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恋焦がれたPS2

幼い頃の僕にとって、家電量販店は遊園地や水族館よりも胸を躍らせる場所だった。
そこでは、当時喉から手が出て鼻から足が出て耳から内臓が出るほど欲しかったプレイステーション2が体験できたのだ。

サンタクロースにプレイステーション2をお願いをしていた2002年12月24日の夜は気もそぞろで寝付けずに何度も起き上がると、「寝えへん子にはサンタさん来やんで」と母親に言われて、それはまずいと掛け布団の中に潜り込んだ。
朝目覚めて枕元にあったリボンのついた袋をワクワクしながら開けると、中に入っていたのは欲しいとも言ったことが無いジブリの「耳をすませば」のDVDだった。
リビングにいる母親に、「これじゃない。こんなん頼んでない」と泣きながら訴えると、「サンタさんは何でもかんでもくれる訳じゃないんやなぁ」と煙草の煙をゆっくりと吐き出して答えた。
サンタクロースに願いが届かなかったことを僕は簡単には受け入れられなかった。
拗ねてしまった僕は不貞腐れて朝ごはんを食べず、母親に叱られてまた拗ねたのだが、その後仕方なしに観た「耳をすませば」に夢中になったのだった。
しかし、それとこれとはまた別の問題でプレイステーション2への烈火の如き希求が鎮まることは無かった。

そんなこともあり、家電量販店でそれを体験する時間はまさに夢のような時間だった。
これが家にあれば…。
サルゲッチュ2が毎日出来ればどんなに楽しいか…。
そんなことを考えながら、無料体験の10分間を1秒も無駄にしない覚悟で挑むのだ。
追いかけても全く届かない片思いなら諦めもついたのかもしれないが、無料体験という思わせ振りな態度のせいで、また恋心が燃え上がる。
そして無料体験を終えた後は決まって、運転している母親に恐る恐る尋ねた。
「プレステ2って買ってくれへんよな?」
母親の答えはいつも同じだった。
「勉強頑張ったら、いつか買うたるわ」
僕はいじけて返す。
「いつかって、いつなん?」
母親は僕の頭に手を乗せて答える。
「いつかは、いつかや」
僕は母親の手を払い除け、もう一度尋ねる。
「それがいつなん?」
その言葉は、いつも煙草の煙に巻かれて窓の外に消えていくのだった。

今でも、「耳をすませば」事件のおかげで高橋一生の声を聞くと、この頃の苦い記憶が蘇ってくる。
果たして、今の僕にはかつてのハングリー精神は残っているのだろうか。
これ程までに切実な想いに駆られることはあるのだろうか。
大人になるということは、諦める事に慣れてしまうことなのかもしれない。
年々、何かを諦める判断の速度が上がっている気がする。
幼い頃から諦めることを覚えさせるのは、ある意味では良い教育なのでは…
なんて思ったりもするが、しかし、やっぱりクリスマスには子供達の切望するプレゼントがきちんと届いていればいいな。

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