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百人一首に隠れた平安のゴシップガール、和泉式部を語りたい


あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな
和泉式部(いずみしきぶ)
【歌意】もうすぐ私の命は終わるでしょう。あの世へ持っていく思い出として、もう一度だけあなたと愛し合いたいのです。

これよ、これ。気持ちわかりすぎる。

相手はとっくに冷めてるのに、最後に愛し合いたいって気持ちはエゴ。執念でしかない。でもフラれた側はぜったい思ったことあるよね?相手への愛情と理性でギリギリ口には出さずとも、キスしてほしいし、抱いてほしい。

病気になった和泉式部は、実際にこの歌を相手に送ってる。死に際なんだから、そりゃ理性を無視して伝えるべきだわ。HYの366日を聴きながらお風呂で泣いてる場合じゃないよね、叶わない願いだとしても。正解よ、正解。

こんな風に、彼女が残した恋の歌には、令和に生きる私たちでも共感できるアレコレが詰まっているのです。こりゃaikoもビックリよ。

恋多き女性として、多くの男性とのゴシップが流れた和泉式部。今回はそんな彼女について語りたい。


不倫だけじゃ終わらない?ハチャメチャ人生を歩んだ和泉式部


式部と言えば、紫式部。和泉式部とは?って方が多いはず。

なので簡単に説明するけど、もうね、散々なんです。彼女の評判。それでもこうして後世に名が残っているのは、それだけ彼女が歌の才能に恵まれていたからなんだろう。

同僚の紫式部は、感心しない面もあるけど和歌はとても趣深いと評価してるし、彼女のことを浮かれ女と非難した当時のお偉いさん藤原道長も、歌の才能は認めて娘の教育係に迎えてる。

和泉式部の恋愛遍歴を知ると、確かにその奔放さにひとこと言いたくなる気持ちもわかる。立場なんて気にせず本能のまま恋愛するさまは、まるで昼ドラの主人公のよう。かなりの視聴率が期待できると思う。

彼女のハチャメチャ恋愛遍歴の始まりは、地方官僚と結婚して娘に恵まれた後、ひょんなことから天皇の息子と不倫関係になったところから。なんだかんだで夫とは離婚、親からも勘当されて、もうめちゃくちゃ。こうなったらこの恋人と仲良く過ごせればいいんだけど、不幸なことに彼はわずか二年後に病死してしまうのです。

「まぁ、不倫くらいじゃ珍しくもなんとも」と思ったそこのあなた。すごいのはここから。彼の死後はしばらく一人静かに過ごすと思いきや、恋多き女、すぐに新たな恋をする。お相手はなんと病死した恋人の弟。しかし、かわいそうな和泉式部。彼もすぐに亡くなり、最後は他の男性と再婚しました。

家庭を持ちながら、他の男との身分違いの恋に身を焦がす。しかしその恋も長くは続かず、別れが待っていたーー。そんな人生の様々な場面で、和泉式部は情熱的で官能的、ときに切ない恋の歌をたくさん詠んだのです。

恋愛の酸いも甘いも盛りだくさん、和泉式部の和歌たち


恋愛ソングの名手、aikoがそうであるように、和泉式部も恋愛の喜びと悲しみ、いろんな感情を歌として残してる。その中からちょっとだけ、私の好きな歌を紹介しておきます。

枕だに 知らねば言はじ 見しままに 君語るなよ 春の夜の夢
(歌意)枕を用意する暇もないままに、あなたと体を重ねた。枕も知らないんだから、あなたもあの時に見たわたしのこと、誰にも話さないでね。

「春の夜の夢」ってのがもうパワーワード。優勝です。

この頃「枕」といえば、男女関係を深く知る存在として使われてた。その枕が知らないんだから、っていう言い方が可愛い。可愛いのに、やってることは情熱的で激しいし、それを春の夜の夢と表現する甘い雰囲気も素敵。この後ふたりの関係はどうなったの?

