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月と陽のあいだに 150

流転の章

タルスイ(8)

 タルスイの川沿いにはアラムの並木があって、花の季節には多くの人がその下で宴を開く。
 その日、仕事を終えたヤズドは、白玲を連れて店の従業員とルーン川の岸べに繰り出した。夕暮れの薄闇が降りてると、あちこちに松明やぼんぼりの灯りが点り、持ち寄った酒や料理を囲んで楽しい宴になった。ヤズドと大番頭の隣で酒や料理を取り分けながら、白玲は去年の春のネイサン邸の宴を思い出した。あの時は、こんな暮らしをするとは思いもしなかった。

 白玲がぼんやりしていると、ひらりひらりと舞い落ちる花びらを捕まえていたヤズドが、急に立ち上がった。
「みんな聞いてくれ。うちの店はまだまだ小さいが、今にルーン川全域に商圏を広げる。そうして大型船を造って氷海航路を拓き、いつか輝陽国や西の国とも交易をしよう。みんな、気張って働いてくれよ」
 ほろ酔い加減のヤズドが盃を挙げた。店の仲間たちも声を合わせて乾杯した。
「サエは輝陽国の生まれだろう? 船が出来たら、一緒に輝陽国へ商談に連れて行ってやる。そうしたら、故郷の身内に会いに行くといい」
 ヤズドの盃に酒を注ぎ、白玲も盃を挙げると微笑んだ。
「輝陽国には、もう身内はいません。でも私は輝陽語が使えます。手紙や契約書をいっぱい書きますから、お給金を上げてくださいね」
 そいつは景気がいいねえと、大番頭が白玲の肩をたたいた。もちろんだと、ヤズドが笑った。

 アラムの季節が過ぎて短い雨季が終わると、夏が駆け足でやってきた。
 御霊祭りの日、帰る家のない白玲は、花屋で一抱えの花を買ってルーン川に流した。白村に眠る母と婆様、ユイルハイに眠る父とコヘルのために。
 今はまだ、この国に来て良かったのかどうかわからない。それでも、目の前の自分にできることをしていけば、きっと道は開けるだろう。今の白玲には、そう信じて暮らすことしかできなかった。

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