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オンラインレッスンではピアノを上達させられない?

2020年2月。ヨーロッパではコロナ感染死者数が、毎日信じられないスピードで増えていきました。

メディアでは教会に並べられた夥しい数の木の棺が映し出され、「これは何か想像を絶する恐ろしい事態になっている、、。」と誰もが怯るしかない日々。

テロ、戦争など、ヨーロッパのニュースでは今までにも悲惨な映像が報道されてきましたが、各国の教会に次々と並べられていく棺の映像は、ドイツに長年住んでいる私も初めて見る恐ろしい光景でした。

そしてその映像は毎日、昨日の映像なのか今日の映像なのか区別がつかないほど毎日、続いていったのです。

3月、私がいつものように学校に出勤してレッスンの準備をしていると、突然、事務から「生徒も先生も全員、すぐに帰宅してください。」というメッセージが入りました。

それがロックダウンの始まりでした。こんな風に突然に、ドイツ(ミュンヘン)の私のロックダウンは始まったのです。

最初はせいぜい1週間程度だろうと予想していたロックダウンでしたが、もちろんそんな短期間で終わることはありませんでした。

ロックダウンスタートの頃は食料品や日用品(特にトイレットペーパー!笑)、消毒薬や手洗い用の液体ソープなどの調達に時間も神経もすり減らし、誰もがそんな「コロナ禍の新しい日常」に振り回され疲れ果てていました。

そしてそのうち、世の中の問題は仕事や学校など、今までの個々の生活をいかに続けていくのか、続けられるのかというところに移っていきました。

私が勤務する音楽学校でも、今まで一度も誰も話題にすることがなかった「オンラインレッスン」が、「ロックダウン時の非常時代替レッスン」として提案されるようになりました。

オンラインレッスンの提案を学長からのメールで受け取った時、誰もが同じく「楽器や声をオンラインでレッスン?インターネットでやりとりされる音質で、対面式レッスンのクオリティを保つのは不可能だ。」と思いました。

もちろん私も、、。

「ピアノの音色、繊細なニュアンスの強弱、左右のペダルなど、オンラインレッスンの音質では、生徒も私もそれらの違いがまるでわからないでしょう。譜読みの間違い、音やリズムの間違いを正すことはオンラインレッスンでも問題なく出来るでしょうが、でもそれだけでは、、、、。」と。

「けれども、いつまで続くかわからないロックダウン下、音のクオリティの悪さにこだわって何もしないよりは、【何かレッスンのようなもの】をすることにも良い効果があるのかもしれない。少なくともオンラインでの生徒との交流のよって、今までの良い関係を温め続けていくことが出来る。」

そう考えた私は、zoom、Skype、FaceTimeなど、各媒体のセキュリティシステムを学び、5月からオンラインレッスンをスタートさせました。

もちろん、気持ちは「オンラインレッスンは何もしないよりマシな程度」という「思い込み」のままでしたが、、。

さて、実際にオンラインレッスンをスタートさせてみると、音質の問題も予想通り、いや予想以上に酷かったのですが、それは私の想定内のことでもありました。

でも、それよりも「オンラインレッスンでは生徒のリアクションが鈍く、テンション、モチベーションが低くなっている。」という想定外の気づきの方が、私にとっては降って湧いたような驚きの、そして深刻な問題でした。

「この問題はすぐに解消しなくては!」と対面式レッスンよりも頻繁に生徒の演奏を褒めてみたり、レッスンの雰囲気作りも普段以上に和やかにと意識したり、私なりにいろいろ試行錯誤して対処してみたのですが、3回目のオンラインレッスンが終わっても生徒に良い変化の兆しは見えず、、。

自分の試みがことごとく失敗しているとわかり、正直、私は落ち込みました。

先生である私が落ち込んでいる場合じゃないのですが、効果的な打開策が全く思い浮かんでこないのです。

「オンラインレッスンは音質だけの問題じゃない。障害あり過ぎだし。でも、こんなに頑張ってるのに全然変化なしって、私、これ以上、どうしたらいいの?」とほぼ諦めかけた時、「オンラインレッスンじゃ、生徒だって『上達している。』という実感が湧かないだろうなぁ、、。」とふと思いました。

それじゃ生徒も気の毒だなぁ、、と。

すると次の瞬間、、!

