アブラゼミと夏
見上げれば青
浮かぶ白
風に揺れる緑
木々にとまり鳴き交わす蝉たちの声
否が応でも夏になれば
聞かざるおえない夏のBGM
今ふと目の前の木を見上げると
手をちょっと伸ばせば届きそうな位置に
一匹のアブラゼミ
茶色の羽と黒い胴体
馴染み深い色艶形
球体状のつぶらな瞳は
果たして何をみてるのだろう
子どもの頃はアブラゼミを見つけたら
必ず網を振り回しては捕まえていた僕も
今やすっかり大人になってしまった
虫取りだなんて無縁の日々を過ごしている
今の僕を子どもの頃の僕が見たら
あぁなんてつまらない大人に
なってしまったんだとがっくり
されてしまうだろうなあ
子どもの頃の僕と今の僕、、
アブラゼミ一匹で隔たれた
悲しき時の変わり様に
どうするべきかと問われたら
そりゃ答えは簡単で
とりあえず幼き日に味わった
感覚を再び味わってみたらよいのだという事
だが実際に網もなくアブラゼミを捕まえるって
なかなかに難しいのだが今僕の目の前で
一心不乱に鳴きまくっている
アブラゼミは幸か不幸かどうやら僕の事に
全然気づいていない様子だった
ただひたすらじぃーくじぃーくと叫んでいる
僕は息を殺して足音を忍ばせながら
木と僕との距離を縮めていった
人差し指と親指をさすまたのような形にして
アブラゼミに勘付かれない様に背後から
ゆっくりと近づけていく
胴体と頭の境目にある
羽の付け根に狙い目を決める
人差し指と親指が夏のムワッとする空気を
掻き回さないように慎重にゆっくり
そろりそろりと近づけていく
アブラゼミを射程圏内に捉えた
息を止めた
自分でも緊張してるのがわかる
ドキドキしていたがもうやるしかない
逃げられたらそれまでだ
もはやいつ気づかれても
おかしくないぐらいの距離なのだ
一気にいくしかない
僕は覚悟を決めた
ぐわっと指を伸ばした
アブラゼミはじっと鳴いたが
僕の指は胴体を捉えていた
木の幹に押し付けられた
アブラゼミは逃げられずに指の隙間で
じたばたもがいていた
あぁ良かった
危ないところだった
逃げられるところだった
懐かしい感覚だった
と、同時に新しい感覚もあった
小さな体には確かな生きる力が
備わっていてそれが僕の指から
全身に伝わってきた
生きる為に必死なアブラゼミが
僕の手の中で確かに存在していたのだ
子どもの頃の僕には感じられなかった
生き物の持つ確かな力強さを
大人になった事で
気づけたのだと子どもの頃の僕が知ったら
なにを思うだろうか
鼻で笑うかな
それとも興味津々で
どんな感じだったかいろいろ聞いてくるかな
一匹の小さなアブラゼミから
懐かしくも新鮮な感覚を
いっぱい味わう事ができた
指を開けば慌てて羽を動かして
飛んでいってしまったアブラゼミ
青空の向こうに飛んでいってしまった
短くも太い命を燃やしきる為に
またどこかの木にとまっては
鳴き叫びまくるんだろうな
僕の手に残された夏の余韻が
まだ微かに震えていた
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