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月と陽のあいだに 157

流転の章

カシャン(4)

 月の神事が終わりユイルハイからエレヤ夫人が戻ってくると、特訓が再開された。息が詰まる日々が戻ってきても、白玲はもうため息をつかなかった。今学んでいることが、この先宮廷で生きていく自分の鎧になる。そう思えば耐えることができた。

 やがて謹慎期間が過ぎ、白玲が月蛾宮に戻る日がきた。迎えにきたネイサンは、白玲を散歩に連れ出した。広い庭園を巡り、森に近い大きな池のほとりで二人は馬を休めた。
「ここは私の大好きな場所で、コヘル様の日記を持ってよく来ました」
白玲は、水面に揺れる陽の光に目を細めた。
「私の母は、この池のほとりで亡くなったのだよ」
えっと見上げた白玲に、ネイサンは池の向こうの森を見つめたまま言った。
「母は、生まれた時から皇妃になるように定められた娘だった。従順で優しかったから、宮廷のいわれない悪意に耐えきれなくなった時、自分を消すことしかできなかったのだ。 
 だが、そなたは違う。そなたが道を外れない限り、陛下も伯母上もタミアも皆そなたの味方だ。私は後見役だから、何があってもそなたを守る。
 困った時は相談するのだよ。そしてどうしても無理な時は、また逃げればいい。生きてさえいれば、謝ることも挽回することもいくらでもできる。だからけっして死んではいけないよ」
 ネイサンが白玲の手をそっと握った。白玲はその手をぎゅっと握り返した。
「私、もう逃げません。でももし逃げたくなったら、またこうして手を繋いでくださいますか? そうしたら私、きっと戦えます」
 いいよと答えたネイサンの袖を揺らして、初冬の風が吹き過ぎていった。

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