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月と陽のあいだに

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「あの山の向こうに、父さまの国がある」 二つの国のはざまに生まれた少女、白玲。 新しい居場所と生きる意味を求めて、今、険しい山道へ向かう。 遠い昔、大陸の東の小国で、懸命に生き…
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2023年1月の記事一覧

月と陽のあいだに 163

月と陽のあいだに 163

流転の章オラフ(2)

 オラフがサージと初めて会ったのは、ユイルハイの城下だった。白玲との縁談が破談になった後、オラフは故郷からユイルハイへ舞い戻った。城下の片隅に潜んでいたが、ある日、所持金を盗まれて宿に泊まれなくなった。行くあてもなく浮浪者の溜まり場に流れ着いた時、声をかけてきたのがサージだった。

「おいらの旦那が、オラフ・バンダルっていう男を探していなさるんだよ。見つけたら手助けしてやる

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月と陽のあいだに 162

月と陽のあいだに 162

流転の章オラフ(1)

 ユイルハイから南へ向かうと宿場がある。街道はここでナーリハイ領とカシャン領へ分岐する。そのため宿場は、行き交う人々でいつも賑わっていた。街なかには数件の商店と宿屋の他に、馬で旅する人のための宿駅もあった。宿駅を預かる親方のもとでは、数人の若者が馬の世話をしていた。

 オラフがここで働き始めたのは、今年の春。アラムの花の盛りだった。
 ある日ふらりとやってきて、働かせて欲

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月と陽のあいだに 161

月と陽のあいだに 161

流転の章妖精(4)

 白玲を見送った一行が、帰りかけた時だった。人混みの中で騒ぎが起こった。
 何かが割れる音がして、焦げ臭い匂いがしたと思うと、逃げろ、火を消せという怒号が飛び交い、人々が我先にと走り出した。
 ネイサンとアルシーは、衛士に守られてなんとか馬車まで逃れることができたが、何人もの受験者と見送りの人々が、巻き込まれて火傷やケガを負った。白玲も、あと少し到着が遅れていたら、巻き込まれ

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月と陽のあいだに 160

月と陽のあいだに 160

流転の章妖精(3)

 官試は二年に一度行われる。
 中央で官吏を志す者は、最初に各領で行われる領試を受ける。領試は数十倍の倍率の狭き門で、その成績上位者が二次試験に当たる会試を受ける。
 会試はユイルハイで行われる。受験者は三日間の試験が終わるまで、畳一枚ほどの広さの扉のない個室に入れられ、法律や歴史教養などの問題に回答しなければならない。この試験に合格すると外朝の官吏になる資格が与えられた。

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月と陽のあいだに 159

月と陽のあいだに 159

流転の章妖精(2)

 月神の教えを学び直していた白玲は、大神殿の図書館の閲覧許可をもらった。
 白玲が、いそいそと書架の間で目当ての本を探しているときだった。
「白玲殿下ではありませんか?」
 後ろから声をかけられて振り向くと、小柄な少女が杖をついて立っていた。見かけない姿に、白玲が小首を傾げると、少女の侍女が答えた。
「皇太子殿下のご息女のハクシン殿下でいらっしゃいます」
初めましてと挨拶する

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月と陽のあいだに 158

月と陽のあいだに 158

流転の章妖精(1)

 カシャンから戻った白玲は、月神殿を訪れた。皇后に代わり大巫女の座についたシノンと新任の大神官に詫びるためだった。
 久しぶりの白玲に、シノンは激しい怒りを露わにした。
「こともあろうに、月の神事の最中に姿をくらますなんて、どういう了見なのかしら。皆がどれほど迷惑したか、考えなくてもわかるでしょう。忙しい時に、あなたを探すために人手を割かれ、近衛からは警備の不備の責任を問われ

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月と陽のあいだに 157

月と陽のあいだに 157

流転の章カシャン(4)

 月の神事が終わりユイルハイからエレヤ夫人が戻ってくると、特訓が再開された。息が詰まる日々が戻ってきても、白玲はもうため息をつかなかった。今学んでいることが、この先宮廷で生きていく自分の鎧になる。そう思えば耐えることができた。

