マガジンのカバー画像

『君の物語』全40話

40
猫と暮らした日々を小さなピースに切り取り、パッチワークのように並べました。
運営しているクリエイター

記事一覧

君の物語 1

君の物語 1

皆、幾つもの物語をもっている。
"ルゥ"もそうだ。

彼のお母さんによる物語。
きっといたであろう、兄弟たちとの物語。

雨の中、子猫に遭遇したナミさんによる物語。
子猫の命を救おうと治療費をカンパし合った仲間たちが見守った物語。

その子猫を家族に迎え、『ルゥ』と呼んだ私たち。
触れ合おうとしては逃げられていた夫から見た物語。
猫との距離の取り方が程良かった長女コハクの目に映った物語。
ルゥとは

もっとみる
君の物語  2  朝の台所

君の物語 2 朝の台所

キッチンで使っている石油ストーブは、家中のどの暖房器具よりも暖かい。

朝食の支度をしている途中で暖を求めてストーブ前に行くと、いつもルゥが先に温まっている。

娘たちと過ごす時は真ん前を陣取ってゆったりくつろいでいるけど、朝のこの時間帯は端に寄ってお行儀良く座っている。
私が隣に行くことを想定しているかのように。

場所を空けておいてくれてるのか、遠慮しているのか。
とにかく「おじゃまします」と

もっとみる
君の物語 3  飼い主

君の物語 3 飼い主

ルゥを家に迎えた数日後のこと。
ムギと二人で、子猫をもらい受けた事務所を所用で訪れた。
そのとき、事務局長さんからルゥが保護されていた間の出来事を改めて聞いた。
子猫の命を救うため、みんなで入院・手術費をカンパし合ったことを。

するとムギは、小さなポシェットから小さなお財布を取り出して、テーブルに小銭をぶちまけた。
300円もなかった。小学生だったムギにとって、これがその時の全財産だったろう。

もっとみる
君の物語 4   なにしろ、初めて。

君の物語 4 なにしろ、初めて。

猫について全くもってど素人のくせに、思い立って子猫を引き取ってしまった。
最初は何をするにも恐る恐る、ドキドキしていた。

初めて家に迎えた日のこと。
そっとカーペットの上に下ろすと、小さな足でゆっくりと布団に登っていき、丸くなった。
〈そうか、布団が気持ち良いんだ。〉
こんな当たり前のことすら、目にするまで思いもよらなかった。

しばらくしてムギが慌てて知らせに来た。
「なんか変な音してるの。大

もっとみる
君の物語 5 だるまさんがころんだ

君の物語 5 だるまさんがころんだ

猫は[だるまさんがころんだ]が好きだという。
ルゥも子猫時代はよくやっていた。
が、だんだん年を取るにつれてそういう遊びをしなくなってきた。
それでもこちらから仕掛ければ付き合ってくれる。

窓から庭を監視するのはルゥの大切な日課だ。
その後ろ姿を飽きることなく眺めているのも、私の大事な日課だ。

視線に応えるようにルゥが振り向くことがある。
その瞬間、テーブルや椅子の陰に隠れなきゃならない衝動に

もっとみる
君の物語 6   落としもの

君の物語 6 落としもの

猫はよく落としものをする。
ふわふわの毛が圧倒的に多いのは言わずもがな。
他には剥がれ落ちた爪やヒゲ。
足にくっついて運ばれた猫砂。

そういった落としものは、ルゥがそこにいた痕跡なわけで。
〈そうなの、ここへ来たの。かわいいねえ。〉
と、いちいち幸せになる私たちはお安いのかもしれない。

ルゥが家に来て数週間経ったある日、
廊下に牙がコロンと落ちていていたことがある。
牙って落ちたりする⁉︎

もっとみる
君の物語  7   足

君の物語  7 足

ルゥに初めて会ったとき、片方の後ろ足がわずかに引きつっていた。
手術の後遺症だという。
「じきに良くなるんじゃないかな」
と保護した事務所の人たちは言っていた。
ルゥ自身も全く気にしない様子で、元気にピョンピョン走り回っていたし、
やがて引きつることはなくなった。

