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月と陽のあいだに 163

流転の章

オラフ(2)

 オラフがサージと初めて会ったのは、ユイルハイの城下だった。白玲との縁談が破談になった後、オラフは故郷からユイルハイへ舞い戻った。城下の片隅に潜んでいたが、ある日、所持金を盗まれて宿に泊まれなくなった。行くあてもなく浮浪者の溜まり場に流れ着いた時、声をかけてきたのがサージだった。

「おいらの旦那が、オラフ・バンダルっていう男を探していなさるんだよ。見つけたら手助けしてやるように言われてる」
「あなたは一体何者なんですか?」
オラフは思わず後ずさった。
「おいらは間者の下請けみたいなもんだ」
サージは下卑た笑いを貼り付けた顔で、オラフにささやいた。
「あんた、黒髪の殿下に恥をかかされて、家にもいられなくなったんだろ。仕返しに、黒髪の殿下を傷つけるってのはどうだい?」

 それまでオラフは、白玲に腹を立ててはいたが、具体的に何かをしようとは思っていなかった。だがサージの言葉で、自分の恨みを晴らすには、白玲を傷つけるしかないと思ってしまった。一度思い込むと、それは元からそこにあったように心の中に居座って、もはや消すことはできなくなった。
「今の旦那は、闇の御方にお仕えしている間者だ。おいらはその旦那に雇われて、城下や領内のあちこちの情報を集めては報告する役どころだな。今はそのお方の命令で、オラフ・バンダルという若者の仕返しを手伝うのが仕事だ」
 どうするね、と言われて、オラフは思わず頷いてしまった。

「そうと決まったら、こいつを持っていきな。旦那からだ」
 サージは、オラフの懐に重みのある巾着をねじ込んだ。
「先立つものがなきゃあ、仕返しもできねえだろ。また何か分かったら知らせてやるよ。それまでここに居候してな」
 それからオラフは、サージが教えてくれた安宿を根城に、日雇い仕事をしながら、白玲に仕返しする機会を待つことになった。

 次にサージに会ったのは、月の神事が終わった直後だった。宿を訪ねてきて、白玲が宮から失踪したことを伝えた。
「異国から来て、土地勘もないんだ。ユイルハイの城下のどっかにいるんだろうさ。今おいらの仲間が当たってるから、じきに見つかるだろう。そしたら、あんたに教えてやる。あとは好きにやるがいいさ」
「なんで私なんかの仕返しに、こんなに力を貸してくださるんですか?」
 オラフがたずねると、サージはニヤリと笑った。
「闇の御方は、黒髪の殿下が宮へ帰ってこなければ好都合なんだそうだ。どうして、とか考えるなよ。おいらたちみたいなもんは、知らない方がいいのさ」
 オラフは、黙って頷いた。
 数日後、サージは言葉通りに白玲の居場所を見つけてきた。皇帝の放った間者には見つからないように、工作してあると付け加えた。
 オラフは教えられた料理屋の勝手口で待ち伏せした。いよいよ白玲を連れ出そうとした時、客の男に見つかって失敗し、そのまま再び姿をくらましたのだった。

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