 やがて謹慎期間が過ぎ、白玲が月蛾宮に戻る日がきた。迎えにきたネイサンは、白玲を散歩に連れ出した。広い庭園を巡り、森に近い大きな池のほとりで二人

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月と陽のあいだに 156

月と陽のあいだに 156

流転の章カシャン(3)

 白玲がカシャンへ発った後、皇后は月神殿の大巫女の座を退き、シノンが跡を継いだ。若すぎると心配する声もあったが、シノンは堂々と大巫女の大役をこなした。そして新しく任命された大神官のもとで、月の神事の準備が始まった。
 白玲の一件で事実上の謹慎処分を受けた皇后は、かつての勢いを失い、公務に戻ってからも皇后府を訪れる人はまばらになった。そして、皇帝が白玲をどのように処遇するか

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月と陽のあいだに 155

月と陽のあいだに 155

流転の章カシャン(2)

「皇家にふさわしい器を作りましょう」
そう言って始まったエレヤ夫人の指導は、思いのほか厳しかった。白玲は貴州府陽神殿で十歳の時から行儀作法を仕込まれた。だから普通の娘に比べても、美しい立ち居振る舞いができた。しかしエレヤ夫人の要求は、それでは足りないほど高かった。白玲と同年代の侯爵家の二人の姫が、交代で手本を見せてくれるのだが、頭でわかっても、なかなか同じようにはできなか

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月と陽のあいだに 154

月と陽のあいだに 154

流転の章カシャン(1)

 カシャン侯爵領へ通じる街道は、ユイルハイの城門を出ると南へ向かい、湖に流れ込むハリ川を渡ったところで南西へ向きを変える。
 月蛾宮を出発して二日目、なだらかな丘と平原が続く皇帝領を走り抜けると、馬車はカシャン領に入った。暗紫山脈が近づき、窓の外に広がる田の景色が畑や牧場に変わっていった。
 カシャン領はルーン川とハリ川に挟まれた土地で、月蛾国屈指の農産物の供給地だ。かつ

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月と陽のあいだに 153

月と陽のあいだに 153

流転の章帰還(3)

 約束の十日後、ネイサンはタルスイへ戻ってきた。港で白玲たちを待っていたのは、船体の細いひときわ優美な船だった。
 乗船した白玲は、甲板に立って首に下げていた細い紐を外すと、岸壁で見送るヤズドに向けて大きく振った。紐の先で銀色の小さな光がくるくる回った。いつかヤズドからもらった笛だった。白玲は笛を唇に当てると、思い切り息を吹き込んだ。ピーッと鋭い音が響き、それを合図にしたかの

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月と陽のあいだに 152

月と陽のあいだに 152

流転の章帰還(2)

 白玲が黙ったままじっと座っていると、思い出したようにネイサンが言った。
「待っていると言えば、トカイがそなたの手紙をずっと待っている。そなたのおかしな質問がないと、読書会が盛り上がらない。ヤンジャもカロンも真面目すぎてちっとも面白くないのだよ。あの下手字の手紙が懐かしい。もう一年も見ていない」
 まんまるな目をして、白玲がネイサンを見つめた。
「戻っておいで。私が官試の勉強

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月と陽のあいだに 151

月と陽のあいだに 151

流転の章帰還(1)

「今日は大切なお客人があるから、私が帰るまで待っていて欲しい」
 御霊祭りの数日後、白玲はヤズドからそう告げられた。承知いたしましたと返事をして、ヤズドの仕事部屋を整え、茶菓の支度をして待っていた。しかし夕方、店方の仕事が終わって使用人たちが帰ってしまっても、ヤズドはなかなか戻ってこなかった。
 あたりがすっかり暗くなった頃、「どうぞこちらへ」というヤズドの声がして、部屋の扉

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月と陽のあいだに 150

月と陽のあいだに 150

流転の章タルスイ(8)

 タルスイの川沿いにはアラムの並木があって、花の季節には多くの人がその下で宴を開く。
 その日、仕事を終えたヤズドは、白玲を連れて店の従業員とルーン川の岸べに繰り出した。夕暮れの薄闇が降りてると、あちこちに松明やぼんぼりの灯りが点り、持ち寄った酒や料理を囲んで楽しい宴になった。ヤズドと大番頭の隣で酒や料理を取り分けながら、白玲は去年の春のネイサン邸の宴を思い出した。あの時

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