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架空掌編小説集 『ユメノハコ』
思い描く掌編小説集のご紹介。その都度、編集していきます。
*掌編小説集『ユメノハコ』について
・シリーズに『ユメガラス』『ユメノマキ』があります。(さらに続編刊行予定)
・イラストがたくさん使われており、アートブックのように眺めているだけで楽しい小説集です。
・一冊に25〜30編収録されています。幻想的なもの、シュールなもの、ホラー、ヒューマンドラマ……さまざまな味わいの物語が詰まっています。
・ページの余白は多め。文字は大きめ。行間はやや広めで読みやすいデザインとなっています。
・薄くて軽く、携帯しやすい一冊です。普段あまり読書に親しみのない方にも、おすすめです。
・紙の書籍、電子書籍、オーディオブックと、いろんな環境でたくさんの人に読んでもらえるようになっています。掌編集なので、通勤通学にも最適です。
*収録作品一覧
『検索厳禁』
『二十六時間』
『正義の墓標』
『廻るメッセージテープ』
『ごちそうおばけ』
『旅をする本』
『華の國』
『童話 奇跡の雪』
『彼女の色』
『由緒正しきサンタクロースの』
『炬燵が飼う』『「同じ月を見ている」』
『しみ抜き』
『バケモノ喰らい』
『未来のカレー』
『月の友』
『トランク品評会』
*収録作品 『トランク品評会』
父はいつも旅の準備ばかりして、旅には行かない。今も大忙しで荷造りをしているけれども、それは明日おこなわれるトランク品評会の為なのだ。
より魅力的な旅支度をした人が優勝するという奇妙な大会で、出場者は思い思いの荷物を詰めたトランクをそれぞれ持ち寄る。トランクに入れば、中身は何でも良い。定められたテーマも無い。それだけに各人の個性やものの考え方が、鮮明に表われるという訳だ。
世間には父のような風変わりな人間が他にもたくさんいるらしく、品評会は三ヶ月に一度のペースで開催される。旅行の荷物をただ見せ合うことの、何が楽しいんだか僕には理解できない。それよりみんなで実際に旅行に出かけた方が、何倍も何百倍も楽しいのではないだろうか。
僕も父に連れられて品評会を見にいくけれど、参加している人たちに、そのトランクを持って旅に行くのかと訊ねると、いいや、旅には行かないよと、誰もが口をそろえて答えるのだ。
だったら何がそんなに楽しいの。準備だけしかしないなんて。
皆は言う、旅というものは、準備をしている時が一番楽しいのさ。
本当かなあ。準備が楽しい気持ちは、小学生である僕にも判る。新しい水筒を買ってもらったり、友達と遠足のおやつを選んだりするのって、すごく心が踊るから。けれどもやっぱりそこでお終いにするなんて、僕はいやだ。
大人はいろいろと忙しいから、そうそう旅行になんて行けないんだよ。
そう説明してくれた人もいたけれど、僕は納得がいかなかった。そんなの余計につまらない。せっかくわくわくして遠足の用意をしたのに、雨で中止になってしまったのと、おんなじだろう。準備バンタンで、行きたいのに行けないだなんて、運命を呪ってしまうよ。
うちの父さんも例に漏れず、忙しい大人だ。平日は夜遅くまで会社で仕事。休日だって溜まった洗濯物を片づけたり、おおいに散らかった部屋を掃除したり、一週間分の食料の買い物をしたりしなければならない。旅行になんて、行っていられないのだ。
それでもトランク品評会には、毎回かかさず参加をする。今回はとくに、なみなみならぬ熱意で挑もうとしている。父はまだ、念願の優勝を果たしてはいない。惜しいことに、前回の品評会で二等を取った。あと一歩だったのだ。それで今回こそは必ずと、いつも以上に意気込んでいるのだ。
父は何時間も、ああでもないこうでもないと、トランクに物を詰めたり出したりしている。もう日づけも変わってしまったのに、どうもしっくりいかないようだった。頭をかきむしって、いらだっている様子さえあった。そばでずっと眺めている僕には、目もくれない。一人息子のアドバイスなど、べつだん欲しくもないのだろう。父は一度として僕に意見を求めたことがなかった。
一人で旅をしたいのだろう。僕は父の用意するトランクを見るたび、そう思う。お気に入りの自分専用のマグカップ、レトロな小型ゲーム機、分厚いミステリー小説(全八巻)、変形菌を採集する為の道具類、わずらわしいこと全てから解放されて、非日常でのんびりと味わいたい父さんの趣味たち。
僕は前々回の一等を取ったおじいさんのトランクを思い出した。彼は亡くなった奥さんが昔着たウエディングドレスを一枚ぎり詰めていた。
「もう一度、ハネムーンをしようと思いました」
優勝ではなかったけれど、愉快だったのは、いろんな種類のアイスクリームと、生きたペンギンを詰めた女性のトランクだった。
「彼の故郷へ行くのよ。アイスクリームは、彼の同胞へのお土産ね」
自分で品種改良した花の種を、トランクいっぱいに入れていた男性もいた。
「世界中を、僕の花で満たすんだ」
なるほど、旅にはさまざまな目的があるものだ。みんなのトランクを眺めていると、僕も冒険心をくすぐられる。だけど誰も実際には出かけない。ハネムーンも、南極行きも、空想どまりだ。本当は、旅になんか出かけたくないのかもしれない。
けれども雨も降っていないのに、自分で中止にしてしまうなんて、運命を呪うよりもつまらない。
「ねえ、父さん」
僕は腕組みをしてうなっている父に、とうとう話しかけた。父は今ようやく僕がそばにいることに気づいたみたいに、僕を振り向いた。
「そろそろ潮時なんじゃないの」
父は眉根を寄せた。「どういう意味だい?」
「いつまでも支度ばかりしていないで、本当に旅に出たら良いじゃないか。僕はべつに、置いていかれたってかまわないから」
本気で、本心で、僕は言った。父は目を見開いた。天井を仰いで、面を伏せて、最後に再び僕に視線を戻した。
「じゃあ、出かけるかな」
そう言って父さんは旅に出た。新しい母さんを探す旅だ。トランクに詰め込まれた僕は、あまりの狭さにぶうぶうと文句を垂れた。
「僕は父さんの荷物なの。お荷物なの」
すると父はおかしそうに笑って、
「そうとも、父さんの唯一の持ちものだよ。これが最高の父さんのトランクさ」
誇らしげに胸を張る。僕は呆れつつも照れくさい。
「品評会に出せば、優勝だったかもしれないね」
僕の言葉に、父は深々と頷いた。
「それは間違いない。けれどもやっぱりこうして実際に旅に出た方が、楽しいね」
父さんと僕の旅は、ついには月へと向かうのだった。なかなか父さんの理想が高いのだから仕方がない。長々と支度をしていた分だけ、旅も長引きそうだ。
*素敵なイラスト画像をギャラリーからお借りしました。どうもありがとうございます!
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