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かかる世に影も変らず澄む月を

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2021年7月の記事一覧

2021年7月27日(火)

2021年7月27日(火)

 夕方、マンションの階段で蝉が斃れていた。

 この蝉は昨日からそこにいた。一日経っても、その場所からまったく動いていないらしかった。

 そして深夜、廊下に響き渡る蝉の声が聞こえた。「断末魔」ということばがしっくりくるような羽音であった。「ギィィィィィィィィ・・・」

 そういえば「蝉の声」というと、芭蕉にこんな俳句がある。

閑かさや岩にしみ入る蝉の声

 この句のユニークさの一つは、蝉の羽音

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2021年7月26日(月)

2021年7月26日(月)

『虎』(ハンバート ハンバート)の一節。

「負けた、負けた、今日も負けだ
 光るコトバ見つからない
 酒だ、酒だ、飲んでしまえ
 虎にもなれず溺れる」

 友情出演でミュージックビデオに出演されていた又吉直樹さんのコメントにも共感を誘われた。

「“虎にもなれず”っていう歌詞が、苦しいっていうか、虎になってしまったらある意味社会の価値基準みたいなものモノの外に行けるんですけど、そうはならないから

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2021年7月25日(日)

2021年7月25日(日)

「遠藤周作は、隠れた人に語りかける。日本文化は、適切な行動をとることを誇りとし、世間に対して礼儀正しく振る舞うことを求める。遠藤の語りかける隠れた人は、ふつうの日本人が耐えなければならない恥と拒絶の感情を抱えている。心の中で生じる本音と、他者が外から見る建前の違いを日本人に聞けば、だれでも「知っていますよ」と言うだろう。同じ問題を、アメリカやヨーロッパやアフリカの人に聞いてみればいい。……

 弱

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2021年7月21日(水)

2021年7月21日(水)

 聖書考古学の本を読んでいると、temple(神殿)にcomplexという語が付けられているのを見た。

 例えば、イエスの時代にエルサレムに存在していた神殿は「第二神殿」とか「ヘロデ神殿」とか呼ばれるが、それがKing Herod’s Temple Complexと記されていた。

 「ヘロデ神殿」という名称に馴染んでいた自分からすれば、英書で目にしたcomplexという語はいかにも邪魔で仕方な

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2021年7月20日(火)

2021年7月20日(火)

 先日、睡眠中にベッドから落ちそうになった。でも落ちずに済んだ。

 ベッドの左縁ギリギリのところで寝ていたらしい。そこからさらに左に寝返りを打とうとしたところ、転落の危険を察知して、突然目が覚めた。

 左半身が落ちかけていた。左手はほとんど床についていた。左半身を落とすまいと、右手が布団を掴んでいた。

 転落せずに済んだのは、とても奇妙だなと思う。

 熟睡していたはずなのに、そんなギリギリ

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2021年7月17日(土)|季語と俳人

2021年7月17日(土)|季語と俳人

 久しぶりにノンストップで一冊読んだ。止まれないくらい面白い本だった。

 全体は三部に分かれている。第一部は「俳句脳の可能性」という題で、脳科学者の茂木健一郎さんが書いたもの。第二部は「ひらめきと美意識——俳句脳対談」という題で、茂木さんと俳人の黛まどかさんの対談を文字に起こしたもの。第三部が「俳句脳——ひらめきと余白」という題で、黛まどかさんが書いたもの。

 この第三部がとにかく面白かった(

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2021年7月16日(金)

2021年7月16日(金)

「たとえば、火鉢があって、向こう側に長女がいて、五厘銭か何かそこに置いた。火鉢のこちら側に漱石がいて、いきなり娘をひっぱたいちゃうわけです。娘のほうは、なぜひっぱたかれたか全然わからないで泣き叫ぶわけですが、奥さんの追及にたいして漱石が答えています。じぶんの英国留学時代にロンドンの町を散歩していたら乞食がいて銭ごいをした。じぶんは銅貨を一枚、その乞食にあげて下宿に帰ったら、下宿のトイレの窓のところ

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2021年7月10日(土)

2021年7月10日(土)

 「イエスの十字架は何のためだったんだろう?」という問いに対し、ある小学生がとても面白い回答をしてくれた。

「目立つため」

 最初は私もよく理解できなかった(自分が想定していた回答とは大きく異なっていたため)が、彼が話すのを聞くうちに、その答えが十字架の決定的に重要な側面を言い当てているような気がし始めた。

 十字架で劇的な死を遂げることによって、イエスの存在は「目立つ」ものとなった。老衰や

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2021年7月9日(金)

2021年7月9日(金)

 どうしても抗えないほどの眠気に襲われるのは心地がいい。かつてそのように感じたことはなかった。導眠剤に魅入られているのかもしれない。俗に言う「依存」とはこの心地いい感覚を指す言葉なのではないか。心地よさへの依存。なんとも危うい響きがする。

2021年7月7日(水)

2021年7月7日(水)

 先日の夕方、妻と散歩をしながら「ここで一句」ゲームをした。

 即興で俳句を詠むという遊び。私は苦手だが、妻はすぐに思いつく。

夕暮れの空見て歩く帰り道

 シンプルだが美しいこの句に、私は手を加えたくなった。

夕暮れやうつむき歩く帰り道

 性根の曲がった人間のみがなせる改悪であるに違いない。

 でも、美しい夕焼け空、その空にさえ目を奪われないほど、うつむいて歩きたくなる日もあるのではな

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2021年7月5日(月)

2021年7月5日(月)

 先日、久しぶりに弟に会った。

 年は4つ離れている。私が大学で一人暮らしを始めたときにまだ中学生だったので、なんとなく幼い頃の印象が強く刻み込まれている。

 そんな弟が、結婚式に出席してくれて、しかもなかなかシャレたプレゼントをくれたときは驚いた。

 幼い頃の印象が強かったからか、その変化というか、成長に驚いたのだろうと思う。

 ともあれ、そこから「プレゼントをあげる/もらう」の話になっ

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2021年7月3日(土)

2021年7月3日(土)

空蝉の 唐織衣 何かせむ
綾も錦も 君ありてこそ

 最近この短歌を知って心動かされた。

 家茂病死の知らせをうけた和宮内親王が詠んだとされる歌。

うつせみの からおりころも なにかせむ
あやもにしきも きみありてこそ

 綾も錦も、君ありてこそ......。

2021年7月1日(木)

2021年7月1日(木)

 なんとなく惹かれる文章というものがいくつかある。

 日々意識しているというわけではないけれど、ふとした時に思い出し、読み返したくなるような文章である。

「何でもね、君の兄さんの講義は、平生から明瞭で新しくって、大変学生に気受が好いんだそうだが、その明瞭な講義中に、矢張り明瞭ではあるが、前後とどうしても辻褄の合わない所が一二箇所出て来るんだってね。そうしてそれを学生が質問すると、君の兄さんは元

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2021年6月30日(水)

2021年6月30日(水)

『高い城の男』で、とても面白い言葉が出てきた。翻訳の課題の一つと考えられる。

 まず最初に、ドイツ人のスパイがドイツ語で「レーヴェンツァーン作戦」について述べる。ドイツで計画進行中の、テロ行為を含む危険な作戦らしい。

 つづいてそのドイツ人は、聞き手が理解できる英語に言い直してその作戦を説明する。

 この小説の原書は英語であるため、おそらくOperation Dandelion(オペレーショ

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