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聚楽園の大仏様

奈良の大仏様にも会えた

鎌倉の大仏様にも会えた

だけどまだ地元の大仏様には会っていない

地元にも大仏様がいるんだよと

教えてもらってからずっと気になっていた

愛知県は東海市

聚楽園と呼ばれる公園に

その大仏様はいるのだと教えてもらった

その大仏様は日本で最初に造られた

鉄筋コンクリート製の大仏様で

昭和2年に岐阜出身の名古屋の

実業家山田才吉という人の手によって

建立されたのだそうだ

近くに名鉄常滑線が走り

電車の中や駅のホームからでも

大仏様を見ることができる

その日は平日で朝から雨が降っていたから

うっそうとした樹木が生い茂る聚楽園の園内は

薄暗く少し肌寒いくらいだった

見上げれば複雑に入り組んだ枝葉の隙間から

雨空が覗き見えた

ポツポツと雨が降っていた

歩道は濡れて落ち葉が散乱して

滑りやすくなっていた

冷たい雨粒が枝葉の隙間をぬって落ちてくる

落ち葉や苔でも踏んで滑って転ばないように

慎重に僕は歩いていった

やがて目の前に石段が現れた

あまり整備も行き届いていない

ところどころ歪んだりかけたりして

ガタガタな石段だった

視線を石段の下からゆっくりと

上の方に動かしていくと

じっと何やらこちらを見ているものがいる

なんだ、あれは?と

目を凝らしてよく見ると

それは間違いなく

大仏様の顔だった

大きな茶色の顔だ

こちらを見ている聚楽園大仏様

いやはやでかいな

まだ大仏様の全貌すらも見ていないのに

顔のデカさから(失礼だな)

察するにかなり大きさだと推測できた

石段をゆっくり慎重に登っていく

頭の上を覆っていたうっそうとした樹木が

途切れてようやく開けた場所にでた

厳かに座禅を組んだ

聚楽園の大仏様が目の前にいた

これまで何十年と渡って

この俗世を見守ってくれていたのだ

ようやくご尊顔を拝む事ができた

薄く伏せた眼差しに鼻の下のヒゲ

ふくみみや螺髪の細部に渡るまで

職人たちが心血を注いで

作り上げた聚楽園の大仏様がそこにはいた

厳かな佇まいだった

僕は静かに手を合わせた

小雨が降っていたから傘を手に持ちながら

だったけれど僕は静かに手を合わせた

何かを願うには

その時の僕は少し疲れていた

ゆっくり休みたかった

穏やかな日常を過ごしたかった

心の中で僕はそんな事を願った

大仏様はただただ静かに

じっと目を伏せて何も言わない

大仏から反対側に

視線を動かすと

眼下には名鉄の線路と

日本製鉄の工場群が見渡せた


景色一面に広がる工場の建物

煙突から白くもくもくたなびく

煙が雨空と相まって幻想的に見えた

名古屋港を横断する名港トリトリの橋の姿も

聚楽園の大仏様のもとからは見る事ができた

生き物のように低い唸り声をあげる工場の

あちらこちら

何百何千と言う人々が

あそこで働いているんだなあ

大仏様はどんな気持ちで

この風景を見続けてきたんだろうか

考えたってきりがない

悩んだってキリがない

どこかで割り切らなければやってはいけない

うっそうとした樹木に囲まれて

景色の大半を埋め尽くす工場群や走る電車を

毎日毎日飽きもせずに繰り返し繰り返し

眺める同じ風景、、

雨の日も晴れの日も見続けなければいけない

のは辛くはないのだろうか

悟らなければ耐えられないかもしれない

小さく息を吐いて僕は大仏様にお辞儀をして

帰ろうとした時にふとあるものが目にはいり

足が止まった

茂みの片隅で咲いていた紫陽花の花だ

淡い紫の花弁が可愛らしい球体状の塊を

形作っていた

あぁ変わらぬ景色の中にたまに出会える

こうした儚くてささやかでも確かな綺麗なもの

やるせない毎日でもつまらない毎日でも

ささやかな幸せが心を温めてくれる事もある

捨てたものじゃないよと

告げてもらっているかのようだった

げんに紫陽花の花の綺麗さによって

心が少し軽くなった気がした

どんな未来にしろまだもう少しだけ

頑張ってみようと思うことができた

紫陽花の花咲く六月の雨空の下

大仏様に見送られるようにして

僕は聚楽園をあとにした

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