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掌編小説 『由緒正しきサンタクロースの』

 由緒正しきサンタクロースの一族に、私は生まれた。

 知らない人が多いだろうが、サンタクロースというのは我らが一族が代々受け継いで着た家業だ。世界各地に一族の者が住んでいて、クリスマスの日に皆で大仕事をする。普段はその大仕事の準備で忙しい。各家庭の子どもの調査や、プレゼントの製造や手配、本番の際の道順を考えたりしている。クリスマス当日しか働いていないように見えるかもしれないが、実は一年中サンタクロースとして密かに走り回っている。

 十二月になるとや街なかにサンタクロースがあふれるが、おおっぴらに赤い服を着て、これ見よがしに髭もじゃになって大衆の前に現れるのは全てにせものだ。ビジネスのサンタクロースだけが、みんなの注目を惹きたがる。本物のサンタクロースの家に生まれたら、その正体は決して誰にも明かしてはならない。昔から守られてきた大事な掟の一つだ。

 目立たないように、サンタクロースだとばれないように。世界各地にちらばった我が一族は、だからすぐにその土地に馴染なじんだ。顔も、体も、言葉も、仕草しぐさも、たちまち他の人たちに似せて。我々一族は血は繋がっているけれども、集まってみるとてんでばらばらの姿形をしている。人々が想像するようなサンタクロース像とは、大きくかけ離れていることだろう。あまりにも、「近所の人」という感じで。

 そんな由緒正しきサンタクロースの家系に生まれた私は、サンタクロースの父とサンタクロースの母に育てられた生粋のサンタクロースだ。

 サンタクロースの家に生まれたら、きっとみんなの人気者で、毎日がクリスマスのようで、たのしいだろうって? さあ、どうだろう。注目を浴びないよう華やかなことはできないし、影を薄くしている分だけ友達は少ないし、クリスマスは家業の手伝いをしなければならないから、クリスマスパーティーなんて一度も行ったことはない。クリスマスケーキだって食べたことはない。チョコレートの家がのっている大きな白いクリスマスケーキを、私は広告でしか見たことがない。

 クリスマスプレゼント? もちろん貰ったことはない。サンタクロースである両親からも。なぜなら人から物を貰ってはいけないという、一族の鉄の掟があるからだ。

 人に物を与えるのがサンタクロースの役目なのだから、貰う側に回ってはいけない。クリスマスプレゼントだけでなく、誕生日のプレゼントも、何か慶びごとのあった時のお祝いも、お歳暮も、ちょっとした挨拶も、とにかく大きなもの小さなもの全部。人から貰うことは、固く禁じられている。

 これは結構、難しいことだ。くれるというのを断るのは、難儀なことだ。大抵、相手をがっかりさせてしまう。あるいは怒らせてしまう。変な奴だとか、生意気だとか、水くさいだとか思われる。よってますます人付き合いが少なくなる。世の中の人というのは、実に頻繁にあげたり貰ったりをしているものだ。

 私は他の家の子どもたちがうらやましかった。みんなのように当たり前にあげたり貰ったりしたかった。みんなと同じことを、自分もしたかった。どんな子どもにだってサンタクロースはプレゼントをくれるのに、サンタクロースの子どもである自分はどうしてプレゼントを貰えないのだろう。自分もみんなと同じように、プレゼントに歓喜したい。

 一度、勇気を出して、クリスマスプレゼントが欲しいと両親にねだったことがある。すると父は苦々しそうに溜息をつき、母は哀しげに私を見下ろした。

「なぜ判らない? 我々は与える役目の一族なんだ。それがどれだけ誇らしく、素晴らしいことか。今までお前に伝えてきたつもりだったが、お前は少しも理解してくれていなかったんだな」

「そうよ。どうして自分も欲しいと慾張るの? 私たちが配ったプレゼントを手にして、みんなが喜ぶ。そのみんなの笑顔が、私たちへのプレゼントなのよ」

「でも、」と、私は首を縮めて弱々しく反論した。「みんなはクリスマスじゃない時も、あげたり貰ったりしているよ。どうして僕もあげたり貰ったりじゃためなの。どうしてクリスマスじゃない時も、あげるだけなの」

 両親は互いに顔を見合わせた。この子はなぜこんなさもしいことを言うのだろうと、困惑しているようだった。サンタクロースの一族に生まれて、サンタクロースの子として育った息子が、どうしてそんなサンタクロースらしからぬ考え方をするのだろう。サンタクロースの子は、心も体もサンタクロースでなければおかしいのに。

「我々は他の人たちとは違う。我々は、サンタクロースなんだ。心も、行いも、神聖でなければ、サンタクロースとは言えない。サンタクロースは、神聖な存在なんだ」

「私たちは他のみんなにはできない大事な仕事をしているの。みんなが日頃するような、あげたり貰ったりとは違うのよ。先祖代々、厳かに引き継いできた仕事なの。その伝統を、守らなくちゃ」