でも私たちはいつしか、ルゥの足に気を配るようになっていた。
他の一般的な猫に比べて跳躍が弱いということに気づいたから。
外で猫に会っ

もっとみる
君の物語 8   コハクの役割

君の物語 8 コハクの役割

コハクには特別な役割があった。
猫じゃらしで遊んであげること。
私はもちろん、ムギよりも上手い。
ルゥの食いつきが全然違うことが証明している。

だからルゥが指名するのはまず、コハクだ。猫じゃらしを咥えて行って、足元にポトリと落とし〈ニャァ〜〉と訴えかけるように鳴く。
そんな鳴き方をされると、何かをしていても中断せざるを得ないコハク。「そうか、そうか。」と猫じゃらしを拾って相手をする。
とはいえど

もっとみる
君の物語 9   膝の上

君の物語 9 膝の上

猫は膝の上が好き。
いやいや、ルゥは絶対に乗ってくれない。
唯一乗るのはムギの膝。
〈猫が膝から降りてくれなくて足が痺れた〉なんていう幸せな猫あるあるは、私には無縁のもの。
膝どころか抱っこもさせてくれないし。
手を伸ばすと〈ちょっとやめてくれませんか?〉と迷惑そうにするりとかわされる。
嫌がるものを無理矢理抱き上げるような、野暮なことはしたくない。

それから、猫は隙間に入るのが好き。ルゥも〈よ

もっとみる
君の物語 10   一緒に行こう

君の物語 10 一緒に行こう

私は朝にとことん弱い。
もう、ボロクソに弱い。
しかし!
どんなに弱くても、みんなの朝食を作るために起きねばならない。

アラームを切って、泥沼から這い上がるように渾身の力を込めて起き上がる。
ふらふらしながら戸口へ向かうと、ルゥがそこで私を待っていることがある。
キッチンまで一緒に行くために。
もしかしたら早朝パトロールを中断して迎えに来てくれてるのかもしれない。

階段を数段降りるごとに振り返

もっとみる
君の物語 11   心の内側

君の物語 11 心の内側

ルゥが来たばかりの頃、私たちはルゥの表情も読めなくて、気持ちを推し量ることができなかった。
ムギが「仲良くなりたいのに何を考えてるのかわからない。ルゥのことを知りたいのに。」と言って泣いたことがある。
夫が「大丈夫だよ。だんだんわかり合えるようになるよ。」と慰めていた。
かつて犬と一緒に暮らしていたことがあるという夫の言葉には信憑性があり、ムギも気を取り直した。

実際に、日々生活を共にしていると

もっとみる
君の物語 12   贈り物とか戦利品とか

君の物語 12 贈り物とか戦利品とか

猫は飼い主に、捕まえたネズミなんかを持ってくることがあるというけれどー

ある昼下がり。
唐突に現れた子猫のルゥは、里芋が入った小鉢(ラップしてる)をくわえて意気揚々とやってきた。
なぜに里芋⁉︎
なぜに小鉢⁉︎
確かにキッチンのテーブルに置いたままだったけど、あんな運びにくそうなものをチョイスするとは思いもよらず…

小ぶりとはいえ重いし、ツルツルした瀬戸物を上階まで咥えて運ぶのは、子猫には

もっとみる
君の物語 13   後頭部

君の物語 13 後頭部

ルゥの後頭部には基本、哀愁が漂っている。
窓から外を眺めている時も、コハクとムギをじっと見ている時も、ストーブで温まっているときも。

そしてお腹が空いている時も。

用事が多くて慌ただしい夕方。
バタバタしながら通りかかってハッとすることがある。
空っぽなお皿の前で、ルゥがじっとうなだれて座っているではありませんか!
哀愁の漂った後頭部をこちらに向けて。
その後ろ姿の切ないこと。

いったいいつ

もっとみる
君の物語 14   爪研ぎが躾けられない

君の物語 14 爪研ぎが躾けられない

最初のうちは爪研ぎを使ってもらおうと、私たちも頑張った。
またたびも、もちろん試した。
でもルゥは全く使ってくれなかった。
柱でバリバリ
壁でバリバリ
私のジーンズでパリパリ(痛い)

見ていると、爪をとぐシチュエーションはとても豊富だということに気づく。
気合いが入ったとき、困ったとき、照れ隠しのとき、気持ちを切り替えたいとき…
全てに対応するには、家中至る所に爪とぎが必要なんじゃないだろうか。

もっとみる