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「ラバーソウル」|SF短編小説に挑む#1

エピローグ

「世界は無数に存在する」

これはヒュー・エヴェレット3世(*1)が提唱した「多世界解釈」の理論に基づく考えである。この理論が発表されたのは1957年、今から約一世紀前だ。

少し昔の話をしよう。
今からずっと前のこと、ある一人の男をきっかけに「量子力学」という学問が生まれた。それは実に偉大な発見だだった。

「量子力学」とは、原子や素粒子などが存在する”ミクロ”な世界の物理現象を記述する学問である。平たく言えば、世界を最小単位に分割して、その動きを研究しようとする試みのことだ。
この分野が生まれる前、物理学は”マクロ”な世界を中心とした「古典ニュートン力学(*2)」が絶対的であったが、今では過去の遺物とされている。

 ”世界の変遷:神学→マクロな古典力学→ミクロな量子力学”

いや、この表現は相応しくない。
「古典力学」という基礎があっての「量子力学」であり、量子力学はそこから派生しているという見方もできるだろう。
無論、根本的な考え方は異なるが。

「量子力学」の最も基礎となる方程式を「シュレディンガー方程式(波動方程式)(*3)」という。この方程式は、波動関数という量子の状態を表すことのできる関数を持ち、量子という不可視である”ミクロ”な世界の振る舞いを決定することができる。
この関数の存在は、”目に見えるものを信じる”という人類の悪癖の払拭に成功した。

量子には「重ね合わせ」という状態が存在する。
重ね合わせは、Aという状態(状態A)とBという状態(状態B)が同時に存在する概念である。そして状態A/状態Bという存在は、波動関数によって確率として数値化され、観測するまでその状態を定めることはできない。

サンタからのプレゼントボックスの中身は、おもちゃなのか、洋服なのか、量子の世界では断言できない。子供がプレゼントを開けるその瞬間まで、プレゼントの中身はすべての状態があり得るという、「重ね合わせ」がクリスマスに起こる。

では、プレゼントボックスがこの世界だったら?
エヴェレットは宇宙全体を量子力学という武器を使って考えた。
そして「多世界解釈」が生まれた。

この世界の行く先には数多あまたの未来が枝分かれのように存在し、それが無数に広がっている。そして彼の住んでいる世界も、無数に広がる世界の一部である、というのが彼の理論だ。
なんとロマンチックなことか!

だが、「多世界解釈」の理論にはある限界が存在した。それは、エヴェレットの世界から他の世界へ干渉はおろか、観測できないという点だ。無数に世界が存在するというのに、それを証明することができない。
人類はただ一つの世界でしか歩みを許されていないのである。

なんと歯痒いことか。
これでは周りを広大な海で囲まれた寂しい孤島に取り残されていることと同じではないか。この海の先には多世界が存在することを知っていても、この海を渡る手段を知らないのでは、それは存在しないことと同義である。

そこには、足掻いても越えられない“壁”が存在しているのだった――。

昔話はここまで。

***

今ではエヴェレットの理論は証明され、我々は多世界の存在を知ることができた。だが干渉することは未だできてない。ただ観測するだけだ。
”壁”の先は見ることはできたが、乗り越えることができない。
乗り越えるためには、おそらく人類の認識する次元数を超越しなければならない。それは不可能に近い。

それでも多世界の観測は、人類が発展するだけの価値を十二分に含んでいた。

我々は多世界を観測し、”それ”を発見した。
”それ”は現代技術を大幅に発展させ、新たなクリーンエネルギー(*4)として、原子力や火力発電の代わりとなり、人類の未来を救った。

”それ”の詳細はこれから綴る物語で説明する。
我々は見定めなければならない。”それ”がもたらす行く末を。そして人類がどこに向かって、どこに行くのかを。

進歩は必然となり、人類の舵取りはすでに意味を成していないが、始めたのは我々だ。見届けようではないか、我々の行く末を!

きっと愛すべきこの物語の主人公が、我々を導いてくれるだろう。
長い前置きは終わりにして、彼の物語に話を進めよう。

エピローグ(完)

*1:ヒュー・エヴェレット3世(1930年 - 1982年)、アメリカ合衆国の物理学者。
*2:古典力学(英: classical mechanics)、量子力学が出現する以前のニュートン力学とか相対論的力学辺りを指す学問。
*3:シュレーディンガー方程式、物理学の量子力学における基礎となる方程式。 オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーにちなむ。
*4:クリーンエネルギー、水力・バイオマス・火力発電を利用して電力を生成すること。未来では”それ”により生成。

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