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消雲堂綺談

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私は怪談奇談が好きで、身近な怪異を稚拙な文章にまとめております。
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#永劫回帰

深海樹林「フィトン・チッド」

深海樹林「フィトン・チッド」

多分、夢ではない。

昼なお暗い森の中を歩いている。それでも時折、木漏れ日は見えるのだ。
僕は末期の悪性腫瘍患者だ。ある人から「森の中で暮らしていたら癌細胞が消滅した」という話を真に受けて、こうして森の中を歩き回っていれば、癌が完治するのではないか?と考えたのだった。

確かに森の中の空気は清浄で、呼吸によって気管から取り込まれた森の酸素が肺の癌細胞を駆逐してくれるのではないだろうか?

昔、読ん

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生死生命論「続 過去に生きる男3」

生死生命論「続 過去に生きる男3」

「母ちゃん…」健介は、ずぶ濡れのまま用水路に立とうとしたが、水流でバランスを崩して、また倒れた。湧水は夏でも冷たい。

それを見て母が健介に手を差し伸べた「なんだ、お前、帰って来たのげ? 5年ぶりじゃないか」母の顔を見ると嬉しそうな表情だった。母が亡くなってから8年ぶりに見る母…。母の顔を見るなり涙が溢れた。母が驚いている。

「母ちゃん、ごめんよ」両手で顔を覆って幼児のように泣いた。

「何だ、

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生死生命論「続 過去に生きる男 2 」

生死生命論「続 過去に生きる男 2 」

「うわっ」探偵紳士のインパネスに覆われた健介は目の前が真っ暗になった。突然、足場が無くなって、そのままスーーーッと、もの凄い速度で地下に吸い込まれる感覚だった。全身の血液が上昇して脳に集まってくる。堪えきれずにそのまま気を失った。

遠くで誰かが僕に向って手を振っている。見たことがある風景がその人の後ろに広がっている。

「ああ、僕の故郷だ。ああ、あれは母だ。7年前に故郷で突然死してしまった母だ。

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生死生命論 「続 過去に生きる男」

生死生命論 「続 過去に生きる男」

佐藤健介は48歳、中堅出版社に勤めている。妻とは2年前に死別している。18歳になる一人娘の里奈がいる。その日は締め切り日で無事入稿を終えて帰宅する途中だった。最寄り駅の中央林間駅で田園都市線から小田急線に乗り換えるために歩いていた。田園都市線の改札から小田急線の改札までは50メートルほど。エスカレーターで階上に上がれば小さなショッピングモールがある。健介が小田急線の改札口に近づいたときに、ひとりの

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生死生命論「ニーチェに出逢う前」

生死生命論「ニーチェに出逢う前」

僕たちは、日々、会社や学校まで電車やバスに乗って通います.これが生死運命の全体像です.始発駅が誕生で到着駅が死です.簡単に書いてしまいますが、まあ我慢してください.人によって通勤通学時間は変わります.家の前が会社や学校の人もいるだろうし、3時間以上かけて通う人もいます.この所用時間が人生時間です.通勤通学場所が家の前の人は生まれてすぐに死ぬ.長い時間をかけて通う人は長生きということになります.

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生死生命論「過去に生きる男2」

生死生命論「過去に生きる男2」

「過去に生きる?」

「そうです。過去に生きることであなた自身とあなたの家族、親族、友人、知人は永遠の命を保つことになるのです」

「彼らが死ぬ前の時間に生きればいいということですね」

「理解していただけましたね。嬉しいです。大切な人が亡くなる前の時間に生きることで、あなたも大切な人たちも不老不死の人生をおくることができるのです。それではひとつ、試しに過去に旅行してみてはいかがですか?」

「そ

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生死生命論「過去に生きる男1」

生死生命論「過去に生きる男1」

65歳の田村茂は、ある日、最寄り駅のホームで見知らぬ男に呼び止められ、突然「あなたは時間旅行できる能力がある」と言われた。

突拍子もないことを言われた田村は「新手の宗教勧誘か?それとも金をせびるケチな寸借詐欺か?」と用心した。男は自分と同年代のようで、痩身に吸い付くような黒のスーツを着て、同色のネクタイも緩めずに締めていた。奇妙な事を言うわりには柔和な表情をしていて、宗教勧誘や寸借詐欺には見えな

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永劫回帰千円札

永劫回帰千円札

「これ、君にあげるよ」

K君は、そう言って薄い札束を僕の目の前に置いた。手にとってみると千円札が数枚あるようだ。K君は裕福な家に生まれ、何不自由なく生きてきたらしいが、金持ちにありがちの性格破綻者ではなく、貧乏な僕にも平等に接してくれる。僕が明日の生活にも困るような貧乏人であることを知っていて、同情してくれているのだろう。僕は、これまでK君に一度も無心などしたことはないので、少し驚いた。

「な

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