 二人は懸命に私を諭そうとした。どちらも生まれついてのサンタクロースだった。完全に与える役目の人たちだった。クリスマスの時も、クリスマスの時でなくても。人々に与え、与え、与えて、決して自分たちは受け取ることはなかった。サンタクロースとは、そういう存在なのだから。

 私はこれ以上両親を失望させることはできなかった。彼らの跡を継いでサンタクロースになるのは、自分しかいないのだ。それに、二人を心から愛していた。

「ごめんなさい」私はすばやく謝った。彼らの傷が、すばやく癒えるように。「僕が間違ってた。もうプレゼントは欲しがらない。自分の役目を全うして、一人前の素晴らしいサンタクロースになるよ」

 父は喜ばしそうに頷き、僕の肩に手をのせた。

「それでこそ、由緒正しきサンタクロースの一族の子だ」

 母も安堵したように目を細めた。私は従順に微笑んだ。二人のように、自分も自分の役目を全うしなければいけない。サンタクロースの家に、サンタクロースとして生まれたのだから。

 十代のある年、私にクリスマスプレゼントを渡そうとした女の子がいた。

 同じクラスの……名前はもう忘れてしまったけれど、笑った時、ちょっと気弱そうに眉じりが垂れるのが可愛らしい子だった。

 冬休み前の学校に行くと、いきなり赤と金のリボンがかけられた包みを差し出された。

「何、これ、」 

 突然のことに、私はうろたえた。細くなった喉から、やっとで、言った。

 彼女は恥かしそうに睫を伏せた。「ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント。明日から休みになるから」

「僕に?」

「他に誰がいるの」

 早朝の教室は二人きりだった。私はその日、委員会の当番でいつもより早い時間に来ていた。

 それまで彼女に話しかけられたことは一度もなかった。どうして彼女が私にプレゼントをくれようとするのか、全く判らなかった。

 だが判ったとしても、同じことだった。「ごめん、受け取れないんだ」私は彼女の目を見ずに断った。

 私は意気地いくじなしだった。傷つける相手の目を見ないなんて、卑怯者だ。

 彼女はかすかに息を飲んだ。包みを持つ手をしおれるように下ろした。

「そっか、判った。ごめんね、いきなりこんなことして。迷惑だったよね」

 私は殴られたように胃が痛くなった。急いで首を横に振り、

「迷惑じゃない。ちっとも、迷惑じゃない。でも、受け取れないんだ。どうしても、駄目なんだ」

 ごめん、と、頭を下げた。最後まで彼女の目を見なかった。

「ううん、いいの。気にしないで。こっちこそ、困らせてごめんね」

 そう言って彼女は教室を出ていった。今にも泣きだしそうに声はふるえていた。みんなを笑顔にするのがサンタクロースの役目なのに。自分は一体何をやっているのだろう。がらんとした寒々しい教室で、私は思った。両親の言うサンタクロースとして相応ふさわしい神聖な行いって、何だろう。一人の女の子を泣かせることは、神聖な行いなのだろうか?

 その年のクリスマス、私は高熱を出しながらもがむしゃらに両親の手伝いをした。どう気持ちの折り合いをつけたら良いのか判らなかった。自分は由緒正しきサンタクロースの一族に生まれたのに。正真正銘のサンタクロースになることはできない。なろうと努力することはできても、完全になることは、できない。

 それから何十年と月日が経った。私が成人になると、間もなく両親は相次いで他界した。私は一人でサンタクロースの仕事を続けた。

 人付き合いは絶え果てた。結婚もしなかった。また誰かを哀しませるのがいやだから、自分から他人を遠ざけた。神聖なサンタクロースであろうとすることだけが、私の生きるすべてだった。

 今年のクリスマスも、無事にプレゼントを配り終えた。夜中走り回って、心身ともにくたくただ。早く寝床に就いて休みたい。いつもクリスマスが済むと、来年になるまで目を覚まさない。それほどまでに、サンタクロースにとってクリスマスは大仕事なのだ。たった一晩で、七年分働いたような感覚になる。故に我らが一族は老けるのが早い。

 寝支度を整え、いざベッドに入ろうとすると、都合悪くチャイムが鳴った。

 誰だろうか、こんな朝早くに。人の事情も知らないで、なんて非常識なのだろう。外はまだ暗いというのに。私は寝巻き姿のまま、疲れきった体を引きずって玄関に出た。

「はい、どちら様でしょう」

 ドアを開けると、映画俳優のような完璧な笑顔が降り注いだ。

「メリークリスマス!」

 発声も完璧だった。私は呆気に取られてその若い男の顔をまじまじと見つめた。

 三角帽子に白いファーのついたガウンとズボン。手本のようなサンタクロース衣装。いかにもビジネス。けれどもその色は赤ではなく青だ。青い服のサンタクロース。どこか悪魔めいて見える。

 一体何のつもりだろう、こんな早朝に、こんな悪ふざけをして。いくらクリスマスだからって、ここまで浮かれてもらっては困る。極度の疲れと睡気ねむけのせいで、私は腹立ちを隠せなかった。