せこが来て 臥ししかたはら 寒き夜は わが手枕を 我ぞして寝る
(歌意)夫が来て横に寝ている。自分で腕枕をして寝ている寒い夜。

こんなのもあります。「せこ」は親しい男性に使う呼び方。寂しさが漂う、色々な想像ができる歌だなぁと思う。ケンカ中?それとも倦怠期かな?セックスレスって解説している本もあった。春の夜の夢とは対極にある哀愁。幸せな感じはしないし、満たされている感じも受けない。自分の思い出と重なる人も多いのではないかと思ってる。少なくとも私は、元カレの映像で再生された。キツい。

黒髪の みだれもしらず うちふせば まずかきやりし 人ぞ恋しき
(歌意)黒髪の乱れにも気づかず一人横になっていると、この髪をかきあげ抱いてくれた人が恋しくて仕方がない。

恋人と愛し合った夜を思い出して余韻に浸る、色っぽさ全開の歌。

これ、今はもうそばにいない相手を思って一人静かに悲しみを抱えている情景が思い浮かんで、失恋ソング聞いている気分になれるから好き。冒頭で紹介した歌と似た状況だけども、こっちの方がよりエロティックでなまめかしくないですか?

本当はもっとたくさん載せたいけど、キリがないので3つに厳選しました。興味のある方は「和泉式部集」とか読んでください。

和泉式部は本当に浮かれ女人生だったのか?


ここまで読んでみて、和泉式部はどんな人だと感じました?

自分の気持ちに正直に生き過ぎる浮かれ女?恋愛脳で恋愛に振り回されまくる面倒な女?そうかもしれない。ただ、それは和泉式部の中にあるたくさんの側面のうちのひとつでしかない。

和泉式部の歌に自分の経験を重ねてしまうくらいの迫力があるのは、恋愛に限らず、周りの人間と真っ直ぐに向き合う深い愛情が込められているからだと私は思う。人間への求愛、というか。

彼女は愛する人に続けて先立たれたと書いたけど、実は最初の夫との間に授かった娘も、若くして亡くなってる。和泉式部の歌には娘のことを思って詠んだものもたくさんあって、読んでいるだけで涙が出そうになるほど、苦しい気持ちが伝わってくる。そういった人生経験が、彼女の歌に深みを与えているんだろうな。

ちなみに娘の小式部内侍(こしきぶのないし)は親譲りの和歌の才能に恵まれて、同じく百人一首に選出されています。気になる人は調べてみて。

和泉式部をもっと知ってほしいので


さて、この記事を読んで和泉式部、もしくは和歌の色っぽさに関心を持ったそこのあなた。最後におすすめの本を紹介して終わりにします。

「和泉式部日記」という、彼女が書いたとされる自伝的な恋愛小説があります。冒頭で紹介した、彼女のハチャメチャ恋愛遍歴を赤裸々につづった内容で「和泉式部の恋愛、ぜったい面白いじゃん……!」って人には、まずこれを読んでほしい。現代語訳もついてるので安心。


あとはね、今回紹介した和歌を知って「あれ?R18多くない?教養あふれるポルノじゃない?」と感じた人には、定番の百人一首から和歌にハマってほしい。

誰もが学生時代にサラッと学んだであろう小倉百人一首は、編者の好みで100首のうち43首が恋の歌なんだけど、砕けた解説でそれぞれの歌を味わわせてくれるのが「眠れないほどおもしろい百人一首」

百人一首を題材にした本はたくさんあるけれど、冒頭の和泉式部の歌を唯一「逢いたい=SEXしたい」と解説してる。わたしは「体を重ねる」くらいの表現の方が情緒的だよなと思うけれど、これくらい振り切ってくれた方が読みやすいとも思う。


おしまい。あー、もっと恋の歌を摂取したくなってきた。


参考文献リスト
鈴木日出夫・山口慎一・依田泰『原色小倉百人一首』(文英堂、2001年)/板野博行『眠れないほどおもしろい百人一首』(三笠書房、2013)/小池昌代『ときめき百人一首』(河出書房新社、2019)/吉海直人『こんなに面白かった「百人一首」』(PHP研究所、2010)/山本淳子 編『紫式部日記』(角川学芸出版、2009)/川村裕子 編『和泉式部日記』(角川学芸出版、2007)/江平洋巳『恋ひうた 和泉式部異聞(1)~(3)』(小学館、2008)/小林大輔 編『新古今和歌集』(角川学芸出版、2007)/和泉式部『和泉式部集 和泉式部続集』(岩波書店、1983)/久保田淳・平田喜信 校注『後拾遺和歌集』(岩波書店、2019)



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