連載:「視野を広げる新書」【第15回】『高学歴難民』
2023年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。
現在、毎月100冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの教養が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!
博士課程難民・法曹難民・海外留学帰国難民
ミシガン大学大学院に留学していた頃、同期で最も優秀だった院生がジム・ジョイスである。彼は私と同じように学部で数学と哲学を専攻し、10年かけて哲学博士号を取得して、現在はミシガン大学の哲学・統計学の教授になっている。
ミシガンで哲学博士号を取得するためには、11のプログラム・ユニットを完結し、6つの専門分野試験に合格して、博士論文を完成させ、5人の権威者で構成される学位審査試問に合格しなければならない。順調でも8年はかかるカリキュラムである。私が在籍していた当時、博士号取得者の平均年齢は32歳だった。
私は博士課程修了前の28歳で日本に開校したばかりのアメリカの州立大学に就職した。ジムや私のように大学に就職した院生は同期の半数以下にすぎず、他は政府機関や企業に就職した。「世界一の哲学者になる」と大言壮語していたハーバード大学出身の院生は、なぜかマクドナルドに就職した。プリンストン大学で博士号を取得した新進気鋭のポスドクは、ミシガンで意思決定論を研究していたが、それが嵩じてか、今ではラスベガスのカジノ・ディーラーである。
そもそも「人生、一寸先は闇」であり、アメリカであろうと日本であろうと、高学歴であろうと低学歴であろうと、人生で成功するか否か、幸福になるか否かは、多分に偶然(いわゆる「運」)の要因に左右される。したがって、ことさらに「高学歴難民」をピックアップする発想には少し違和感も覚えるが、高学歴者を活かしきれない日本社会に対して、本書の問題提起は非常に重要である。
本書の「序章:犯罪者になった高学歴難民」には、振り込め詐欺に加担した30代男性、万引き依存症の30代女性、ネットで脅迫を繰り返した20代男性、ストーカーになった30代女性、子供への強制猥褻罪で逮捕された40代男性が登場する。どれも現代の日本では、ありふれた犯罪者だが、なぜ彼らが「高学歴であるにもかかわらず」犯罪に手を染めたのか、その経緯が浮かび上がる。
「第1章:博士課程難民」ではセックスワーク兼業で生きるポスドク30代女性、無職・借金1000万円の博士課程中退者、「第2章:法曹難民」では司法試験不合格から「ヒモ」で生きる20代男性、タクシー運転手の30代男性、「第3章:海外留学帰国難民」では日本に馴染めない50代女性、月収10万円のNGO職員の40代男性など、こちらも高学歴難民たちの悲惨な具体例の描写が続く。
「第4章:難民生活を支える『家族の告白』」には2000万円の教育投資が活かされず無職の30代息子を抱える60代女性、就職に失敗して苛立ちを妻にぶつける夫を抱える30代女性など、高学歴難民の犠牲になる家族が登場する。最後の「第5章:高学歴難民が孤立する構造」で、自己責任、厳しい就職事情、なぜ高学歴を求めるのかといった本質的な難問が提起されて、本書は終わる。
本書で最も驚かされたのは、「MBA: Master of Business Administration」(経営学修士)を「M(みじめ)B(ぶざま)A(あわれ)」と揶揄する言葉である。アメリカでは、難関のペンシルベニア大学ウォートン・スクール、ハーバード大学ビジネススクール、スタンフォード大学ビジネススクールなどのMBA取得者は、企業経営のエリートと認知されて一流企業に高給で就職し、入社当初から責任ある仕事を任され、卒業生ネットワークは世界に広がる。その学位が皮肉られるとは、MBA取得者の人格によほどの問題がある場合も考えられるが、異質な個性を認めない日本の「不寛容」な職場環境も改善すべきではないか?
本書のハイライト
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