、インド人女性の師匠。おそらく夫婦なのだろう。

皆が着席したところで、講話と瞑想が始まった。


大まかな流れを説明すると、10日間の内の最初の3日間はレクリエーションと初歩的な瞑想。

そして残りの7日間で、メインテーマであるヴィパッサナーメディテーション(瞑想)を行う。


朝は4時半から夜は9時までみっちり瞑想。
瞑想と瞑想の間には、ヴィパッサナーメディテーションの開祖であるゴエンカ氏(1924 - 2013)の法話が、ヒンディー語と英語でテープで流される。


1回の瞑想は90分。あぐらをかき、背筋を伸ばし、目を閉じて瞑想に励まなければならない。


ゴーンと静かな鐘の音が聞こえて、テープから仏法の唱和が流れてきたら瞑想終了。

最後の方には慣れてきて、体感で90分を測れるようになってきたが。最初の頃はいつ終わるのか、いつ終わるのかと、1人もじもじしながら瞑想が終わるのを待ちわびていた。


 


最初の3日間の瞑想(アーナーパーナー瞑想)

座布団の上にあぐらをかいて座り、目を閉じて背筋を伸ばす。
そしてリラックスして、自分の呼吸が鼻から入って鼻から出ていく様をじっと観察する。

鼻から入った新鮮な空気は気管を通り、肺に届き、下腹部を膨らます。
胸が開き肩が上がる。

体の隅々まで行き渡った空気は、今度は二酸化炭素となって鼻から出ていく。
下腹部がへこみ、脱力する。


そういった自分の体の様子をひたすらに観察する。
慣れてきたら、今度は鼻の下を通り抜ける空気の感触をつぶさに観察する。


冷たい空気が鼻の下のうぶ毛に当たる。少しくすぐったい。
皮膚の表面には様々な感覚がある事に気づく。
暑さ、冷たさ、涼しさ、かゆみ、くすぐったさ。
 

普段無意識で行っている「呼吸」という行為に目を向けるだけで、そこには多種多様な感覚が渦巻いている事に気づく。

まるで庭の石をひっくり返して、慌てふためく虫たちを観察しているような気分。

 
ゴーン。



鐘の音が静かに鳴り、ゴエンカ氏の法話がカセットテープから聞こえてくる。

「…ヴィパッサナー・メディテーションとは、自分を観察する。という事です。おそらく、長時間の瞑想を続けていると、足が痺れたり、肩がこったり、疲れたり、気持ちが沈む事があるでしょう。
 
 そういう時こそ、こう考えてください。

 この痛みは、あくまでも私が所有している痛みであって、私自身ではない。この感情は、あくまでも私が感じている感情であって、私自身ではない。

 それが出来た時、あなたはほんの少しだけ、自分自身という業から離れる事が出来るはずです」。

 
ゴーン…。
そして束の間の自由時間が訪れる。
 



正直、毎日10時間以上の瞑想で足が痺れっぱなしだった私は、自分を客観視する所の話ではなかったが。
それでもじっと目を閉じて自分と向き合い続ける日々は、今までの長旅でこんがらがった私の心をそっと解きほぐし、安らぎを感じるにちょうど良い時間になった。


休憩時間には講堂を出て敷地内の小道を歩き、ゆっくりと咲いている花の匂いを嗅ぐ。


風がそよぎ木々を揺らす。
鳥のさえずりが聴こえる。
夜には月に雲がかかり、ぼんやりとこの地上を照らす。


普段何気なく暮らし歩くこの星も、よくよく見てみれば不思議が溢れている。

そっと目を閉じて、呼吸に意識を集中した。


4日目~10日目(ヴィパッサナーメディテーション)

 
瞑想コース4日目からは、いよいよ本格的な瞑想を始める。


今からおよそ2500年以上前にインドで誕生した仏教は、お釈迦様の死後500年が経ったのち、大きく分けて二つの流れに分かれた。

 
西遊記で有名な才蔵法師が、天竺(インド)からありがたいお経を持ち帰り、中国に伝えた「大乗仏教」。
そしてミャンマー、スリランカ、タイなど、南の国々に伝わっていった「小乗仏教」。

 
ヴィパッサナーメディテーションは、そんな「小乗仏教」の流れを汲む瞑想法の一種だ。
(仏教の歴史は本当に長く複雑なので、ここでは簡単に触りだけ説明するに留めます)


4日目の朝、講堂に皆が集まり、いよいよヴィパッサナーメディテーションのレクチャーが始まる。

 
瞑想の基本的なやり方は最初の3日間と同じ。
でも観察の範囲が広がる。

 
目を閉じ、あぐらをかき、背筋を伸ばす。
意識を頭のてっぺん、ちょうどつむじのあたりに集中させる。

 
しっかりとつむじの感覚を捉えたら、今度は少しずつ意識を体の下の方へと下ろしていく、頭皮、耳、額、眉毛、まぶた、鼻、頬、唇、あご。
 
一つ一つの体のパーツに意識を集中させ、観察を続けていく。

 