「いたずらならごめんだ。帰ってくれ」

 きつく言ってドアを閉めようとすると、相手はあわててドアを手で押さえた。

「いたずらではありません。あなたにプレゼントを渡しにきたんです」

「プレゼント?」私は眉をひそめた。

「ええ、クリスマスプレゼントです」

 男は肩から掛けた鞄から、緑の包装紙に覆われた箱を取り出した。何が入っているのやら、手の込んだいたずらだ。

「いや、悪いがそれは受け取れない」

 躊躇なく私は拒んだ。

「だけどこれはあなたへのプレゼントなんですよ。あなたの為に用意して、あなたに贈る為に、僕はこうしてやって来たんです」

 やけに熱っぽく男は喋る。人の事情も知らないで。私はいっそういらいらした。

「受け取れないと言っているだろう。君がどれだけ私を困らせようとそのプレゼントを押しつけても、私は断じて受け取らない。こっちにも、事情というものがあるんだ」

 男は重々承知というように頷いた。「ええ、知っています。あなたは正真正銘、本物のサンタクロースなのですから。サンタの掟というものを、忠実に守ろうとなさっているんでしょう?」

 私は瞠目した。「どうして知っている? 君は一体何者なんだ」

 男は雪より白い歯を輝かせた。

「僕はサンタクロースの為のサンタクロースです」

「何……何だって?」

「早口言葉みたいでしょう? サンタクロースの為の、サンタクロース。つまり、サンタクロースにプレゼントを贈る役目のサンタクロースです。だからあなたは僕からこのプレゼントを受け取っても良いんですよ」

 彼が何を言っているのか、私には理解できなかった。サンタクロースの為のサンタクロースだって?「そんなもの、聞いたこともない」

「ええ、そうでしょうとも、去年はじまったばかりの新しい仕事ですから。去年は人手が足りず、こちらまで来ることができなかったんです。けれど今年は人員が多く追加されましたから。一族の方から、事前に通達がありませんでしたか?」

 あったかもしれないが、見ていない。私は同じサンタクロースの一族の者たちとも疎遠になっていた。

「どうしてそんなものができたんだ。一体誰が頼んだんだ。サンタクロースの伝統はどうなる。私たちは長年、一族の掟を守ってサンタクロースをやってきたんだ」

「時代は昔とはずいぶん変わりましたから。サンタだからって、与えてばかりでは不公平ではないかということになったんですよ。サンタクロースも、サンタじゃない人たちも、時代に合わせて変わっていかないと。働き方改革というやつですよ」

 男の軽妙な喋り口は、私には全く馴染なじみのないものだった。私は途方に暮れた。何十年も守ってきたものを、急に変えろと言われても、どうして良いか判らない。

「私は……私は、由緒正しきサンタクロースの家系に生まれたんだ。私たち一族にしかできない神聖な役目が、あるんだ。だからみんなに与えても、与えられてはいけなんだ。与えることだけが、我々サンタクロースの幸福なのだから」

 そうですか? と、男は大きく瞬きをして、若いひとみをさらに澄ませた。

「与えて、与えられて、お互いみんな幸せが、一番良いじゃないですか。僕はこの仕事、とても気に入っていますよ。僕も毎年サンタクロースにプレゼントを貰ってきましたからね。お世話になったサンタクロースにプレゼントを渡せるなんて、最高ですよ。とは言っても、期間限定のアルバイトですけれど」

 さあ、受け取ってくださいと、彼は改めて私にプレゼントを差し出す。

 私は目の前の緑の箱を見つめた。これを受け取ったら、私は掟を破ってサンタクロースである資格を失うのだろうか。神聖であろうとしてきたこれまでの努力が、いっさい無駄になってしまうのだろうか。

 しかしこのアルバイトのサンタクロースは、たくさんのプレゼントを喜んで受け取ってきたサンタクロースは、何の曇りもない清らかな笑顔をしている。

「本当に、貰っても良いのかい?」

「もちろんですよ! あなたの為に、選んだのですから。ああ、でも、気に入らなかったらすみません。来年に期待して下さい」

「来年も、くれるのか、」

「ええ、もちろん! だってサンタクロースは、毎年クリスマスになると必ずプレゼントを届けにきてくれるじゃないですか」

 私はおそるおそる手を出してプレゼントを受け取る。一瞬、皺だらけの自分の手が、まっさらな子どもの手に戻ったように見えた。

 たしかに私は心も、行いも、神聖なサンタクロースではなかった。なぜならずっとずっと自分に嘘をつき続けていたのだから。本心を偽り続けていたのだから。

 本当は、欲しかった。本当は、受け取りたかった。本当は、与えられたかった。今、嘘は清められて、皺だらけの手を包んでぬくめる。

「メリークリスマス!」

 私のサンタクロースが、完璧なタイミングでクラッカーを鳴らした。


《 終 わ り》

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