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『血も涙もある』山田詠美の最新作!不倫とは何か?これは、自分の中の倫理と向き合う、人間の話。

私の趣味は人の夫を寝取ることです。などと、世界の真ん中で叫んでみたいものだ。たぶん四方八方から石が飛んで来るだろうけど。そして、この性悪女! なあんて、ののしられたりする。不倫の発覚時には、何故かこういう古めかしい罵倒語が復活するから驚きだ。あばずれとか女狐とか泥棒猫とか。狐と猫、かわいそう。

有名な料理研究家である妻と、10歳年下で、売れないイラストレーターの夫、そして妻の助手兼夫の恋人。この記事では、3人の独白形式で進む「不倫」を巡る小説、『血も涙もある』をご紹介します。

冒頭に引用した文章は、物語1ページ目の書き出しの部分。これだけ読むと、ドロドロな作品っぽい。表紙の雰囲気も不気味だし。ついつい「他人の不幸は蜜の味」的な小説かしら?と思ってしまいますが、侮るなかれ。

これは、人様を外野からとやかく言うことに快楽を覚える人間に向けられた、餌のような作品ではない。エンターテイメントとして面白おかしく提供されてしまう「不倫」が題材ではないのです。

これは、自分の中の「倫理」と向き合う、「血も涙もある」人間の話。


生き生きとしたキャラクターににじむ、著者のたくましさ


著者は、直木賞作家の山田詠美さん。これまでに数回、芥川賞の候補にもなっているお方です。現在は、芥川賞の選考委員も務めていたり。

現在60代で、酸いも甘いも経験してきたであろう著者ですが、作品に「これが真理!」という偉そうな雰囲気が、微塵もにじまないところが良い。好き。そもそも、そんな気がさらさらないからだと思うけど。

良い意味で、読者は置き去り。「私の生き方は、考え方はこうなの」っていうたくましさがキャラクターに反映されて、みんな生き生きとしている。そこがかっこいいなと思うのです。

自然と背中で語っているタイプ。存在自体がメッセージ、みたいな。

上質でしっとり、シルクのような作品


ここまで読んでくださった方は、「はて?自分の中の倫理と向き合うとは?」「もっとあらすじを教えてくれ!」と思っているかもしれない。

すみません、最後まで特に説明はしません。百聞は一見に如かず、読んでみてほしいのです。小説は、「はて?」くらいの疑問とともに読んだほうが、ぜったい楽しいと思ってる、個人的に。

代わりに、雰囲気が伝わるかなっていう抜粋で、おしまいにします。

わたしは、世の中でいわれるような価値観で、物を見ることも人を選ぶことも必要ない、と知ったのよ。自分にとっての温かいものだけに目を留めて、それを大事にして行けば良い。何が人情かはわたしが決める。
不倫なんて、人から言われる筋合いないもーん。倫理が何かは自分で決める……なんて、すいません、偉そうで。

年を重ねていくと、少しずつ、良質なものを身に着けたくなってきたりしませんか。そんなときにピッタリな、シルクみたいに上質で、上品な文学です。泉鏡花や、百人一首の恋の歌が引用されながら展開していく、物語の雰囲気が素敵です。

あ、言い忘れていたけれど、なまめかしく肉感的な表現にあふれた小説なので、学生さんは心して読んでくださいね。以上です。


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