顔の次は体。
喉、鎖骨、肩、二の腕、肘、腕、手、手の甲、指、そして反対側の腕。
 
 
胸、腹、下腹部、股間、太もも、膝、足、くるぶし、足の甲、指、反対側の足。
 
体の正面が終わったら、今度は背中を通って頭のてっぺんへと意識を戻していく。

 
意識が体を1周するのにかかる時間は、長ければ15分程度。
早い時は数分。
緩急つけながらひたすらに自分の体に意識を当て、観察を続けていく。

 ゴエンカ氏の説法がカセットテープから聞こえてくる。


「瞑想に慣れて来たら、体の表面だけでなく、体の内部にも意識を集中してみましょう。

 心臓の鼓動、空腹、喉の乾き、様々な現象が体の内側で起こっている事に気付く事でしょう。
 そして、さらに瞑想に慣れて来たならば、今度はあなたの心の動きを観察してみて下さい。

 退屈や、眠気、静けさ、自問自答、過去の思い出、後悔、雑念、欲望。様々な現象が心の内側でまき起こっている事でしょう。
 まるで嵐に揺れる小舟のように、あなたの心はあなたの中で渦巻いている。

 でも、そんな時こそ、こう考えてください。

 
 この体の感覚も、この心の動きも、自分自身という存在も。
 全ては移り変わる現象に過ぎない。

 風に実体が無いように、河の流れに実体が無いように、あなたという存在にも実体は無い。
 ただの移り変わっていく現象に過ぎないと」。

 

ゴーン…。
そうして瞑想の日々は続いていく。

 


1日2回の食事は実に質素だ。
 
もやしなどの豆類を発芽させたシンプルなサラダとチャパティー、そしてダルスープ(豆のスープ)。
 
午後に一杯だけ支給される甘いミルクティーが、一日の内の一番の贅沢。
午後から夜にかけの瞑想では、空腹と足の痛みに耐えながら、その日その日を乗り切る。
 
夜になれば何も考えず、ベッドに倒れ込み泥のように眠る。

 

1日、また1日と瞑想の日々は過ぎてゆく。

 
そうして迎えた最終日。
最後の瞑想が終わり、静かに鐘の音が鳴る。
口にこそ出さないが、会場全体から安堵感が伝わってくる。

 
上座に座った欧米人の師匠が優しく口を開いた。


「皆さん、10日間の瞑想、本当にお疲れ様でした。
 ここからは自由に体を伸ばし、会話を楽しんで頂いて結構です。

 せっかくなので外にお茶菓子を用意しました。
 皆さんの10日間の労をねぎらって、ささやかながらティーパーティーを楽しみましょう」。

 
 
そうして講堂の外の庭に出て、参加者同士、マサラチャイを片手に語り合った。

麗かな昼下がり。
10日間の会話禁止の反動か、皆一様に会話が弾んでいる。


「いや~、君が瞑想中ずっともじもじしていたの、僕は後ろからずっと見ていたよ」。

「あなたこそ、休憩中にこっそり庭で歌を口ずさんでいるの、私見てたわよ~」。

 
わいわい、がやがや。
和やかなティーパーティーは続く。

 
すると、遠くから私の事をじっと見つめる視線を感じた。

 
視線の元を辿ると、そこには身長190㎝に届くであろう大柄の男がでーんと立っている。
 
短く整った銀髪と蓄えた髭、そして青い瞳。歳の頃は40代ぐらいだろうか、なぜか日本のお坊さんが着るようの真っ黒な袈裟を羽織っている。

 

男はつかつかと私の前までやって来て立ち塞がった。
「おい、お前は日本人か」。
「そ、そうだ…」。

「俺はサーシャ、ロシア人だ。名前は?」
「…ユーキだ」。

 
男はじっと私のことを見つめた後、おもむろに口を開いた。


「そうか…、ユーキ。
 ハラショー。(良い)
 俺はお前に会う日を、今日という今日までずっと待っていた。

 さぁ、ぐずぐずするな。そのお茶を飲んだら出かけるぞ。
 俺と一緒に修行の旅に出よう」。





「は?

 …旅?
 …修行?

 えっと…、このデカいロシア人と…?」




10日間の修行の内容も全て吹き飛ぶほどの驚きの展開。
旅は今、風雲急を告げている。

→ブッダガヤ編③に続く



【チベット・インド旅行記】#40,ブッダガヤ③へはこちら!

【チベット・インド旅行記】#38,ブッダガヤ①へはこちら!



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