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広島

「いやあ暑い!さて、あとは広島市内のお好み焼き店の取材で終わりだ」
 グルメ雑誌の編集長茨城は、広島にグルメ特集のため出張に来ていた。
「しかし、このご時世に良いスポンサーが見つかってよかったよ。広島のソースメーカーが、我が雑誌に広告を出してくれるとは。それで組んだ今回の特集。こればかりは他のメンバーでは心もとないから、私の出番ってわけだ」

 茨城は時計を見る。取材の時刻まであと1時間以上も余っている。
「仕方がない、この取材にのみ同行することになっている、貴島先生の都合だからな。しかし時間が余っちまったよ。熱中症対策も兼ねてちょっとカフェでひと休みするか」 
 カフェの中に入り、窓際の席に腰を掛ける茨城。夏の日差しが照りつける外と違い、冷房が効いた店内は、茨城の体を冷やしてくれる。席に座りメニューを軽く全体を眺めた。「大したメニューは無いな」と、つぶやくと、注文を取りに来た店員に、コーヒーを注文する。このあと茨城は前日から取材で回った店と、料理の画像をひとつずつチェックした。
「しかし、この2日間我ながら回ったなあ。尾道ラーメンからスタートして、呉の海軍カレー。広島市内に入ってからは汁なし坦々麺に、ホルモン天ぷらか。それからウニクレソンだっけ、『ワカコ酒』に出てくるの。あれは個人的には中々旨かった」カメラマンも兼ねている茨城は、撮影した写真をひとつずつ確認し、頭の中で追体験する。
 
 やがてコーヒーが運ばれてきたが、茨城はコーヒーを一瞥(べつ)しただけで手に付けず、そのまま2日目の取材先を確認する。
「それから2日目だ。まず宮島に行って、あなご飯と牡蠣の店。いやぁ牡蠣はうまそうだった。あそこではワイン飲みたかったなぁ。それにしてもあの海上鳥居は思ったよりも大きくて驚いた。と言ってもこれ仕事だから。まあ宮島から乗った広島のローカル鉄道は良かった。『地方に来ましたよ』って感じで。でも、もうすぐ終わりか。また広島にゆっくりと遊びにプライベートで来ようかなぁ。そうそう帰りにもみじまんじゅうを買って、メンバーの土産にしないと。いやいや、まだダメ。あとお好み焼きの取材が残っている。ん?急にあくびが、フワァ」

 茨城に突然睡魔が襲ってきた。
「おい、まだ終わってないって。お好み焼き取材が一番大事なんだから。コナモノ評論家の先生へのインタビューが、今回の取材での一番のメイン。だから、眠くなるのは帰りの新幹線にしてくれないかな」と頭の中の自分自身に文句を言いながら、目を意図的に大きく開ける。そして顔を両手で強めにたたくと、飛び散るような音が耳元に聞こえた。
 茨城は、次の取材で同行。インタビューする貴島のプロフィールをチェックした。「先生は、広島在住で広島のお好み焼きはもちろん、関西のものや東京のもんじゃ焼きにも精通されているのか。今日は地域ごとの粉物文化の違いと、広島のお好み焼きのみ・みりょ。フゥワアー」しかし連日の仕事で疲れているのか再び大きなあくび。さらに睡魔は、再び顔を叩く茨城の抵抗をものともせず、完全に支配した。そしてそのままうつぶせになって眠ってしまう。

ーーー

 それから10分後、茨城は突然慌てて目を開けると、顔中から汗が流れる。
「あ、ふう、夢か。しかし眠ってしまったのはともかく、なんだあの夢は?まるで町中が火事になっていて、熱い熱いと苦しんでいる人たち。ありゃまるで地獄絵図だな」
 そしてやや冷めかかったコーヒーに口をつける。「やっぱり覚めてるな。先に飲んどけばよかった。しかしブラックはいいなあ。この苦味が何ともいえんよ」相変わらず頭の中で独り言を呟きながらふと店の外を見ると、あるものが茨城の視線に止まった。

「あ、あそこにあるのは! そうか。今日はそういう日だった。時間は、お、まだあるな。よしちょっと行ってみよう」
 そう頭の中で語ると茨城は、残りのコーヒーを飲み干すと席を立つ。そして清算を済ませて外に出た。そこから先ほど目に焼き付いた場所を目指して歩き始める。
 市内を流れる川のほとりには、廃墟の様な建物があった。これは原爆ドーム。
「奇しくも今日8月6日は広島に原爆を投下されてしまった日か。ということは、午前中にはここでいろいろな式典があったのかもな」
 もう夕暮れどきのためか、ドームの背景に映る空の色が徐々に変わってきている。ずいぶん暑さも和らぎ、風が心地よい。茨城は眺めながら、先ほど見た夢が原爆投下のものではと思った。そのため思わずここで黙とうする。

 数十秒の黙とうを終え、静かに目を開ける茨城。すっかり日も暮れようとしている。「あ、そろそろ時間だ。今から行けばちょうどくらいかな」
 ところがここで、貴島からのメッセージを受信。「あ、先生からだ。え!もう店の着いちゃったって。何で予定よりも15分以上も早く来られるんだ。ええい、急げ!」
 そう頭の中で呟きながら、原爆ドームを背に慌てて走る茨城であった。



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こちらは35日目です

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シリーズ 日々掌編短編小説 202

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