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連載:「視野を広げる新書」【第43回】『イランの地下世界』

2023年10月1日より、「note光文社新書」で連載を開始した。その目的は、次のようなものである。

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?

★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

現在、毎月100冊以上の「新書」が発行されているが、玉石混交の「新刊」の中から、何を選べばよいのか? どれがおもしろいのか? どの新書を読めば、しっかりと自分の頭で考えて自力で判断するだけの教養が身に付くのか? 厳選に厳選を重ねて紹介していくつもりである。乞うご期待!

腐敗した政権下における庶民の生活

アメリカに留学していた頃、イラン人留学生のパーティに招かれたことがある。白亜の豪邸で、高価なペルシャ絨毯が敷かれた部屋には、シャンデリアの下にアンティーク家具が無造作に並べられ、食事は一流レストランから運ばれてくるケータリングで、ボーイが飲み物を注ぐ贅沢なパーティである。イラン革命後、パーレビ国王と多くの側近がアメリカに亡命したが、この留学生は大臣クラスの亡命者の長男だった。完全にアメリカナイズされた服装で、とてもイスラム教徒には見えない。彼は、二度と母国には戻らないと淡々と話していた。

第2次世界大戦後、イランの「皇帝(シャー)」モハンマド・レザー・シャー・パフラヴィー(通称「パーレビ国王」)は、王による革命を意味する「白色革命」を推進した。彼は、イランの国営企業を民営化して近代工業化させ、地主の土地を買い上げて農民に与える農地改革を行い、教育の振興を掲げて即位時に5%にすぎなかった国民の識字率を50%にまで向上させた。さらに一夫一妻制を導入し、女性の選挙権・被選挙権を認め、ヒジャーブ着用を禁止して「女性解放」を行った。彼の「白色革命」によって、イランは高度経済成長を遂げた。

もともと世界の富裕層の子弟だけが入学できるスイスの私立学校「ル・ロゼ」に留学経験のあるパーレビ国王は、後のCIA長官・リチャード・ヘルムズをはじめ、欧米諸国の多くの指導者と関係が深かった。英語とフランス語を流暢に話し、世界的に有名な自動車コレクションを保有するスポーツカー・マニアとしても知られ、皇帝専用飛行機を自分で操縦して親欧米諸国を飛び回った。

その一方でパーレビ国王は「サヴァク(SAVAK)」と呼ばれる秘密警察を中心とする治安維持組織を強化し、反体制勢力やイスラム過激派を徹底的に取り締まった。ところが1970年代のオイルショックでイラン経済が停滞すると、彼の急進的な独裁政治は国民の反感に晒された。そして1979年、パリに亡命していたイスラム指導者アーヤトッラー・ルーホッラー・ホメイニー(通称「ホメイニ師」)が帰国してイラン革命を起こし、「イラン・イスラム共和国」を樹立した。

日本は「政教分離の民主主義国家」であり、イランは「政教一致の独裁国家」である。ただし、もちろん物事には「本音と建前」があり、実際の庶民の生活を国家の枠組みだけで短絡的に捉えることはできない。本書が暴く「イランの地下世界」には、イスラム教を棄教する人々や国外に脱出しようとする人々、さらに禁制品の酒やマリファナやアヘンを密売する「イスラム・ヤクザ」が登場する。その人間性の深層そのものは、日本人もイラン人も何ら変わりがない。

本書で最も驚かされたのは、現在のイランで「美容整形」が大流行しているという指摘である。実は私も医学部のイラン人留学生から、イランの女性は鼻が高すぎるので、鼻骨を削って鼻を低くする美容整形があるという話を聞いたことがある。ただし、その手術費用は先進国並みで、イラン人の平均年収に相当するため、美容整形できるのは非常に裕福な家庭の女性に限られるはずである。

そこで、実際には整形していないにもかかわらず、鼻にガーゼを貼って整形後のように見せかける若い女性のファッションが流行していると聞いた。冗談かと思ってネットで調べてみたところ、本当に鼻にガーゼを付けた若いイラン人女性の画像がたくさん出てきてビックリしたことがある。本書によれば、今は鼻だけではなく顔のリフトアップや豊胸も流行し、子どもが美容整形を受けているという。腐敗した政権下で庶民が何に向かうのか、改めて考えさせられる。

本書のハイライト

この国に生きる人々、すなわちイラン人という存在にはひとかたならぬ魅力を感じている。なぜといって、世界広しといえども彼らほどわかりにくく、矛盾に満ち、小悪魔のように様々な表情を見せながら私を振り回す人々はほかにいないからだ。いかにもムスリムらしく見えて、イスラム嫌い。一見、陽気なようで陰気であり、自信家と思いきやコンプレックスの塊であるイラン人。「はっきりせんかい!」と心の中でツッコミを入れながら、なんとかそこに法則や一貫性のようなものを見出すべく、私は彼らとがっぷり四つで向き合ってきた。その一応の成果が本書である。(p. 270)

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高橋昌一郎
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