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「ラバーソウル」3|SF短編小説に挑む#3

エピローグ↓(読んでいない方はこちらから)


愛すべき主人公と幸福な社会の隔たり②

男の名は高橋、この世界では落ちこぼれである。
というのも、彼には感情が無いとされているからだ。
なぜなら、彼からは感情の意思から生まれる「意子いし」が観測できないからであり、それは社会にとって感情の損失を意味していた。

ある革命の話をしよう。

今から三十年前のことである。
新しい粒子である「意子」が発見された。それは電子や光子などと同じ、波と粒子の性質を持つ素粒子(量子)であった。

生き物のほとんどには感情(気持ち)があり、感情は本能としての行動の基盤とされている。”行動”という行為には、何かをしようとする思い、つまり「意思」が伴う。それは生物の特性である。

人類は感情の変化が最も大きい生物であった。
感情の変化は情動としての「意思」であり、「意思」は外部への伝達手段を一番の目的として生み出されている。人は、悲しいときには誰かに慰めてもらいたい、嬉しいときには喜びを分かち合いたい、いかれるときには憤りをぶつけたい、など他者との結びつきを強く求める生き物なのである。

その思いは力学的に強く、人類は感情の変化により特定の素粒子を発生することが分かった。それをアメリカの研究者が意子ヒューマリティと名付けた。
アメリカの研究者は人間の感情を観察していくうえで、一つの論文を書いた。その論名は、
「”人間”の情動による意思プロセス過程における特定粒子の発生」

論文によると、「意子」は以下のような発生システムを持つ。

”内部・外部からの刺激→感情の変化→意思プロセス→「意子」発生”

Wikipedia 2070

研究者によると、「意子ヒューマリティ」は量子の性質を持ち、この世界の人類が懸命に体系づけた新量子力学で解明することが可能であった。
新量子力学によると、その粒子は「量子もつれ」という物理的現象を伴う。

「量子もつれ」とは、二つの粒子の振る舞いが互いに強い相互関係(相関)を持つことであり、つまり、1つの粒子の状態を観測すると、それと相関のある別粒子の状態も、同時に決定するという量子現象である。

意子ヒューマリティ」は量子もつれの振る舞いをする。
過去では別の類として認識されていた。テレパシー、運命などはそれである。おそらく、子供が育て親に似ることや、男女が互いに惹かれ合うこと、噂話によるくしゃみまで、数多な事象が「意子」という粒子が相関を持っていることで発生した。

そのようにアメリカの研究者は言及していた。
今まで不可解であった人の曖昧な部分を、「意子」により説明できるようになった。そして、「意子」は人としての必要不可欠な力学的事象として、この世界で認知されていった。
これが”第三次認知革命”である。

話を戻そう。
男の名は高橋、この世界では落ちこぼれだ。
理由は既に述べたとおりである。彼には、必要不可欠な「意子ヒューマリティ」を発生させることができない。つまりは感情の類が存在しない、とされている。

男の胸には「意子共振器ヒューマリティキャビティ」が付いていなかった。
理由は既に述べたとおりである。

高橋は雑踏の中、独り下を俯きながら自分の胸を押さえていた。
その様子は呼吸不全の患者がよく行う仕草によく似ていた。
広場に向かう群衆の人々は、胸に「意子共振器」を着けていた。そして彼らは「意子共振器」を通して、家族や友人と”会話”をしていた。

「意子共振器」はその名の通り、人の感情の変化に伴う「意子」を検出し、検出パターンを情報に変換する。その情報は、共振器を着けている対象者の脳へ電気信号として伝達され、相手へと共有される。

現代の”会話”という概念には「意子」による感情の共有プロセスが含まれ、言葉と共に心の情報までもが伝達対象となっていた。今の世の中に嘘や方便は通用しない。人は感情までを欺くことはできないからだ。

高橋はなぜか「意子」を発生させることができなかった。
それは今でも誰にも分かっていないことだった。

彼自身、感情が無いと思ったことは一度も無かった。

高橋は子供の頃、人並みに笑い、人並みに怒り、人一倍悩む、ありふれた普通の少年だと思われていた。ただ、世界を広い目で見ることができるという点においては、特殊であった。
その考え方や発言は周囲の大人を奇妙に感じさせたし、彼の疑問はほとんどにとっては当たり前だった。

彼が六歳のとき、両親と医者は彼に「意子共振器」を取り付けた。
「意子共振器」は一般的に、子供が七歳になったら義務的に取り付けられる。それは「意子」の発生が落ち着くのが七歳とされているからだ。

高橋の両親は彼の異常性を確かめるために、早期「意子共振器」の着用を彼に試みた。結果は既に述べたとおり、”異常”であった。
それは彼の心をひどく傷つけたし、両親から見放される十分の理由となった。その後、彼はあらゆる研究機関で多くの時間を過ごした。

高橋の異常性を、どの研究者も見つけることができなかった。しばらくして、医者は彼の「意子共振器」を取り外した。
それはこの世界からの追放を意味していた。

高橋は世界、家族から乖離した孤独な男としてこの世界に存在していた。それは顔を下に向ける理由には、十分過ぎるほどだった。

愛すべき主人公と幸福な社会の隔たり②(完)

二◯二四一月
Mr.羊
Photo by pkkn_manga


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