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2021年7月16日(金)

「たとえば、火鉢があって、向こう側に長女がいて、五厘銭か何かそこに置いた。火鉢のこちら側に漱石がいて、いきなり娘をひっぱたいちゃうわけです。娘のほうは、なぜひっぱたかれたか全然わからないで泣き叫ぶわけですが、奥さんの追及にたいして漱石が答えています。じぶんの英国留学時代にロンドンの町を散歩していたら乞食がいて銭ごいをした。じぶんは銅貨を一枚、その乞食にあげて下宿に帰ったら、下宿のトイレの窓のところに、それとおなじ銅貨が置いてあった。漱石は、これは下宿の女主人が、おれのあとをつけてきて、おれが乞食に銅貨を一枚恵んだというのを諷刺するために、つまりおれのやることはぜんぶ知っているよというふうにいうために、トイレのところに銅貨を置いていたんだと、そう漱石は解釈するわけです。パラノイア的になってきたときには、そういう関係づけの妄想がおこります。」(吉本隆明『夏目漱石を読む』筑摩書房、2002年、214頁)

 漱石の異常な一面を表す逸話。もともとは鏡子夫人による『漱石の思い出』で語られている話らしい。

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