「でも、オンラインレッスンでも『上達してる!』と自分で自覚出来ることって、ホントにないんだろうか?」という私の自問自答のスイッチが入りました。そしてこの自問自答スイッチこそ「私の思い込み」が崩れるチャンスだったのです。

対面式の普通のピアノのレッスンでよくある光景は、先生が「良くなった!上手くなった!」と褒めると「そうか、上達したんだ、私!」と生徒が喜ぶ、というシチューションです。

つまり「先生が上達を褒める=生徒が喜ぶ→生徒のモチベーションが上がる→更に練習する→ずんずん上達する。」というのが、スタンダードなレッスンの図式になっているんです。

でも先生が褒めなくても、生徒が自分で明らかな上達を自覚出来ることってないのでしょうか?

そうだ、「なめらかに弾けるようになった、自然に演奏速度が上がった、なんだか理由はわからないけど間違いが減った」など、そういう変化なら生徒も自覚出来るかも?

ということは、「テクニック!基礎の演奏技術だ!」オンラインレッスンでは教えられないと投げ出す前に、試してみる価値はあるかもしれない、、。

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試行錯誤の末、私がレッスンに導入したのは、まず子供用のハノン。
子供用はどの課題も普通の大人用の4分の1に短縮させてあり、大人が練習に使っても十分練習効果はあるし、指の準備運動にもなります。
そして大人用より時間もかからないので「ハノン=ウンザリ」にならないですし、、。(笑)

二つ目に導入したのは、それぞれの調ごとに、三和音、カデンツ、アルペジオ、スケールが展開された教則本。
この中から三和音とカデンツ(和音進行、終止形)だけを課題として練習してもらい、ハーモニーに特化したトレーニングとする。
また生徒が和音やカデンツを弾いた時、その調のハーモニーから何かを感じたり、色や何かの映像、風景などが見えたりしたかなど、演奏以外の変化にも注意してもらい、報告させる。

私は「1)子供用ハノン、2)ハーモニー」この二つの新しい試みから、オンラインレッスンを始めることにしてみました。

すると、、、、

なんと生徒に変化があったのです!
まず、生徒が自分から積極的に取り組むという変化が見られ、どうやらこの新しい二つの試みを興味深いと感じているよう、、。

「これでオンラインレッスンも上手く乗り切れる!」
私は心からホッとしました。

9月、対面式レッスンが再開しました。
対面式レッスン初日、私も生徒もお互いの無事を喜びあい、リアルに会えることの幸せをひしひしと感じていました。
でも、私が一番驚いたのは生徒のピアノの上達でした。
オンラインレッスンでテクニックやハーモニーを集中的に練習した結果、生徒たちは以前の難易度よりも高い曲を、なんなく弾けるようになっていたのです。

しかも生徒たちは上達したことを自分でわかっていて、全員が全員、私の前でドヤ顔で弾いていました。
まるで「どうですか?私の上達ぶりをご披露致します。」とでも言わんばかりに、、。

ロックダウンはこの後も何度か繰り返され、その度にオンラインレッスンに切り替わったのですが、私と生徒たちはオンラインレッスンを「プランB」と名付け、楽しむことが出来るように変化していました。

対面式レッスンや有観客コンサートが戻ってきた2022年。

私も今、ようやく、過去2年間を振り返ることが出来るようになりました。

対面式レッスンでやっていたことをオンラインレッスンで継続するだけでは、対面式VSオンライン、つまり比較と優劣だけに集中してしまう。

けれどもオンラインレッスンで『対面式レッスンとは違う何か』をやることにした時、オンラインレッスン独自の楽しみが生まれ、結果上達に繋がった、、。
そういうことだったのかもしれません。

つまり「この状況、条件は負だ!」と決めつけなければ、「生まれる結果は負にはならない」ということだったのではないでしょうか。
状況、条件が変わったのであれば、新たな状況、条件でも有効なオリジナリティを追求すべし、、、、。

私の「思い込み」が一つ、消滅した経験でした。








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