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連載:「新書こそが教養!」【第94回】『ウィーン・フィルの哲学』

2020年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?

★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

現在、毎月200冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの「教養」が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!

ウィーン・フィルの自主運営

ミシガン大学に留学していた頃、マリアというベネズエラからの留学生がいた。美学専攻でヨーロッパ系の端正な顔立ちである。ベネズエラといえばラテンアメリカの国なので「もちろんジャズやボサノバが好きだよね」と聞くと、「私はどちらかというとクラシックが好き」と言われて驚いたことがある。

ベネズエラでは、後に文化大臣となるホセ・アブレウが1975年に「エル・システマ(El Sistema)」と呼ばれる音楽教育システムを創始した。彼は「音楽こそが人間にとって最も重要な価値と調和、相互の思いやりをもたらす」という理念のもとに「音楽の社会運動」を実践した。政府が無料で児童に楽器を提供し、しかも無料でレッスンを受けられるようにしたのである。その後、非行に走る貧困層児童は大幅に減少し、クラシックが国民の教養となった!

マリアも「エル・システマ」のおかげで幼少期からピアノとヴァイオリンのレッスンを受け、フルートも吹けるようになったという。殺伐とした日本の画一化児童教育と比べて、なんと優雅で魅力的なシステムだろう。このシステムが天才指揮者グスターボ・ドゥダメルを生み出したことも、後で知った。

2014年9月25日、ドゥダメル指揮によるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の「ツァラツストラはかく語りき」をサントリーホールで聴いた。彼の指揮棒から、壮大で華麗に響き渡る音楽が劇的に生まれる。来日時の彼は若齢33歳だが、「世界最高峰」のウィーン・フィルと完全に調和していた!

本書の著者・渋谷ゆう子氏は1974年生まれ。大妻女子大学文学部卒業後、クラシック音楽の音源制作やコンサート企画運営を展開。現在は株式会社ノモス代表取締役・音楽プロデューサー。ウィーン・フィル密着取材も続ける。

さて、ウィーン・フィルといえば、多くの読者に思い浮かぶのは「ニューイヤーコンサート」ではないか。このコンサートの中継は毎年ウィーンの元旦11時、時差のある日本では19時から始まり、全世界で5000万人以上が視聴する。ウィーン学友協会の「黄金の間」で開催されるチケットは2000席の抽選に対して世界中から申し込みが殺到し、当選確率は数万分の一という。

本書で最も驚かされたのは、1842年の設立以来、ウィーン・フィルが一貫してオーケストラの演奏家たち自身によって自主的に運営されているという事実だ。ウィーン・フィルの最高意思決定機関は147名の演奏家を正会員とする総会であり、そこで収益を配分し、コンサートごとに指揮者を選ぶ。政府や企業の経営母体を持たず、常任指揮者も置かず、オーケストラの演奏家たちが民主的に自由な意思決定を下している。なぜそんなことができるのか?

実は、ウィーン・フィルの演奏家は全員がウィーン国立歌劇場管弦楽団に所属し、オペラ演奏によって安定収入を得ている。本業のオペラに支障がないように綿密な年間計画を立てて、ウィーン・フィルとしてコンサート活動を行っているわけである。本書には、第1次大戦と第2次大戦、それにコロナ・パンデミックの危機を乗り越えたフィルの「底力」が詳細に分析されている。

2020年1月には作曲家ジョン・ウィリアムズを指揮者に招き、彼の映画音楽のみでコンサートを実施した。柔軟に「スター・ウォーズ」を演奏する「しなやかさ」が、ウィーン・フィルの「哲学」を象徴しているように思える。

本書のハイライト

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。その180年に及ぶ時間の中で、偉大な作曲家や指揮者と積み重ねてきた歴史と伝統を守らなければならないという強い責任感と意志、そして変わりゆく時代に対応するしなやかさを、パンデミック下の3年間追い続けた私の言葉で、ここに残しておきたいと思う。この時代にウィーン・フィルがどのように困難を越えて存続しようとしていたか、その苦労に共感いただければ幸いである。(pp. 209-210)

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