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失った普通

一粒ひとつぶが光に照らされ、つやつやと輝く。お椀によそわれた白ごはんを目の前にしたわたしは、心の根っこ、深いところから熱いなにかがふつふつと湧き出てくるのを感じた。勢いよく湧き出てきたそれは一瞬にして頭からつま先まで身体中に浸透し、そして脳みそは信号を出す。

「食べてはいけない」「気持ち悪い」

湧き出てきたものの正体は、食べものに対する燃えたぎるような嫌悪感だった。
頭が勝手にカロリーを計算し始める。一杯約150g、約230kcal。
そうなるともう、目の前にある白ごはんは自分にとって“わたしを太らせる害”にしか見えなくなってしまう。
食べればそれだけ、太ってしまう。そんな思考に囚われたわたしにとっては、透き通った白色ですら毒々しく思えてくるのだ。憎い、気持ち悪い、怖い。気づけばわたしは、手にしていたお箸を置いていた。


白ごはんを素直に「おいしそう」と思えていたのは一体いつまでだっただろう。「おいしい」という気持ちだけで食べられなくなってしまったのはいつからだっただろうか。
わたしは少なくとも何ヶ月もの間、白ごはんを心の底からおいしく味わえていない。といってもおいしくないごはんを食べているわけではない。味は間違いなくおいしいはずだし、たしかに「おいしい」と思えるときだってある。だけれど、その後にはかならず「食べてしまった」という後悔が押し寄せてくる。口にしてしまった罪悪感は、いとも簡単においしいという感情を塗り替え、消し去ってしまうのだ。


これは、白ごはんに限った話ではない。食べものに対して、かならずと言っていいほど嫌悪感は湧き出てくる。本当は食べたいはずなのに、食べることを許せない。なぜなら「食べること=悪」という思考が染み付いているからだ。食べるな、食べたら太るぞと自分の中にいるもうひとりの自分に囁かれるうち、食べもの自体おいしそうに思えなくなってくる。

そうして普通に食べられなくなったわたしは、摂食障害と診断された。同じ病気を抱える人たちは、この思考のことを「拒食脳」と呼ぶ。


摂食障害は、わたしから普通を奪っていった。
太ることへの恐怖から、普通の食事がままならなくなった。食べものを目の前にすると、拒食脳が出てきてわたしに言うのだ、食べてはいけないと。そんなことを繰り返すうち、食べられるものも量も減っていった。
生きている限り、食事というものは付きまとう。生きるからには、食べなければいけない。切っても切り離せない食事というもの、それがなによりの苦痛になってしまったとき、わたしの毎日は地獄と化した。気づいたときには、普通においしく食べるという幸せを失っていた。


わたしの場合は、元々は食べることが好きだった。そのため、食べてはいけないという脳からの命令を守れば守るほど、食への執着は増していった。一日中、食べもののことが頭から離れないのだ。そうなると他のことはなにも手につかない。
拒食脳によって感覚が麻痺しているだけで、本当はわたしだって食べたいはずなのだ。食べられないだけで、食べたい。蓋をして気づかないよう押さえ込み続けたそんな気持ちは、時折氾濫を起こした。溢れ出す食への執着は、抑えきれない衝動へと変わり、ありとあらゆる食べものを口に運ばせる。なにかに急き立てられるように、空いた穴を埋めるかのように、我慢し続けていた食べものたちを次々と胃へ詰め込んでいった。それはもはや、食事とはいえないものだった。
これが、過食である。

衝動のままに食べ続け、ふと我にかえると、目の前にはたくさんの食べた形跡が広がっているのだ。自分がこれを、すべて食べた……? 到底受け入れられない、だけれど今にもはち切れそうなくらい膨れあがったお腹がなによりの証明だった。食べた後悔、罪悪感、太る恐怖。自分のしでかしたことを自覚する。すると、脳がまた信号を出すのだ。吐き戻せ、と。
これもまた抑えられない衝動となり、「吐かないといけない」命令と化す。わたしは手を喉の奥に突っ込み、自らの意思でそれらを吐き戻した。吐くたび、人間として大事ななにかまで流してしまっているような感覚になった。しかしそれと同時に、リセットされたという安堵や得体の知れないスッキリさを感じている自分もいて、そんな自分が嫌で嫌で仕方がなかった。食べても心に空いた穴は埋められるどころか、さらに大きくなるばかりだった。もう食べない、そう心に決めるのにまた衝動はかならずわたしを襲う。
これが過食嘔吐という地獄である。


拒食と過食(嘔吐)は悪化の一途をたどり、入院までした。それでもいまだに、普通に食べるという感覚を取り戻せてはいない。病気とともにする時間が長ければ長いほど、普通という感覚を忘れてしまい思い出せなくなってしまった。「おいしい」という気持ちだけで食べるのはどんな感じだっただろう。取り戻したくても、取り戻せない。普通に食べられていた頃に戻りたいと願ったときには、もうすでに取り返しのつかないところにいた。病魔はなかなかわたしを楽にはさせてくれない。

失った普通を、取り戻したい。そのためのいちばんの近道は、食べるしかないのだ。どんなに怖くても、気持ち悪くても、食べなくてはいけないし吐いてはいけない。ただ普通に食べること、それがとても難しくこんなに悩ませているのに、それしか方法はない。
いつになったらわたしは普通に戻れるのだろう、今のわたしにとって食は、なによりの幸せであり、なによりの苦しみだ。それが当たり前になりつつある今、“普通”に戻れる日がくることを想像もできない。

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