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月と陽のあいだに 159

流転の章

妖精(2)

 月神の教えを学び直していた白玲は、大神殿の図書館の閲覧許可をもらった。
 白玲が、いそいそと書架の間で目当ての本を探しているときだった。
「白玲殿下ではありませんか?」
 後ろから声をかけられて振り向くと、小柄な少女が杖をついて立っていた。見かけない姿に、白玲が小首を傾げると、少女の侍女が答えた。
「皇太子殿下のご息女のハクシン殿下でいらっしゃいます」
初めましてと挨拶すると、ハクシンも同じように挨拶を返した。

 ハクシンは美しい少女だった。色白な小さい顔を明るい鳶色の髪がふちどり、長いまつ毛の下の瞳は髪より少し濃い鳶色だった。華奢な体を杖で支えて、空いた手には厚い書物を抱えていた。
「何かお探しの本がありますか?」
ハクシンの問いに、白玲が書名を言うと、すぐに頷いて歩き出した。
 いくつか書架を過ぎたところで、ハクシンが立ち止まり棚を指差した。その指の先には、白玲が探していた本があった。
 白玲が感心して礼を言うと
「小さい頃から体が弱くて、本を読むことしか楽しみがなかったから、図書館が遊び場だったのです。どこにどんな本があるか、すっかり覚えてしまいました」
そう言って、ハクシンは花の蕾がほどけるように笑った。
「今度はゆっくり好きな本のお話をいたしましょう」
ハクシンは軽く膝を折ると、侍女に支えられて図書館の奥へ消えていった。

「今日、図書館で妖精にあったの」
宮へ帰るなり、白玲は興奮気味にニナとアルシーに報告した。ハクシンは宮中の行事に滅多に出席しないので、二人も会ったことはない。ただ「美しい夜」という名の通り、神秘的な美少女だという噂だけが流れていた。
「本当にきれいな子だったわ。本が好きで、図書館のことは何でも知っていそうだった」
今度はいつ会えるだろうと、白玲は図書館へ行く日を心待ちにするようになった。

 新しい年が明けた。
 新年の行事が一段落した頃、白玲はハクシンに再会した。久しぶりに図書館を訪れると、ハクシンは何冊もの本を膝に置いて、閲覧室の窓辺の椅子に腰掛けていた。
 二人は挨拶もそこそこに、好きな本や読みたい本のことを熱心に話し合った。
 ハクシンは驚くほどたくさんの本を読んでいて、白玲はハクシンの記憶力の良さと理解力に舌を巻いた。こんなに頭の良い子には、久しぶりに会ったと、嬉しくなった。
 白玲が帰ろうと挨拶すると、ハクシンがたずねた。
「白玲は、官試を受けるの?」
白玲は照れくさそうにうなずいた。
「私もあなたくらい賢かったら、胸を張っていえるのだけれど、勉強が難しくて。でも、したいことがあるので頑張っています」
きっと大丈夫よ、とハクシンが微笑んだ。二人は笑顔で手を振って別れた。

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